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禍話リライト「ひとさらいタクシー」

ずいぶん前に聞いた話だ。
当事者たちは全員その地域を離れてしまっているので話すことができる、そんな話になる。

それは肝試しでもなんでもない、夜景を見に行くことを目的としたドライブだった。
車内にはサークルの仲のいい面々が顔を揃えている。ぐねぐねとした山道をかなり登ってきたとき、その中のひとり――Sが尿意を訴えたのだという。
目的地は夜景スポットだ。用を足した直後の場所で長々と夜景鑑賞というのも嫌だし、適当なところで止めようということになった。タイミングよく退避スペースがあったので車を止める。Sはそれでも場所の選り好みをするので、全員であたりを見て回った。と、そう遠くない場所に、不自然にガードレールが途切れている場所がある。誰かが危ないな、と言った。
「じゃあオレあそこからおしっこするわ!」
Sは意気揚々とそちらへ向かっていく。見ればかなりの高さがあるようで、立小便の最中に転落でもしたら洒落にならない。それでもSは「たまには開放感のある立ちションがしたい!」などと言って、とうとう用を足しはじめてしまった。「すごい開放感だぁ!」とかなんとか言っている。
別に側で見守っている義理もないので、他のメンバーは車へと戻った。それにしてもおかしくないか、という気がしていた。よくよくあたりを観察してみると、どうやらあのガードレールは事故か何かで破損したままになっているように見える。
そういえば、と一人がこんなことを言い出した。
「……このちょっと前のあたりに、事故が発生しましたみたいな看板なかった……?」
少し道を戻ってみる。確かに看板があった。『○月×日、死亡事故が発生しました……』という、目撃情報などを募る看板に間違いない。
「まさかとは思うけど、これ車落ちてるってことじゃないの……?」
そう言って顔を見合わせる。ちょうどスッキリして戻ってきたSを捕まえて看板を示す。
「おいちょっと見ろよここ事故ってんぞ」
「ええ~!? 生きてんじゃないの?」
「死亡事故って書いてるだろ」
確かに落ちたほうが死んだとは書いていない。けれど看板にはトラックらしき大型車両と乗用車との間の事故だったと記載されている……転落したのは乗用車のほうだろう。
車に戻り、中に積んであった強力な懐中電灯を持ち出した。それでガードレールの下を照らしてみる。あっ、というような声が漏れた。

おおかたは撤去されていた、という。けれど、残骸らしきものがいくつか残っていた。タクシーだろう、と判断できる程度には。

「……オレ、ちょうどあそこでおしっこしちゃったと思うんだけど……」
あの高さから落ちたら絶対に死んでいる、と思った。冗談を言うような雰囲気でもない。沈んだ空気になった。
「そもそもあんなとこで立ちションするから……」
「明日とかでもいいからさ、花でも持ってきてすいませんとかって言っとくべきじゃない?」
そんなことをSに言った。しかし、Sはみんながあまりに怯えているので逆に面白くなってしまったらしい。
「そんなことないよぉ、どうせご遺体は病院でちゃんと家族とご対面してなんとかなってるよ! そりゃガードレールの途切れてるところに『タクシーが落っこちました。おしっこしないでください』て書いてあったらしないけどさぁ、別に書いてないししちゃったもんはしょうがないじゃん!」
そう明るく言う。
まあ本人がそう言うなら……ということで、その日は終わった。


後日、そんなSの振る舞いが仲間内で話題になった。おそらく人が死んだだろう場所に向かって立小便をして、気にもしないあいつは豪胆なのか馬鹿なのか、という話になった。
ある時、夜景を見に行ったメンバーの一人が、Sがやらかした話をまったく知らない後輩と二人になる場面があったのだという。
その後輩が妙なことを口にした。
「Sさんて何か悪いことでもしてるんですかね?」
犯罪行為ではないにしろ、誰かに因縁をつけたり喧嘩を売ったりするような……と言うのだ。
そんなことをする人間ではない。何?と訊き返した。
「昨日おれんちで飲んでたんですよ、Sさんと。で、おれ途中でトイレに立ったんです。換気のためもあってトイレの窓開けてるんですけど……そこから家の前が見えて。うち、かなり路地が奥まったところの突き当りにあって、そういう停まり方しないと思うんですけど、」
『そういう停まり方しないと思うんですけど』……? 嫌な予感がした。
「……タクシーが、」
と後輩が言った。
「タクシーがまっすぐ入ってきてそのまま停まった感じになってて……このタクシー出るときバックで出るのかな、いやまず何でタクシー停まってんだって思ったんですよ」
タクシーには運転手以外誰も乗っていない。周囲の家から客らしき人間が出てくるでもない。何だろう、と思ったらしい。
「で、その運転手が、ずーっとおれのほう見ててうわ怖い!って……睨むくらいの感じで見てくるから、おれタクシーになんか悪いことしたかなとか思ったんですけど……そしたら、見てるのどうも自分じゃないんですよ」
運転手は彼を通り越してもっと奥の方を見ているようだった、という。奥の方といっても彼以外にはSしかいない。
「で、おれ気持ち悪いからトイレ出て、『先輩、何か変な人が見てます!』みたいなこと言ったらSさんも出てきたんですけど……そしたらタクシー無いんですよね」
そんな細い路地に入ってきているのだから、戻るにはバックするしかない。となると、間違いなく車を動かす何かしらの音が聞こえるはずだ。それがまったく無かった。
「だからSさんタクシー運転手に喧嘩でも売ったとか……このあたりのタクシー運転手じゃないと思うんですよ。個人タクシーかなんかで、よく知らないロゴだったし……」
だからSさん何か問題起こしてるんじゃないっすか?と後輩は言う。
お前マジで言ってる?何も知らない?と尋ねたが、彼はきょとんとしている。それで、かくかくしかじか……と説明した。
「うわぁ……やめてくださいよマジっすか……別に普通のタクシーでしたよ……」
後輩は頭を抱える。彼は一応S本人にも心当たりがないか訊いたという。Sはいたって普通に「別にタクシー運転手と喧嘩なんかしてないけど?」と言っていたらしい。あいつ本当になんにも感じないんだな、そんな話になった。
そんなことが二、三回はあった。いずれの場合もSを含む面子で集まっていると、近くにタクシーが停まっていて運転手がこっちを見てくる。妙な話だが、Sはそのタクシーを見なかった。Sがタクシーの残骸に向かって立小便をしたのを知っている面々も同様だった。見るのは側にいる誰か――例えば一緒に飲んでいるところに電話が掛かってきて外に出た、そんな誰かだった。事情を知っているメンバーは、自分たちが見るならできすぎだろうが、何も知らない人間ばかりに見えるというのは不味いんじゃないか、と話していた。けれど、当のS本人は誰かが脚本を書いたことだろうなどと言う。なおも周囲は謝りに行ったほうがいい、と説得しようとしたが、
「嫌だよ行かないよ、そりゃそこにほんとにタクシーがいたんだろうし、いたとして俺は乗ったりしないよ」
そう言って聞かない。そういう問題ではない、と言っても、相変わらずの調子だった。


Sが行方不明になったのは、それからおよそ一週間後のことだった。
サークルはおろか授業にすら顔を見せない。友人が電話をかけても呼び出し音が鳴るだけ。おかしい、と思って下宿の近くから掛け直してみると部屋の中から着信音が聞こえる……部屋のドアは開いていた。携帯も、財布も、家の鍵も全部置きっぱなしで、つっかけだけが無くなっていた、という。
誰とはなしに、「連れて行かれたんだ」と言い出した。
それでもそんな非現実的なことを頭から信じていたわけではない。借金かなにかで首が回らなくなっていたんじゃないか、いやでも……答えが出るわけもない。
外でそんな話をするのも気が引けて部室で頭を突き合わせていると、めったに姿を見せないOBが土産を片手にふらりと現れた。メンバーの沈痛な表情を見て、どうしたそんなに暗くなって?と訊いてくる。
「実はSのやつが行方不明になったんですよ……」
先輩がえ!?と異常なほど驚いた。どうしたんですかと振る。すると、何日か前にこんな夢を見てな、と切り出された。


ふと気づくと、先輩は車の後部座席に座っていたのだという。
覚醒直後のようにぼんやりした頭で、ここはどこだ?とあたりを見回した――タクシーの中だ。
すぐに夢だとわかった。タクシーは夜闇の中を走っている。変な夢だな、と思った。自分の前には運転手が、助手席にも誰かがいて、親しげに会話している。誰だ?と思ってよく見ると、助手席の人物は後輩のSだった。
「お、久しぶりだな」
「ああ、お久しぶりです」
そう言ってこちらを振り向いた。何してんの、と尋ねると、行かなきゃならないところがあるんですよ、と答えた。
「どこに行かなきゃいけないの?」
「いやちょっとね、こないだ粗相しちゃいましてね」
粗相ね、と言って運転手が小さく笑う。二人の仲がいいのか悪いのかわからないが、そんな何気ない会話が続いた。そもそもなぜ自分は同行しているのだろう……遠いの?と訊くと、もうすぐ着きますよ、と返ってくる。
へえ……ふと視線を車外に向ける。そこに看板があった。おや?と思った瞬間、タクシーが停まった。
「ちょっと、看板に事故があったって……」
「はい、そうなんですよ。事故があったんですよ」
運転手が答えた。
「え? そこに行くんですか?」
その質問には返答がない。
ガチャ、とほぼ同時に運転席と助手席のドアが開く。二人が外に出ていく。バタン、とドアが閉まる。
ヘッドライトが前方を照らしたままになっていて、二人がそちらへと歩いていく……不自然にガードレールが途切れている、その部分をライトが照らし出している。
危ない、と思った。夢の中とはいえ見過ごすこともできず、外に出ようとドアを開けた。
バタン!とドアが閉まった。
面食らいながらも、タクシーがおかしいのかもしれない、そう考えた。しょうがない、反対側のドアに手をかける。開けようとする。やはりバタン!と閉まる。
何で閉まるんだ、と思って顔を上げる。そこで運転手と目が合った。ドアを外から押さえている!
運転手がゆっくり首を左右に振った……怖い!
そこで目が覚めた。


先輩は真っ青な顔でそんな話をした。
先輩にはまだ例のタクシーの話をしていない。久々にサークルに現れた人だから、別のルートから聞いているはずもない。ただ、霊感がある人ではあった。
あらためて夢を見た時期を確認する……最後にSの姿が目撃された日時、ちょうどその直後だった。
……あの場所へ行くしかない。
先輩が車を出してくれて、事故現場を目指した。近づくにつれて先輩の顔色がどんどん悪くなっていく。
「ここほんとにそうだよ、夢の中で見た景色だよ……! そうこの看板だよ!」
車が停まる。夜の闇の中、ヘッドライトの中にガードレールの切れ目が浮かび上がる。あまりにぴったり照らし出されたので小さな悲鳴さえ上がった。
……まさか落ちてるんじゃないよな。誰もが嫌な想像をしてしまう。あの夜のように懐中電灯で下を照らす。
「……下にはいないみたい……だけど……」


結局、今に至るまでSは見つかっていない。
もちろん警察も動いてくれて、捜査の結果いくつかの目撃情報が上がった。
あの事故現場のある山は、夜景スポットであることもあって人通りが無いわけではない……そんな人々に、あの山をさまよっているSの姿が目撃されていた。けれどどの情報も決定打とはならず、相変わらずSの行方は知れない。
この件で気まずくなった仲間たちは、全員その土地を離れ、誰も残らなかった。



……そんな話をネット上で語って少し経った頃だ。
それを聞いたらしい友人から、久々の連絡があった。一緒にこの話を聞いた友人だった。
「お前、あの話したんだね」
と言う。元々の体験者からも許可は出ているし、ディティールも変えている。問題はないはずだった。けれど、友人はこう言った。
「……あれ、怖いよ」


それは、例の山の近くに住む人物から聞いた話なのだそうだ。
ちょうど夏場のこと、職場で不思議な話をして盛り上がっていたのだという。見間違いや勘違い、もしくは事件かもしれないが状況がわからないのでオバケかもしれない、そんなことが話題に上った。
例えば、女の子が夜道を走っていくのにすれ違った直後、通りかかった男から「僕の妹見ませんでした?」もしくは「僕の娘見ませんでした?」と訊かれる。あっちに行きましたよ、と教えてからしばらくたって、あの男が有名な殺人犯だったとわかる……そんな都市伝説じみた話が、本当にあるかもしれないよね、と言っていると、一人が「ああ、確かにね」という反応をする。

「俺変な人見たことありますよ」

それは彼が夜景スポットとして有名な山を車で走っていた時のことだった。不意に、ひどくみすぼらしい格好の人物がフラフラと歩いているのに遭遇したのだという。まず驚いて、次に頭を過ぎったのは犯罪の可能性だった。
「大丈夫ですか!?」
車を停めてその男性へ近付いてみると、どうやら相手はものを言える状態にないらしかった。薬物でも打たれているのか、あまりに恐ろしい体験をしてまともな精神状態にないのか……見れば服はボロボロだし、草木で切ったらしい傷跡がそこかしこにある。新しいものばかりでなく、中にはかさぶたになったような傷跡が顔にまで残っていた。重ねて大丈夫ですか、と声をかける。男はああ、うう、というような声を漏らすばかりだ。
困った、と思った。すると、背後から一台のタクシーがすうっ、と近づいてきて停まった。無灯火だった。
「ああごめんなさい、ごめんなさい!」
中から人の良さそうな運転手が下りてきた。
「駄目ですよ〇〇さん! すいませんね、この人こういうところがあって」
そんなことを言ってぺこぺこと頭を下げる。
それで、ああ知り合いでも運んでいるのか、と思ったらしい。個人タクシーらしいからそういうこともあるだろう、とも思った。
今でこそ無灯火だったことをおかしいと思うべきだったという気もする。けれどそのときは、そんなことなら、と男性がタクシーに乗せられるのを見守ったのだそうだ。
「ありがとうございます」
運転手の言葉を残してタクシーが走り出した……ふもとではなく、山頂の方向へ。

アルコールが入っていたこともあって(飲酒運転は重大な違反事項であるにしろ)、何か勘違いもあるのかもしれない。記憶に狂いが生じているのかもしれない。だが、あれは何だったんだろうな、という話だった。


……それはあの山での出来事だった。時期はちょうどSがいなくなった頃に一致している。
その場でSのことを話すわけにも行かず、友人はただただ怖い思いをしたのだという。


「……考えないようにしよう」


そういうことになった。


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出典

禍ちゃんねる 百一回目の霊障スペシャル 37:45頃~ (Wiki掲載タイトル「さらいタクシー」)
禍ちゃんねる 突如、炎のワンオペスペシャル 52:08頃~ (Wiki掲載タイトル「Re:さらいタクシー」)


※著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」様にて過去配信されたエピソードを、読み物として再構成させていただいたものです。


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