価値観の話をすると、レンタル話し相手さんの価値観のあらわれる 今日の貴重な発言。それ、とても共感や同意できる。

レンタル話し相手さんの発言「それと、「自分のためにならないプライベートロジック」もぼくにはあります。「恵まれている人は恵まれていない人に罪悪感を持たなければならない」というものです。ぼくはいま貧し過ぎない環境で割と健康に暮らせているので、貧困にあえいてでいる人や不健康な人に罪悪感を抱いていて辛いです。」

これが極端な方向に行くと、「自分は恵まれすぎているのだから、不幸を作り出してでも不幸になり、苦しまねばならない。周囲のメシウマのためには、自らが苦しんででも、苦しみを自ら生み出してつくりだしてでも、【自身のメシマズ 他者にとっては格好のメシウマ】のようなエピソードを演じ切らねばならない」

という価値観になるわけですよ。だれか、わかってくれますか?

こう書いてもいいかな?「自分の持つ時間や資産は、余すことなく、他者のためだけに使われなければならない」「お金や時間を少したりとも余らせるだなんて、そんなの、不幸な人たちから見たら、恵まれた環境にいるであろうおまえのような者のことを、一切、許せない、許さないのだ。」と。ここでいう不幸な人たち、恵まれない人ではないんですよ。恵まれているんだけど不幸な人たちなんですよ。

そういう呪いのようなもの、あるわけですよ。社会にね。どこかの社会にね。そこを抜け出したとしても 呪いってのこってくるわけなんですね。

最近になって、ようやく それは 解除されつつあります。だれかの願いや望みが かなったからなんだと思う。たぶん。

レンタル話し相手さんに呪いがかかっているとしたら、レンタルなんもしない人さんたちの擁護界隈や、じゃじゃまるやめんたね界隈からの 呪いがかかっていると思う。おまえの活躍など許せないのだと。たぶん。ちがうかもしれないけど。

最近の自分は、前より歩けるようになったかなぁ。体力が少しついて、慢性的なこめかみの不快感はなくなってきたかもしれないけど、そうすると、これからどうしたらいいのだろう。

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