【第12回】ねこカフェ

 とてもねこが好きなのに、これまでねこカフェに行ったことがなかった。実家で猫を1匹飼っている。やんちゃなアメリカンショートヘアーの男の子。家に帰れば猫がいた。だから猫に会いに行く必要がなかった。それに家に猫がいるのに外の猫に会いに行くなんて、なんだか浮気をするみたい。そんな後ろめたい気持ちもあってねこカフェとは縁がなかった。

 現在、一人暮らしをしているため家に猫がいない。実家は遠のき、これまで満たされていた「猫欲」が満たされない日々である。はじめの頃は、猫に会えなくて寂しい、物足りない等と感じることはなかったのだが、だんだんと自覚症状が出てきた。
 初期、道端で会う野良猫を遠くから眺める。なぜか家の周りに野良猫が多いため、猫欲を誤魔化すことができた。しかし日に日に猫欲は膨らんでいく。
 中期、猫画像を貪るように見る。気づくと私はツイッターで流れてくる猫画像をわざわざ探してまで見ていた。今まで他人の飼うの猫を見て何が楽しいのかと思っていたのが、今は可愛くて仕方がない。
 末期、家で過ごしていて、外から猫の鳴き声が聞こえると作業の手を止めてまで窓の外を眺め、猫の姿を探す。もはや、猫の鳴き声じゃなくても猫の鳴き声っぽい音がするときょろきょろと猫を探してしまう。
 私はもう猫を見ているだけでは満たされなくなってきた。猫を触りたい、猫と触れ合いたい。何かあったとき、責任を取れないため野良猫を触るのは自分の中で禁止している。でも、どうしても触りたい、触りたい、触りたい……。

 悶々と過ごしていると天からの思し召しか、ねこカフェへ行く機会がやってきた。訪れたねこカフェはフリータイム、フリードリンクで入れるところだった。私と同伴者は好きなだけ猫を愛でることができた。
 店員から簡単な説明を受けて手を洗い、アルコール消毒をして猫たちがくつろぐ部屋へ通された。そこは猫が快適に過ごせるように様々な工夫がなされていた。壁に猫用の階段があり、そこから天井に設置された透明の通り道や棚の上を歩けるような導線ができていた。猫のベッド、猫がいかにも好みそうな狭い空間も用意されている。人間用の椅子などもあるが、当然、猫が丸くなって眠っている。先に入っていた客は、猫の邪魔にならない場所で適当に座っていた。お店のような雰囲気はあまりなく、家のようにゆったりとした空間だった。私たちも適当な場所に腰かけて猫の皆さんを観察した。猫は各々好きな場所で眠ったり、猫同士でじゃれたりしていた。

 ねこカフェの猫は毎日見知らぬ人間と触れ合わなくてはいけない。客の中には猫の扱いに慣れておらず、しつこく触ったり雑に撫でたりする人もいるだろう。だから疲れ切って客の見えないところに隠れており、結局猫と触れ合えないようなイメージを勝手に抱いていた。そもそも猫という生き物は、気まぐれで人間に媚びるようなことがあまりない。ねこカフェという過酷な場所で暮らす猫なんて、もっと塩対応だと想像していた。
 想像は半分くらい当たっていた。全部で10匹近くいただろう猫の数匹は、人間から身を隠すように眠り続けていた。小さな子どもが遊びに来ても知らんぷり。誰に対しても無視をする。できるだけ小さくなっていた。
 しかし、中には人懐っこい猫もいた。椅子の上で眠っていた猫が伸びをして立ち上がり、迷うことなく一直線に同伴者の膝の上に乗ってきたのだ。特にその猫に何かしたわけでもなく勝手に乗ってきた。その猫は同伴者のおなかを両足でふみふみした。顎や頭を撫でると気持ちよさそうな表情をする、だけでなく、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。猫はリラックスしているときや安心しているときに喉を鳴らす。まさか、初めて会った猫、しかもねこカフェで働く猫がゴロゴロと鳴くとは思いもしなかった。同伴者は嬉しそうに膝の上で眠る猫を愛でた。

 私も猫を膝の上に乗せたいと思うものの、私から猫を抱き上げて膝に乗せるなんて猫に失礼なことはできない。私は部屋で眠る猫、うろうろする猫に挨拶をして回った。人差し指を猫の鼻先に伸ばす。これが猫との挨拶。いろんな猫に試したが、素直に挨拶してくれる猫、完全に無視を決める猫と反応はそれぞれだ。挨拶したおかげか、猫がだんだん私に慣れてきたように見えた。触らせてくれそうな猫には、顎の下を撫でた。久しぶりに触れた猫はとても柔らかくてかわいかった。嫌がらないので、もう少し触れてみる。顎の下、顔周り、頭。実家の猫は自分の手や舌が届かないところを撫でてあげると喜ぶ。ねこカフェの猫も同じように目を細めて喜んでくれた。あまりしつこくすると嫌われるので猫の反応を伺い、もう十分かなというところで辞める。とにかく猫に私が害のない存在であることをアピールし続けた。
 まったりとドリンクを飲んで過ごしていると、急に猫が私の膝の上に乗った。気を抜いていたときだったので、わっと声が出てしまったほどだ。それは先ほど、挨拶し少し触らせてもらった猫だった。茶色い毛並みで、目の目の間が近い小柄な猫。実家の猫は体が大きく、人の膝の上には乗らない。なので、これが初めて猫が膝に乗った経験となった。膝の上の猫は想像していた以上に愛おしかった。猫の体重や体温を膝の上に感じるのはこの上なく素晴らしい。かわいくてかわいくて仕方がない。嫌がらないことを確認し、猫の頭を撫でた。うっとりとした表情。とても気持ちよさそう。猫は安心したように私の上ですやすやと眠り始めた。猫のベッドと化した私は、猫が動くまでその場から立ち上がることができない。なんという幸福!猫の下僕の誕生である。
 膝の上の猫を愛でながら、周りにいる猫を観察する。短足の猫はまだ幼く元気いっぱいだ。てこてこと歩いていき、椅子の上で眠っている猫にちょっかいを出しては怒られている。体の線が細く、耳の大きい、まるでサバンナにでもいそうな見た目のかっこいい猫は、その見た目に裏切らず堂々とカフェ内を横断する。他の猫に声をかけられても強気で、前足でちょいと相手の頭を打つのだ。また、下駄箱の前で丸くなって全く動かない猫もいた。ふわふわの毛並みで顔が潰れている、おそらくエキゾチックショートヘア。私たちは何時間か猫カフェに滞在していたのだが、その猫だけは全くその場から動かなかった。触られるのは平気のようで、撫でたら嬉しそうな反応をした。人間と同様に、猫にも性格があり違いがある。そして社会もある。猫同士のずっと観察していると力関係や、交友関係が見えてくるようだった。ああ、猫の世界も大変だなあと同情してしまう。
 膝の上の体温を感じながらまったりと過ごしていると、新しい客がやってきた。小学生くらいの子供を連れた親子3人。手には猫用のおやつを持っていた。店員に言うと、おやつを購入できるのだ。カフェにいる猫たちは、我先にとおやつを持った客のところへ飛んで行く。膝の上にいた茶色い猫もおやつのあるところへ行ってしまった。そういう猫の現金なところがまた好きなのだ。ああ、寂しい。残った温もりや毛に触れる。おやつに夢中になる猫のお尻を眺める。また眠りたくなったらおいでねと心の中で言う。(もちろん猫は来ない)

 そんな感じで自由に過ごした。はじめてのねこカフェ体験はとても充実していた。毎日、仕事や家事に追われて心の余裕がないけれど、ねこカフェでは猫を見ているだけでよく、他のことは何も考えなくてよい。天気が良い日の公園でぼんやりするのと同じくらい心が整う時間になる。猫はとにかく可愛いし、猫がひたすら寝続けている様子を見ると私もあまり頑張りすぎなくていいかなという気がしてくる。とても癒された。また行きたい。


清水優輝

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