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不正にもルールがあるー【読書メモ】『新版 〈賄賂〉のある暮らし(仮題):市場経済化後のカザフスタン』

賄賂(非公式な取引)に関する本を読んだ。

この本を表面的に要約すると、元々ソ連の構成国であったカザフスタンの話。

ソ連崩壊前は、モノ・サービスは不足していたが、最低限の公的サービスは保障されていた。代わりにモノ不足が慢性化しており、この問題はコネにより解消がなされていた。
ソ連崩壊後に市場経済が導入されるようになってからは、モノの供給は増えたものの、最低限の保障はなくなり、日々を安定的に暮らすにはカネによる賄賂も必要になったというものである。

文章中に「腐敗が増えた」「何事もお金が必要になりソ連時代の古き良き価値観(助け合い)が消えた」と出てくるように、カザフスタンの腐敗は悪化したともいえるが、そう単純に悪化したと決めつけられないと解説するのがこの本である。

不正の動機

まず、賄賂を渡す側にメリットがある。
公的・正式な手続きを踏もうとすると、書類の不備で拒否されたり、そもそも担当者の窓口にたどり着くのに数か月単位の時間がかかる。
ここで賄賂=お金を渡すと、手続きが無事に終わる率があがったり、かかる時間が減るのである。

次に賄賂を貰う側のメリットは、ソ連崩壊により最低限の保障がなくなったため、公的サービスにつく人間は公式の給与では生活することができないケースがある。賄賂は、それを補う副収入になっている。
おカネの見返りに、手続きを簡略化や証明書の偽造だけでなく、犯罪のもみ消しや裏口入学も行う。

不正は私益を満たすためだけはない

ここまでだと、賄賂を渡す人と貰う人の間の関係性で閉じているように見えるが、そう単純ではない。

賄賂を貰った側は、上納金を上司に渡すケースがある。これは、渡さないと自分が就いている公職を解雇される危険性があるからである。また、その賄賂の一部のお金を使って、仕事で使う設備のメンテナンスを行うなど、業務遂行上の経費になっていることもある。

不正にもコネが必要

とはいえ、賄賂は犯罪なので、摘発されると罪に問われる。(摘発されてもそれも賄賂で何とかできたりするのだが)

そのため、賄賂をやり取りするとき、非公式的なやりとりをするには、ソ連時代のようにコネが必要になってくる。

たとえば、見ず知らずの人がいきなり大学にやってきて、「卒業証書を偽造してほしい」と言ってきたとしても、おとり捜査かもしれないから安易に賄賂を受け取るわけにはいかないからである。

このため、賄賂の種類によっては、適切な仲介人を間に挟むケースが存在する。このときにその適切な仲介人に接触できるコネが必要になってくるのだ。

不正(フォーマルではない行為)のルール

今回の『新版 〈賄賂〉のある暮らし(仮題):市場経済化後のカザフスタン』の紹介はこれくらいにするが、本書を読んで思った感想は、不正にもルールや仁義的なものが存在するのだなというものだった。

公的には認められていないからこそ、完全に自己責任でリスキーであるからこそ、不正のやりとりをする相手は、信頼できる相手なのかを見極める必要がある。やってほしい不正行為に、相場がある。公的な手続きでは十分なサービスが受け取れないから、不正な運用が公的サービスの穴をカバーする。

不正と非公式なやりとり

お金が絡む賄賂や口利きとなると日本では強く非難されるが、非公式なやり取りによって、利益を獲得しようとする行為は日本でも広く自然に行われている。

例えば、飲みの場で相手を上機嫌にさせる代わりに仕事を円滑に進める行為、ある作業をお手伝いする代わりに困ったときは助けてもらえるようにする行為。
そこに公益性を損なうか、お金が巨額かなどの違いはあるものの、正式ルートではない交渉ルートや見返りというのは存在する。

不正と非公式的なやり取りは、グラデーションがあるものである。

非公式的なやり取りが当たり前になりすぎると、根回しや人間関係・慣習・マナー・コミュニケーション力が強く問われるので、精神的に疲れるが、
一方で、公式的なやりとりのパワーに偏りすぎると、融通は利かなくなるし、機動性はなくなる。

この一見なんでもありに見えてしまう、非公式なやりとりにおいて、誰がキーパーソンなのか、どう持ち掛ければ交渉が上手くいくのかをうまく見つけられる人が、社会の中でうまくいくのだろうなと思う。

他の本の紹介

今回の本は、カザフスタンの例だったが、インドでも非公式的なルートが社会で重要な役割を担っているらしい。それが『インド残酷物語 世界一たくましい民 (集英社新書)』である。

こちらの方が安いので、カザフスタンの本(約3000円)よりは手に取りやすいかもしれない。
一見カオスだが実はきちんとしたルールが存在する「不正」の世界を追体験することができる。

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