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おはなしを子どもと楽しむ vol.9

ストーリーテリングのよろこび in 田辺市立図書館

田辺市立図書館のある「たなべる」から徒歩10分の扇ヶ浜

新大阪から紀勢本線くろしお号で2時間20分、紀伊田辺は世界遺産熊野古道「中辺路ルート」の入り口の町です。柑橘類が豊かに実る山と黒潮の海に囲まれた長閑な町ですが、コロナ禍の前は、熊野古道目当ての外国人観光客が年間6万人もやってきて大賑わいだったと、駅前の観光センターの方に教えてもらいました。
今回は田辺市図書館からお招きをいただいて、一緒に活動しているKさんとふたり、ボランティア研修会の講師を務めさせていただきました。
図書館のスタッフのみなさんのお骨折りで、40名近いボランティアの皆さんが集まってくださり、わたしたちが普段子どもたちと楽しんでいるストーリーテリングのお話会を紹介したり、子どもにはあんまり聞かせることのない「大人のためのお話」を聞いていただきました。

図書館ボランティアとしての原点

わたしたち「名古屋ストーリーテリング まほうのおなべ」は、2002年に下澤いづみさんが立ち上げ、長く自宅で主宰されていらっしゃった会です。いまは、名古屋市の北図書館を拠点としたボランティアグループという形になっています。ご存じの方もおいでかと思いますが、下澤いづみさんは、東京子ども図書館の「おばあさんのいす」事業で「2008年度の代表おばあさん」を務められたほか、『おはなしのろうそく28』に収録されている「舌切り雀」の再話を担当されました。今も現役の「おはなしの語り手」として、私たちと一緒に活動されています。
下澤さんは、お話の活動の中で折々に感じられたことを「おはなし通信」という形で毎月発行されていました。2005年から2017年まで、全部で150通出されたのですが、それをまとめたのがこの『お話とともに育つ喜び』です。この本の中に「なぜおはなしをするのか」という題で書いてらっしゃることをそのまま資料に載せました。

「私がストーリーテリングを始めたのは図書館でのボランティアとして子どもと本あるいは読書とを結びつける役割の一端を担いたいという思いからでした。それは今も変わりありません。ですから文学的に価値あるお話を選び、読書する時に近い環境の中で、聞き手が読書するのと同じような心のありようで言葉を受け止め、物語をたどることができるようにお話を届けたいと願っています」

下澤いづみ『お話とともに育つ喜び』風媒社

このことばは、そのまま「まほうのおなべ」の活動の原点になっています。今日お集まりいただいた皆さんも、図書館などでボランティアをされている方がほとんどと聞いています。この、「子どもと本あるいは読書を結びつける役割の一端を担いたい」という思いには共感していただけるのではないでしょうか。

まほうのおなべのお話会(子ども向けお話会の実演)

わたしたちのお話会は、ストーリーテリングだけでプログラムを組んでいます。絵本や紙芝居を使った、幅広い年齢層向けのお話会は他のグループにお任せして、まほうのおなべのお話会は、あえてお話だけで構成し、5歳以上を対象にしています。図書館では、お話会の案内に「ストーリーテリングのお話会」とか「語りだけのお話会」ということを入れてもらって、参加は5歳以上ということを知らせてもらっています。
では、ここからはお話の部屋にやってきた小学生になったつもりで聞いてみてください。


まほうのおなべのお話会にようこそいらっしゃいました。このお話会は、絵本も、紙芝居も使いません。わたしたちが、みなさんのお顔を見ながら声だけでお話をしますから、みなさんも話す人の顔を見て聞いてくださいね。
お話は3つあります。

  鳥呑爺(日本の昔話) 
  二ひきのよくばり子グマ(ハンガリー) 
    わらべうた ♪たけんこがはえた♪
  屋根がチーズでできた家(スェーデン)

では、今聞いていただいたお話が載っている本を紹介します。最初の『鳥呑爺』は、三省堂というところが出している『昔話百選』というこの本にのっています。『二ひきのよくばり子ぐま」は実業之日本社が出している『こども世界の民話下』に入っています。最後の『屋根がチーズでできた家』は、こぐま社の『子どもに語る北欧の昔話』にのっています。どの本も図書館の本なので、もう一度読んでみたいな、とか他にはどんなお話が載っているのかな、と思った人は借りて帰っておうちで読んでくださいね。


このあと、その日のプログラムを印刷したものを配って、お話会はおしまいになります。プログラムには、本の題名や出版社などの情報を載せて、子どもたちが本を見つけやすいようにしています。

まほうのおなべでは、大切にしていることが三つあります。

聞き手といっしょにつくるお話


そのひとつめは語り手と聞き手が、いっしょにお話の世界を作る ということです。
先程聞いていただいたように、わたしたちはお話会の初めに「わたしたちはみなさんのお顔をみながらお話をしますので、みなさんもお話をする人の顔を見て聞いてください」と必ず言っています。語り手と聞き手が目線を合わせるということが、ストーリーテリングの特徴であり、また、とても大事なことだと思っているからです。
絵本の読み聞かせでは、読み手と聞き手の間には「絵本」があって、読み手と聞き手はどちらも、絵本に向けられていますね。朗読の場合は、読み手は本を見ていますから、聞き手と目が合うことはありません、また、落語のようなプロの語りでは、演者が「高座」という一段高いところに上がり、お客と目を合わせることはありません。観客は、お芝居と同じように、演者が舞台上に作り上げた世界を見ています。けれども、ストーリーテリングは、語り手と聞き手が同じ地平にいて、語り手と聞き手が一緒につくり上げるものです。もちろん、語り手が一方的に話すのですが、お話は、それを受け止める聞き手によって変わります。どんなに上手な語り手でも、聞き手から全く反応が得られないと、お話がふくらまず味気ない語りになってしまいます。逆に、覚えたばかりのたどたどしいお話でも、聞き手がうなずきながら前のめりで聞いてくれると、イキイキした語りができることは、お話をされる方はみなさん、経験されることだと思います。語り手と聞き手、どちらが欠けてもいいお話にならないという双方向性が ストーリーテリングの特徴だし、魅力なんですね。ですから、「話す人の方を見て聞いてください」というのは、何気ないことばなんだけれども、「いっしょにお話の世界をつくりましょう」という、だいじな呼びかけなのです。

なにを語るか

そして、何より大事に思っているのが、何を話すかということです。
図書館で子どもに語るお話は、文学としての価値があるものでなくては語る意味がありません。そして、どんなに素晴らしい文学でも、耳で聞いて楽しめなくてはいけません。ですから、
・耳できいてすぐに心に絵が浮かぶようなお話。
・言葉の響きやリズムが美しくて心地いいこと。
もうひとつ、子どもに語ると言う上で大切にしているのは、
・人間の弱さや愚かさと言ったことも含めて、人生を肯定的に捉えたものであること。
子どもたちには、いろんな苦労はあっても、生きているって素敵なことだと伝えることが大人の役目だと思うのです。

また、図書館ではその日にどんな子が来るかわかりませんから、初めてお話を聞く人でも楽しめる話を入れるように心がけます。先程きいていただいた鳥呑爺のように、歌や唱え言葉が繰り返し出てくるお話は、5歳の子でも楽しんで聴くことができます。「おだんごぱん」や「金色とさかのおんどり」などもそうですね。
そして、聞き手が、お話の主人公といっしょに冒険し、満足できる結末になるような昔話を中心にもってくるようにしています。先ほど聞いていただいた中では「屋根がチーズでできた家」がそれですね。子どもたちは、魔女につかまった兄さんと妹といっしょに、どきどきはらはらし、魔女をやっつけて宝物を家に持って帰る結末に大満足します。
プログラムを組むときには、季節感も大事にしています。5月の節句のころには「くわず女房」、秋には「三枚のお札」、年末には「かさじぞう」や「牛方と山んば」というふうに。
それから、「ついでにペロリ」や「おばあさんとブタ」「ねことねずみ」のような繰り返しのある話もプログラムの中によく組み合わせます。お話の中で繰り返しがあると、リズムを楽しむということもあるのですが、聞いている子どもたちがお話の先を予想することができます。
「ねことねずみ」を語ったときのことですが、このお話では、ねずみは、何回も「いやだね」と断られるんですね。ねこに「いやだね」といわれ、雌牛に「いやだね」といわれ、「お百姓にいやだね」といわれ、「肉屋にいやだね」といわれ、そのあと・・・「そこでネズミはポンとはね、それからとんとんかけったとんとんパン屋のところまで。そしてパン屋にこう言った パン屋さんパンをちょうだいな、そのパンを肉屋にやり、その肉をお百姓にやり、お百姓から干草をもらい、その干草を雌牛にやり、雌牛からミルクをもらい、わたしのしっぽを返してもらうの」と、ここまで聞いて、私より先に「いやだね」と言った男の子がいたんです。それまでの流れから今度もまた「いやだね」だと思ったのが声に出ちゃったんでしょうね。そこでわたしは、その子の方を見ながら、ちょっとゆっくりめに「いいとも、パンはあげるよ。」と語りました。その子は、黙って聞いていましたがネズミがしっぽを返してもらった結末に満足したように思います。
話を聞いたり、本を読むとき、展開を予想すると言うのはとても大事なことですよね。たとえば、推理小説では、この人が犯人だよね、と思いながら読んで、その通りだと「やっぱりね!」と嬉しいくなりますし、はずれたらはずれたで、なるほどそう来たかと、うなったりします。お話の中の繰り返しは、まだ、読書力が育っていない幼い子にも、この、お話の展開を予想するたのしさを味わわせてくれるのだと思います。

読書につなぐ

もうひとつ、図書館のお話会で大切にしていることは、お話と本をつなぐ ということです。先程実演したように、お話のあと、毎回「今、聞いてもらったお話は、全部 図書館の本に入っています」と言って、一冊ずつ本を紹介します。すると、毎回ではないのですが、その本を借りて帰ってくれる子がいるんですね。「耳からの読書」としてお話を楽しんだ子が、今度は本に手を伸ばし、本のよさに気づいて読書を楽しめるようになることが、お話会の究極の目的ですので、紹介した本が借りられたときは「やった!」と心の中でガッツポーズをしています。先月、ある図書館のお話会で、「うさぎとひきのもち争い」「マメ子と魔物」「おだんごぱん」というプログラムだったのですが、紹介した3冊の本が全部借りていってもらえて、とても嬉しく思いました。
今の子どもたちは本を読まなくなった、ということがいわれ始めてもう何十年も経っていますが、インターネットの普及の影響もあって、読書習慣が定着するのが以前よりも一層難しいように思います。でも、毎回毎回、お話を聞いてもらっては、本を紹介するという地道な努力を続けていくしかないと思っています。

子どもからもらうよろこび

お話をしていると子どもから教えてもらうことがたくさんあります。ストーリーテリングは、子どもの表情をずっと見ているので、お話のどんなところで子どもたちが緊張するのか、どこで表情が緩んで嬉しそうにするか、などが手に取るようにわかるのです。
鳥呑爺を語ると、おじいさんが舌をだしたところで、毎回何人かの子は、自分も一緒になってベロを出すんですね。今はマスク生活でそれが見えないのが残念です。お話を覚えているときには思いもよらない反応に驚くこともよくあって、子どもたちにお話を育ててもらっていると実感しています。以前、「なら梨とり」を語ったときのことなんですけど、太郎が岩の上のお婆さんの言うことを忘れて「いぐなっちゃがさがさ」という方へ入っていった、というところを聞いた子が、声にならないくらいに小さく「なんで?」とつぶやいたことがありました。2年生くらいの賢そうな女の子でしたが、太郎と一緒になって山道を進んでいた女の子にとっては、お婆さんに言われたことを忘れてしまうなんて考えられなかったんでしょうね。私自身は太郎と二郎が失敗し、三郎が成功するという、昔話の決まった形に馴染んでしまってそこで驚く感覚をすっかり無くしてしまっていました。でも、考えてみれば、上の二人の失敗を、ちゃんと驚きをもって捉えることで、三郎の成功の喜びがいっそう大きく感じられるんですね。
わたしたちは、子どもたちの健やかな成長を願ってお話をしていますが、逆にこちらが育ててもらっていると感じることが多いです。
お話を覚えて語るのは、大変な労力ではあるのですが、子どもたちの顔を見ているからこそ得られるこのよろこびは、ちょっとほかでは味わえないのではないでしょうか。もし、お話を覚えるのはちょっと・・・と思って、ストーリーテリングに二の足を踏んでいらっしゃる方があったら、苦労は必ず報われるので、ぜひやってみてくださいと背中を押したいと思います。


大人のためのお話会

初めは、小澤俊夫さんがやられている日本昔ばなし大学の再話コースの研究生が再話した昔話を集めた「子どもに贈る昔ばなしシリーズの一冊『うばの皮』から「鬼を買った夫婦」を聞いていただきます。これは名古屋の再話グループが手がけた愛知県のお話で、本にはほとんど標準語で載っていますが、今日は、名古屋弁での語りを聞いてみてください。

・鬼を買った夫婦 『子どもに贈る昔話10 うばの皮』(小澤むかし話研究所)
・死神の名付け親 『子どもに語るグリムの昔話4』(こぐま社)
・だんまりくらべ 『子どもに語るトルコの昔話』(こぐま社)

昔話の中にはいろいろな夫婦、男女が出てきますね。(「だんまりくらべ」の)
「わたしゃおまえさんの世話で手いっぱいなんだよ」というおかみさんのセリフが言いたくて、わたしもこの話をおぼえました。つぎのおはなしは、ずっと初々しい男女のお話です。ちょっと長いので、子どもに聞かせたことはありません。どうぞゆったりお聞きください。
・森の花嫁  『おはなしのろうそく2』(東京子ども図書館)


質問から

・お話会は月に何回ありますか?
 ー名古屋市には図書館が21館ありますが、そのうちの4つに毎月1回つず行っ
 ています。あと、トワイライトスクールと言って、名古屋市が各小学校で運営し
 ている放課後に子供を預かる学童保育のようなところに3校(コロナ以後1校は
 休止中)行っています。
・お話会は何人でしているのですか?
 ー3人で担当し、おはなしを一つずつ語っています。
・(田辺図書館の)4歳以上のお話会でも、なかなか大きい子が来てくれないが、
 子どもは集まりますか?
 ーなかなか集まりません。乳幼児のわらべうたの会などは募集するとすぐにいっ
 ぱいになるようですが、ストーリーテリングのお話会には多くて5組、子ども
 5〜6人と言う感じです。
・勉強会ではどんなことをされてますか?
 ー自分が新しく覚えた話や、聞いてほしい話を仲間の前で語り、それについて
 いろいろ意見を出し合います。その後、次の月の図書館のお話会4つ、トワイラ
 イトスクールのお話会2つのプログラムをみんなで決めます。
 コロナ禍の前は、一緒にお昼を食べて、午後にお話や、子どもの文学についての
 本をみんなで読み合っていました。「ストーリーテラーへの道」「児童文学論」
 など。
・お話を何話覚えているんですか?
 ー(数で言えばかなりあるかもしれないけれど)実際には、子どもには同じ話を
 くり返し語っているように思います。


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