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Kへ

幼少期、都市部から山へ引っ越してきた。
そこで出会ったのが、Kだった。
いつ見ても地味なその格好は、街中で見かけても「あ!」とわかる程だった。
そんなKを、ずっと見てきた。

成人する少し前、家を出た。
そこは、山から遠い場所で、私からしたらとても華やかな場所だった。
そこから数年、Kの事は忘れていた。
ふと、Kを思い出す瞬間があった。
山の方から届いた箱の中に、Kの残り香があった。
どうやら、Kだったものが紛れていたらしい。
ああ、まるで服のボタンやチョコレートのかけらの様になってしまっていても、わかるものなのだ。Kだ。
慌てて、Kを白い紙片に包む。そして、水に清める。
来世が、このような結末にならない様、祈りながら流れ逝く彼を見つめる。

数年後、田舎に戻ってきた。
彼は、あの日と変わらないままだった。
地味で、それでいてラストノーツ…いや、感じた瞬間に思い出す香り。
Kだ。
渋々、あの時の様に紙片に包み、冷水で清める。

そうして時間が流れて、今年。
Kが、たくさんいる。
天井を見上げれば、お風呂場でバスタオルを広げれば、冷蔵庫のノブを持とうとしたら、歯ブラシに、キーボード、グラスの中、ペン、フレグランスのオイルの中、服、タオル、靴下、パンツ、服、いる。Kが、いる。結構な頻度で。
いやなんでだよ。あんだけ確認しただろ。なんでいるんだよ。
わからないよ。これだけ部屋を密閉してても、網戸の内側にいるとか、なんだ、メタモンか、バブルスライムか。

わからない、なんでKがいるのかがわからない。いや、存在理由がわからない。
全ての生き物の存在価値はない、なんて、心理学の偉い人が言っていた。
だが、全ての生き物が存在するからこそ、この地球は回っている。
そういう観点から見ると、全ての生き物の価値は存在する。
しかし、Kはなんだ。
臭いしキモいし、あの羽音もあの動きもキモい。
モスラをみろ、勇ましくかっこよく、愛くるしいぞ。
それなのに、お前ときたらなんだ。
お前はそうやって、私の生活に入り込む。
なんなんだよ本当に、なんなんだよ。
次進入したら、住居侵入罪で訴えるぞ!いや、こr………まあ、いいか。

Kへ
いや、カメムシへ。

どうか、部屋に入らないでくれ。
そして、このティッシュの中に大人しく包まれてくれ。
お願いだから、本当に、お願いだから、消えてくれ。
それが難しいなら、部屋に入らないでくれ。私の服にくっつかないでくれ。
泣く。

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