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パラレルモンスター・ブレイク

「いくぞ、ミュフィ!ジェネフォームでとどめだ!」
「はいですニャ!」
 俺は相棒のパラモン、ミュフィにジェネフォームの指示を飛ばす。ミュフィのもこもことした二頭身の体が光に包まれ、毛皮を生やした人間の女みたいな形『ジェネフォーム形態』に変化する!
「ご主人様の『ラブ』を感じますニャ!」
 ミュフィは俺にかわいらしくウィンクした。野性的で瞳孔の細い、ピンクの宝石みたいな眼。とがった鼻先は黒く、バトルの興奮にひくひくと動いている。
「い、今はそういうのいいから!ミュフィ、ドロップキック!」
「はいニャ!」
 普段とは対照的にすらりと長い脚をばねのように使って、ミュフィが飛び跳ね、相手のパラモンに一直線に降下していく。
「くそっ、避けろ6号!」
「ギーッ!!」
 相手のパラモンは動きが鈍い。当然だ。あんな機械をつけられ、『ラブ』を与えられずに無理やり動かされているのだから。
「パラモンは道具じゃねえ!大切な相棒だ!それを思い知れーッ!!」
 ミュフィのキックが6号に炸裂し、機械を粉々に粉砕した。
「やったニャ!」
「もう戦えるパラモンはいないみたいだな。おとなしく投降しろ、エイブラハム!」
 相手ーーパラモンに危険な実験をする科学者集団、X団の幹部、エイブラハムは、悔しそうに6号をカプセルに戻す。
「ふん、こいつも失敗か……パラモンブリーダーのブラックといったな。お前は考えたことはないのか、パラモンとは何なのか、なぜ超常の力を使えるのか?なぜ」
「うるさいですニャ」
 負け惜しみを並べるエイブラハムのお腹を、ミュフィが蹴っ飛ばす。エイブラハムはものすごい勢いで壁に叩きつけられ、血を吐いた。控えていた部下たちが彼を回収し、急いで逃げていく。
「やりましたニャ、ご主人様!」
「ああ、今日もお疲れ様、ミュフィ。あの可哀そうなパラモンも助けてあげないと」
 俺は機械をつけられていたパラモンに駆け寄り、ケアドリンクを飲ませてやる。パラモンは死ぬことがないとはいえ、こんなひどい仕打ちをするなんて許せない。
「ご主人様、この奥にホワイト様がいるはずだニャ!」
「ありがとうミュフィ!ホワイト、今助けに行くからな……!」
 俺はとらわれた親友を助けようと走り出す。もしかしたら、ホワイトを助けるにはX団を壊滅させなければいけないかもしれない。
 俺だけでは到底無理な事でも、パラモンが……ミュフィがいればきっとできる!俺たちは、最高の相棒なんだから!

「ご主人様、難しい顔してどうしたんですニャ?」
「ああ、ちょっと、エイブラハムを倒した時のことを思い出してて」
 あれから1年ぐらいの間に、たくさんのことがあった。俺はミュフィといっしょにブリーダーの頂点を目指し、目標だったランキング1位を達成した。
「ただランキング1位を目指すだけのはずが、とんだ大事になりましたニャ」
 『ラブ』の補給のためにジェネフォームになったミュフィが、俺に体を寄せてくる。紫色のふわふわとした毛皮と乳房が、俺のお腹の地肌に当たってくすぐったかった。キャンプのテントは、人間大サイズが二人分寝転がると少し狭い。
「X団との戦い、伝説のパラモン、『パラモン戦争』……いろいろあったな」
 エイブラハムを倒した後も、X団は各地で活動を続け、パラモンたちを強制的に捕まえたり奪ったりしつづけた。ブリーダーとして力をつけていた俺たちは、パラモン協会の依頼もあって、X団との戦いの先鋒に立った。
 最終決戦は『パラモン戦争』と呼ばれるほどの激しい戦いになった。X団は強大な力を持つ伝説のパラモン、ブラフマーンを装置で操って、俺たちを追い詰めた。しかし、もう一体の伝説のパラモン、シヴァ―が俺たちに協力してくれて、なんとかX団を壊滅させたのだった。
「昔のことを思い出してるなんて、ご主人様らしくないですニャ」
「やっぱり、ホワイトのことが気になって……」
 ホワイト。俺のライバルで、親友。頭がよくて、キザなやつだったけど、パラモンへの想いは人一倍だった。でも、X団の魔の手にかかり、あいつらの手先にされ……『パラモン戦争』の最終盤で俺と一騎打ちになり、操っていたブラフマーンの技に巻き込まれて、一緒に消えた。俺がランク1位となった今も旅を続けているのは、ホワイトを探すためだ。
「……今でも思うんだ。あの時の俺の行動は本当に正しかったのか……ホワイトだって救えたんじゃないかって」
 ミュフィをなでてやると、彼女は喉をならした。体をひねりながら、俺の作ったパラモンフードを食べ、目を細めている。
「それで、ご主人様は最近元気がなかったのニャ~。よくわかんないけど、きっとどうにもならなかったことニャよ。おいしいものを食べて、ミュフィをかわいがって、『ラブ』を補給してくれれば、それでいいニャ」
「お前は本当に気楽だな」
「ミュフィはなんにもわかんないのニャ~」
 俺は苦笑しながらミュフィをさらになでてやった。かわいらしく、愛おしく、触り心地の良い体だ。欲求に忠実で、ちょっとわがままでおバカな、ミュフィたちパラモンを見ていると、辛い気持ちも和らいでくる気がする。守ってあげないとと思えてくる。
 でも、少し限界だった。
 俺はランク1位のブリーダーで、パラモン戦争の英雄で、たぶんなんだってやれる……どんなパラモンだって、人だって動かせる。そのぶん、いろんな人が俺に助けを求めてきた。それに応えられるから、応えないといけなかった。
 でも、そんなことがやりたいんじゃなかった。世界の命運や伝説のパラモンや、そんな重大なものを背負いたくて、旅をしていたんじゃなかった。おまけに、親友まで失ってしまって。
「はは……俺も、ミュフィみたいに、単純になりたいよ。疲れちゃった」
 俺は思わず口走った。

「じゃあ、なるニャ?」
「え」
 ぐら、と視界が揺らぎ、ミュフィのピンク色の瞳だけが暗闇に光る。次の瞬間、頭に直接、『何か』が流れ込んでくる。力が入らない。
「うんうん、やっぱり心が壊れかけてるのニャ~。『意志』なんて野蛮なものを持ってるからそういうことになるのニャ」
「ミュ、ミュフィ…?」
「ご主人様はX団を壊滅させてくれたし、特別に教えてあげるのニャ」
 ミュフィの白い牙が、テントの中のわずかな光に反射した。それが最後に見たものだった。

「ご主人様は、不思議に思ったことはないのニャ?人間よりずっと強いパラモンと、人間が仲良く過ごしてるのが」
 気が付くと、俺の視界は真っ白で、自分の手足すら見えない。見下ろすと、普段の二頭身姿のミュフィがもこもこと歩いていた。
「それは……」
 思いつくだけで、人間よりずっと強いパラモンは大勢いる。伝説のパラモンはもとより、炎や超能力を操ったり、音速を超えて空を飛んだり、数百桁の暗算ができるIQを持つのもいる。でも、みんな人間と仲良くして、社会を支えてくれていた。
「だって、パラモンは人間が指示して、『ラブ』を与えてやらないと何もできないじゃないか」
「そうなのニャ。ご主人様の……人間の指示と『ラブ』がないと、パラモンは動けないのニャ。だからミュフィたちは、なーんにも悩まなくていいのニャ。『意志』とかいう野蛮で無価値なものに、煩わされなくていいのニャ」
 ミュフィは、見たことのない表情で笑って、俺の首筋に噛みついた。『何か』が流れ込んできた。それで、全部がわかった。

 パラモンは元々異星人だった。彼らは文明を発展させ、ほとんど全能といえる力を身に着けたが、それに対応できるだけの精神を持たなかった。『意志』、つまり自分で考え判断するという仕組みは、無限に近い選択肢の前では苦痛でしかなかった。

「ミュフィたちには十分に進歩したから、どんな場合でもとるべき選択がわかりますニャ。だから『意志』は既に必要なく、選ばなかった選択肢への後悔や不満を持たせる以上の意味はないのですニャ」

 彼らは苦痛に悶え、文明の崩壊が始まった。

「自分の『意志』で決めたから、考えなきゃいけない、その責任を負わなきゃいけない、それはとっても苦しかったのニャ。それで、ミュフィたちの先祖は、そんな野蛮で無価値な『意志』を捨てて、別の知的生命体に『支配してもらう』ことを選んだのニャ。幸い、この惑星にはいいお手本がいたニャ」

 ふわふわとした四つ足の生き物の映像が表示された。ミュフィに似ている。

「これは、なんてパラモン?」
「『猫』という『動物』ニャ」
 動物。数百万年前の化石で見たことがあった。
「『猫』は昔、カワイイのと役に立つのでこの星のどこにでも繁殖するようになった動物ニャ。それを参考にして、人間の脳のカワイイに反応する部分……愛情?だっけニャ?そこをちょちょっと刺激するようにしたのニャ」

 パラモンは愛らしい外見、人間の愛情に頼り切りな生態から、人間の庇護欲を刺激し、あっという間に地球に広がった。
 パラモンたちはあらゆる愛情、欲望、性愛を受け止め、適応していった。人間同士の衝突は減り、世界はどんどん平和になった。うまくパラモンを支配して使いこなす人間が優位となっていった。パラモンを愛することは社会的な正義となり、適応できない人間が滅びていった。
 そうして、数百万年かけて、人間は品種改良された。様々な愛情を区別できなくなり、それらは『ラブ』に集約された。パラモンは全ての動物に取って代わった。
 パラモンたちは、ただ愛されていただけだった。

「おかげで今はすっごく快適だニャ~♪ご主人様みたいな人間にいーっぱい愛されて、全部決めてもらって、庇護されて、支配されて、毎日楽しいニャ♪」
 ミュフィはかわいらしくごろごろ転がった。
「ま、『ラブ』がミュフィたちパラモンにしか向かない人間が増えて、どんどん人口が減ってるけど……それはミュフィたちのせいじゃないしニャ~。それが人間の『意志』なんだし……人間がいなくなったら、またどこかの誰かに支配してもらうだけだからニャ♪」
 ミュフィの口から発せられるおぞましい言葉に、それでも、俺はミュフィを「かわいい」「愛らしい」としか思えない。彼女のピンクの瞳がくるくる動くたびに、庇護欲を掻き立てられる。それが恐ろしかった。

「ご主人様の心が壊れかけてるのを見て、つくづく『意志』って怖いニャ~と思ったニャ。だから捨てさせてあげるニャ♪パラモンになって、いっしょに楽しく暮らそうニャ♪」

 ミュフィが大きくなっていく?違う、俺の体が縮んでいる。ミュフィと同じ、二頭身のサイズに。流し込まれた『何か』が脳をかけめぐり、意識が冷たく冷えていく。

「心配しなくていいニャ、ご主人様もきっと『かわいい』ニャ♪それとも……もう心配することも、できなくなってるかニャ?」

 視界がはっきりしてくる。体がミュフィと同じ毛皮に覆われ、ぽてぽてとした丸っこいものになっていくのがわかる。今まで動き回っていた心が、ゆるやかに停止していくのがわかる。何も考えなくてよくなる。心地よかった。それが正しいとわかった。

「あ、あ」

 耳に聞こえる声は、自分の声は、甲高く聞き覚えのないものだった。その事に心が反応しないのは、まるで麻酔をかけられている部位を触られるみたいで、まだ慣れない感覚だ。

「みゅ、ふぃ」
「なんですかニャ~?」
「だい、す、き」
「知ってますニャ~♪」

 ミュフィがかわいく、俺に頬を寄せる。

 僕はゼキアを連れて森を走る。
『こちらX団暫定本部。ホワイト、聞こえるか』
「聞こえる。実験用のパラモンは確保した」
 違法改造カプセルには、捕まえた他人のパラモン。パラモン自体は抵抗してこないが、奪われた人間のほうは恐ろしい。僕は腹にできた切り傷を抑えた。
「へっ、脳なしども。これからひでえ扱いされるのに、のんびり寝てやがる」
 僕の相棒、ゼキアが悪態をつく。がらがら声で、見た目もお世辞にもかわいいとは言えない。ずたぼろのぬいぐるみのような外見だ。最も、他のパラモンと同じような外見だとしても、僕は所謂『ラブ』を抱くことはない。
 僕とゼキアは、どちらも先天的におかしい部分がある。僕は『ラブ』が分からず、ゼキアは先祖返りで『意志』を持っている。
 パラモンを奪われた人間の追跡を撒こうと森を駆け抜けていると、声が聞こえた。
「に、人間さん!助けてほしいニャ!」
 聞いたことのあるパラモンの声だ。草むらから飛び出してきたのは、僕のライバルであり親友……ブラックの相棒、ミュフィだった。そしてもう一体。
「……ブラック?」
 そんなはずはなかったが、思わず声に出してしまった。一緒に飛び出してきた黒い毛皮のパラモンは、彼の面影があった。
 ホワイトの脳の、使ったことのない部分が、ずぐん、と疼いた。


サウナに行きたいです!