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ライオンマスクのクリスマス・キャロル #パルプアドベントカレンダー2022

何がクリスマスじゃッ!!死ねェーーッ!!!

 冒頭から失礼いたしました。あらためまして、メリークリスマス。ライオンマスクです。今回は歴史あるパルプアドベントカレンダーのトリを飾ることになってしまい、恐縮の至りです。
 ここのところずっと寂しい独身男性なので、クリスマスらしいこともやらず、サウナに行くなどして、同じくクリスマスにサウナに行くしか無い男性たちと無聊をかこつのみの日々でした。多分今年もそうなるんじゃないかと思います。
 家族でケーキを食べたり、ツリーを出してプレゼントを心待ちにしたり、そんな幼い日のクリスマスも、交際していた女性やそうでない(そうならなかった)女性とディナーを楽しんだ日も遠い思い出……。
 どうしてこんなことになってしまったのか。未来はあるのか。そんなドロドロとした気持ちを先に吐き出させていただき、ここから後は皆さんのクリスマスイブに華を添える、ちょっとしたお話を書かせていただきます。
 皆様はクリスマスのいろいろなご用事で忙しいでしょうから、ふとした合間にさくっと読んで楽しめる、軽くて明るい、短いお話にしようと思います。ぜひご笑納ください。
 あ、もう今年のクリスマスには間に合わないと確定しているけど、彼女募集中です。ツイッターのDMにご連絡ください。待ってます……ボス……(ドッピオ)。

「だからさあ、俺はアレ、釣り合わないと思うのよ。『賢者の贈り物』だっけ?あの、お互いが売っちゃったモノに使うプレゼントを贈り合ってホッコリ、みたいなやつ」
 池袋のサウナ施設、『かるまる』のレストランでビールを飲みながら、スグルは目の前の男に語った。
「だってさ、男のほうは大事な懐中時計を売ったのに対して、女の方は髪の毛じゃん。また生えてくるじゃん。いや、もちろん昔の時代にキレイな金髪を保つのが大変なことなのはわかるけど。でも体の一部じゃん。原価0でしょ?それでなんか対等ヅラしてるのはおかしいよね。ていうか、櫛だか髪飾りだかは、ちょっとでも髪が残ってりゃ使えるけど、時計につける鎖はマジで時計なかったらただの金属のヒモじゃんか」
「もういい、わかった、わかったから」
 対面の男もビールをあおり、スグルの言葉を遮った。
「何がわかったって?」
「お前がクリスマスイブに一人でサウナにいる理由」
 男の両隣に座っている男たちも、無言で頷いた。
 彼らは、クリスマスの精霊であり、クリスマスを楽しんでいない人のもとに現れるのだという。アパートの玄関先で説教を始めた彼らを、「アウフグースに間に合わなくなるから」とサウナまで強引につれてきて、今の状況に至るのだった。

「つまり、キミみたいな偏屈な男を見つけては、模範的クリスマス人間にするのがボクらの役割ってわけなんだけど」
 未来のクリスマスを司る精霊は、少年の姿をしている。サウナの熱気で火照った顔に、冷えたオロポのジョッキをあてている。
「最近はいろいろ厳しくてさ。未来担当としては、もうそろそろ適当でいいんじゃないかと思ってるわけね。教会にいてもいいし、なぜかケンタッキーのチキンを食べててもいいし、キミみたいにサウナでクダを巻いててもいいし」
「いいや、よくない」
 過去のクリスマスを司る精霊が、憮然とした様子で日本酒のおちょこを置いた。彼は老人の姿をしていたので、サウナ施設の光景にはよくなじんでいた。
「クリスマスはもっとちゃんと過ごすべきなんじゃ。家族や恋人と穏やかに過ごし、一年を振り返り……まあこれも原義からはだいぶ外れるのだが、宗教の違う国でとやかく言うまい。ともかく、お前のようにこんな無為なクリスマスを過ごすなど言語道断」
「俺だって、やりたくてやってるわけじゃねえし」
 スグルは即座に反論したが、それ以上は言葉がなかった。
「フン、どうだか。この1年女の一人も捕まえられてないなんて、真剣にやったかどうか疑わしいもんだ。クリスマスは答え合わせなんだぞ!?1年を良く過ごしたやつは良いクリスマスを送る。悪く過ごしたやつは悪いクリスマスになる。お前は落第だ」
「だっテメっ!」
 スグルが思わず精霊につかみかかろうとすると、もう一人の精霊がそれを止めた。
「まあまあ、サウナで喧嘩することもないでしょう」
 彼は現在のクリスマスを担当する精霊だ。
「今だって、サウナに入って、オイシイご飯を食べて、それなりに幸せじゃあないですか。その幸せが、恋人や家族と過ごすのとどれだけ違うかなんて、わからないでしょう」
「フン、詭弁だ」
 過去の精霊はまだ怒っているが、現在の精霊はにこやかに語る。
「それより、早いところ仕事をすませて、私たちももう一回サウナに入りに行きましょう。サンダートルネード水風呂に」
「……確かにな」
「だね」
 3人の精霊はスグルに向き直った。
「何、仕事って」
「クリスマス・キャロルですよ。ご存じないですか?」
 現在のクリスマスの精霊は、笑顔を崩さない。テーブルに据え付けられた注文用のタブレット端末を取り出すと、軽く2、3度叩いて、画面に何かを表示した。少なくとも、オロポや生姜焼きの注文画面でないことは見て取れた。
「何したんだ、あんた」
「これから私たちは、あなたに『過去のクリスマス』『現在のクリスマス』『未来のクリスマス』をお見せします。それらを見て、自分の身の振り方や人生を考えてください、という仕事です」
 スグルは昔、ディズニーの映画で、そんな筋書きを見たことがある気がした。
「いろいろ言いたいことはあるでしょうけど、これも私たちの仕事なので、まあとりあえず見てみてください」

過去のクリスマス

「まずはお前の過去のクリスマスを見せてやろう」
 顔を赤くした老人、『過去のクリスマスの精霊』がタブレットを叩いた。映し出されたのは、幼い子供がクリスマスプレゼントを受け取っているシーンだ。
「あ、これ俺じゃん」
「そうとも。最初に言っただろ」
 幼い子供は、二十数年前のスグルだった。よく見て見れば、映っているリビングはスグルが小学校に上がる前まで住んでいたマンションの一室だった。
「このころのお前は、模範的にクリスマスを楽しむ子供だった。プレゼント、チキン、ケーキ、家族との団らん……」
 実際、そのぐらいの年齢までは、スグルもクリスマスを無邪気に楽しんでいた気がする。たまにプレゼントが24日以前に隠されているのを見つけてしまったりもしたが、おおむね楽しかった記憶がある。クリスマス会なんかもやったかもしれない。いつまでサンタを信じていたかは忘れたが。
「でも、そのぐらいだろ」
 スグルは言った。
「小学校上がってからは、プレゼントは毎回図書カードになったし、中学以降は家族でわいわいやらないだろうし……というか、もう作業だよな、大人のクリスマスって」
「なんだと!」
 過去のクリスマスの精霊は赤い顔をさらに赤くする。
「そりゃ、子供のころはプレゼントもらえるし、クリスマス会とかあったり、なんか特別感もあったけど……彼女とかがいた時だって、事前にそれなりのプレゼント見繕って、店のクリスマスディナー予約して当日食って、そのあとセックスするぐらいじゃん。誕生日とかとパッケージが変わっただけでやってること同じじゃない?ソシャゲのクリスマス限定キャラのほうが、まだ毎年バリエーションがあるわ」
「この野郎!だからモテないんじゃぞお前は!」
「まあまあ」
 激昂する過去のクリスマスの精霊を、現在の精霊がなだめた。
「本当は、各個人、各家庭の特別なクリスマスの過ごし方があっていいはずなんですけどね。『特別な日』っていうのが大きな意味での日常経済に取り込まれているというか……」
「だからこの国のクリスマスは嫌いなんじゃ。じゃあお前がこいつを改心させてみせろ!」
 そう言って過去のクリスマスの精霊は、ジョッキを呷ってむっつりと黙ってしまった。

現在のクリスマス

「とはいってもねえ。私、普段は『あなたがクリスマスを一緒に過ごさなかった人は、今頃こんなことを言ってますよ』っていうのを見せるのが仕事なんですけど、あなたは別に誰かの誘いを断ってるわけでもないですし」
「そうだよ、誰からも誘われてないから一人なんだから」
「ご実家……は普通にご飯食べてますね。お母様が買ってきたワインとかでちょっと豪華ですけど。ある意味本来的なクリスマスに一番近いかもですね。ご友人は……うん」
 タブレットで2,3人の様子を見て、精霊はなんともいえない顔をした。
「どうしたの?」
「フン、大方友達もいなかったとかじゃろ」
「失礼だな、いるよ(定義によっては)」
 タブレットには、スグルの顔見知りが数人映っていて、それぞれにクリスマスを過ごしているようだった。
「いやね、順当なんですよ。結婚してる人は家族でご飯食べてるし、恋人いる人はデートしてるし、そうでない人はクリスマスライブとかVチューバ―の配信とか見てるし」
 それはそうだろう、とスグルは思った。新年会や忘年会ですら、もう久しくやっていない。特別な日だからといって、義理やなんとなくレベルの知人とテーブルを囲むことは、ほとんどなくなっているのだ。
「意地悪な言い方をすれば、誰もクリスマスにあなたのことを思い出したりはしていないんですが……まあそれも仕方ない事かもしれませんね。みんな大人ですし、人間関係の優先度なんてそんなものでしょう。あなたもどこかに混じれれば、それはそれで楽しかったんでしょうけど」
「それは、まあな」
 現在のクリスマスの精霊は、あくまでにこやかなまま、スグルに告げて見せた。その表情は前向きなようにも、一種の諦念のようにも見えた。
「何か思い当たることがあるなら、来年からがんばったらいいんじゃないですか、って所ですね、私からは」

未来のクリスマス

 最後にタブレットを手に取ったのは、少年の姿をした未来のクリスマスの精霊だった。
「んー、いいのかなこれ言っちゃって」
 精霊は面倒くさそうに、タブレットを伏せて言う。
「まず、これはキミも薄々わかってることだと思うけど、キミはこのままだと孤独に死ぬ。これはほぼ確定。だからもっと家族とか恋人とか友人とクリスマスを楽しく過ごした方がいいよ」
「最悪なことをサラッと言うな」
「ボクの仕事はそういう未来を伝えて今の過ごし方を見直してもらうことだから。ただね。これは言いたくはないんだけど」
 外見は少年だが、三人の中で一番歯切れが悪く、けだるそうなのがこの精霊だった。
「ボクらの言うことを聞いたところで、この未来が絶対変わる、とは言いきれないんだよね。誰かとつきあったって子供ができたって、なんやかんやあってキミの未来は孤独死確定なのかもしれないし、明日ちょっと疎遠になった友人に連絡してみるだけで回避できる未来かもしれない。その確率は誰にもわからない。だから、過ごし方を変えれば解決するとは言えないよね」
 彼の言いぶりに過去のクリスマスの精霊などは不服そうな顔をしていたが、遮るほどでもないところを見ると真実のようだ。
「偉そうなわりに無責任だな」
「そりゃそうさ。過去や現在と違って、未来を扱うのはいろいろ面倒なんだよ。ボクらみたいに『未来を知らせることで未来を変えさせる』タイプだと特にね」
 たしかに、未来を知ることで未来が変わるなら、それは半ば循環参照のようなものかもしれない。もうちょっと掘り下げてもよかったが、精霊たちの本題はそこではないようなので、スグルは黙っていることにした。
「ま、そういうわけだから、解決しなかったところでボクらを恨まないでくれよ。忠告はしたんだからさ」

 こうして、3人の精霊たちはひとしきり話し終えた。スグルのジョッキは空になり、ビールの泡が多少残っていた。
「というわけで、私たちの仕事は終わりましたが。何かありますか?」
「うーん」
 スグルは首をひねった。確かに、ここまでいろいろと見せられると、「クリスマスなんて子供向けの行事だから」と言って管を巻いているのも、良くないのかもしれないとも思う。しかし、そうそうすぐに自分の性格や生き方が変えられるものでもないし、今から変えたところで取返しがつくのかもわからない。

「クリスマスキャンッペーーン!!」

 突然、ジングルベルの音楽が響き、レストランの一角で何かが始まった。サンタの服を着た男女スタッフが、大きなくじ引きの箱を持ってやってくる。精霊たちもスグルといっしょに、音のする方に目を向けた。
「クリスマス特別メニュー、シャンパンとケーキのセットを買うと1回くじが引けますよ!1等は利用料+ヘッドスパあかすり無料!サウナハットとかタオルなんかもありますよ!」
 精霊たちはやはりクリスマスらしいイベントが好きらしく、並べられた景品や、ぞろぞろとくじ引きに向かって一喜一憂する客たちに盛り上がっていた。
「なかなか豪華ですね」
「ちっちゃいけどケーキはいいね、ボクも食べたくなってきたな」
「ほれ、お前も行け!ちょっとはクリスマスらしいことをせんか!」
 スグルはクリスマスらしいことから離れたくてサウナに来ていたのだが、景品の豪華さに興味をひかれた。だが、ケーキセットの値段を見て、眉間にしわを寄せた。
「あれは高すぎる、どうせ外れるんだし買わなくても……」
「どうでしょうかね、案外当たるかもしれませんよ?」
 現在のクリスマスの精霊は、笑みを崩さないまま言う。
「もし、私たちの話を聞いて、ちょっとでも何か変えてみようと思ったなら……手始めに、普段やらないようなことをやってみるのもいいんじゃないでしょうか」
「そうじゃな。お前の言う所の商業主義でマンネリ化した『特別な日』じゃが……ちょっとしたアホな散財をする言い訳にはなってくれる」
「案外そういうところから、人生変わっていくかもしれないよね」
 スグルは少し考えて、
「……まあ、そうだな」
 と、本当に気まぐれに、くじを引きに行った。もしかしたら、それで何か起こったら、何かが救われるかもしれないと、ほんの少しだけ、そう思ったのだ。

 結果は、3等のドリンク件が4枚。4口買ったどれもが微妙で、スグルは苦笑いした。4つ分のケーキとシャンパンを持って席に戻ると、そこには精霊たちはおらず、店員が空のジョッキを回収しているところだった。

「……どうすんだよこれ」

 思えば、あの変な精霊たちは、スグルがサウナの熱と酔いにあてられて見た夢だったのかもしれない。どうせ幻覚を見るならもっとかわいい女の子がよかった、とも一瞬思ったが、かわいい女の子の幻覚に説教をされるクリスマスなんて最悪にも程があるので、ジジイと青年と子供でよかったのかもしれない。
 今年はどうしようもなかった。来年はちょっとだけ頑張って、何か変えてみよう。スグルはそう思い、ケーキを4つ、一気にほおばった。しょうもない味だったが、案外悪くはなかった。

 その後、サウナ室にて。
「ロウリュいいですか?」
「だめじゃ、さっきやったばっかじゃろ!」
「えー、でも人多くてぬるくなっちゃったよ」
「うるさいな…黙って入れよ」
 精霊たちは普通にサウナにいたのだが、それはまた別の話。

終わり


サウナに行きたいです!