文体の舵をとれ 5

アーシュラ・K・ル=グウィン. 文体の舵をとれ (p.73). 株式会社フィルムアート社. Kindle 版.より引用

《追加レギュレーション》
明確な指定はないが、『動詞・名詞・代名詞・助詞だけ』と記載されているので、以下の使用を禁止した。
・音だけのセリフ(「がはっ!」「うおお」など)

以下の使用は若干のルールへの抵触が懸念されるがヨシとした。
・形容的意味を含む名詞(『激辛ラーメン』『超振動ブレード』など)
 本文中には「激しく吠える→咆哮する」と形容詞などを動詞に含めて置き換えるメソッドが紹介されていたので、名詞に含めるのもヨシとした。
・形容的な動詞の用法(『喉が悲鳴を上げる』『膝が笑う』)
 簡潔さを求めるのが題意であり、比喩的な表現じたいを禁止しているわけではないと判断した。
・●●の××、という表記
 性質的には形容の要素を含んでいなくもないが、ひとつの名詞でもあるためヨシとした。

 麺をすする。俺は咳き込む。辛さが粘膜に突き刺さる。ちぢれ麺、それに絡むスープ。カプサイシンが、鼻と喉を焼く。

『激辛マシマシラーメン超特盛』。俺はこれを、完食しなければならない。

 箸で麺をつかみ、すする。その動作が、皮膚に、口内に、辛味成分を塗り込む。唇が腫れ上がり、喉は悲鳴をあげる。軟口蓋、喉奥、食道、胃。辛さと熱と痛みが、臓器の存在を意識させる。涙が出るが、耐える。水は飲まない。息を吐く。
 箸が野菜に伸びる。俺は麺に先に取り組むために、野菜をスープに沈め、麺をスープから出した。『天地返し』だ。野菜は後回しにする。その算段だった。だが、俺の無意識が、麺をすするのを中断したがった。
 もやしを食らう。もやしの水分を味わう。野菜の甘味が、スープの辛味と対比され、強調される。キャベツもだ。胃の中の麺は辛味の主張を続ける。汗は止まず、ぬぐうのも諦めた。歯ごたえ。野菜の繊維の感触。箸を進める。噛む。汗が吹き出す。何かを噛んだ。辛味スープが溢れる。気管に唐辛子の破片が入る。むせる。水で流し込む。
 チャーシュー。肉が汁を吸っている。その破片だった。これがあと、3枚ある。スープに沈み、カプサイシンをたくわえている。俺は意を決して、箸でもやしとチャーシューをつかみ、大口を開ける。頬張る。野菜の水分でチャーシューの辛味を相殺。もやしに感謝する。キャベツに感謝する。噛み砕き、飲み込む。息を吐いた。吐いた息で唇が痛い。

「スープは完飲してください」

 店主が言う。俺はうなずく。ラーメンを見る。その湯気すら、目を辛味で苛む。この丼の底を見るまで、俺は箸を止めない。


レビュー

今回の課題は、「形容詞と副詞を使わない」でした。だーっと書いてると思わず形容詞を使いたくなることも(たっぷりのスープ、とか)あったけど、回避する方法もそれなりに存在したので、そこまで問題なかった。ただ、「辛味成分」とか「甘味」とか、名詞に言い換えたものが多かったのはちょっとズルかったかもしれない。
以前の「AがBする」しか書いちゃいけない課題と比べると、単語。単語。単語。で続けたり、体言止めを使えるのでぜんぜん描写しやすかった。形容詞を使わなくても、文章の情報量を増やすことはそこまで難しくない。
ただ、形容詞でしか表現できないものもある。例えばオノマトペとか。「すする」には「ズルズル」が含まれるが、「ずるずると啜る」でしか表現できないものもあるし、「ぞばっと啜る」とかで臨場感をもたせることも形容詞にしかできない。
使いすぎに注意ということだったけど、使えないと使えないでつまずく場面もある。書いたアトに推敲するときに、文章の雰囲気にあわせて形容詞を使うべきか圧縮すべきか、キメていくのがいいかもしれない。

形容詞は、ものがどうであるか、そのままだと分からない時、あるいは解像度が足りないであろう時に使うのがよさそうだな。
わかったり伝わったりするなら、別段形容詞や比喩表現はいらないかも

ああ、つまりこれ「理解の性質の補強」なんだ
「母親は彼女を強く叱りつけた」と「ママはときどき魔女になったみたいにミリーを叱る」みたいに、視点人物の物事への理解の性質を演出できる
逆に通常の理解でいい場合は、わざわざ形容詞を書き連ねる必要はない

サウナに行きたいです!