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注:この文書は5日間に渡って一人の人間が暇な時間に書いた文章を連ねた日記的作品です、

やっぱり下北沢は苦手だな、てかライブハウスも苦手だしスタジオも苦手。それは数多のバンドが消えていった印を目に余るほど見せられるから。
目の前にいる人が一体いつまでこの道にいられる
のだろうか。まるでクラブチームのセレクションを受けているみたいだ。



世の中をもっと単純に、俺自身も単純に、生きれたらと思うけどそういう訳にもいかなくて困っているところであってただ音楽をやっているだけで幸せな人間の方がずっと楽しいだろうなと思う。
俺はやっぱりギタリストよりもマネージャーの頭が強いから、リアルタイムに演奏しながら自己評価が出てくる。そんなことをガンジーに相談したら思ったより違う角度から答えが出てきた。人生経験が足りないかららしい。なるほどなー、俺は絶対技術とかに答えを出してたし、そう思いたい気持ちもあったのだ。だから逆に俺は今のままでいいと言われたような気がした。優しいね。

上手いってある意味保険になるんだと思う。
一般的に上手い方がいいに越したことはないし、音楽的にも幅が出て色んな曲が出来ると思う。でもそれがいいギターでいいバンドでいいギタリストなのかってなった時にイコールにはならないだろうね。じゃあいいギタリストって何?ずっと考えてる。


俺は元々すげー在り来りな人間だったからこそ今もそこに対する怖さがずっとあって、でも在り来りって実は環境による部分がすごくあるから、中学高校の在り来りと、大学の在り来りと、下北沢の在り来りと、ライブハウスの在り来りと。
なんか変なことやっててでもかっこいい人にすぐ憧れちゃうタイプだったし、今も多分そうなる時はなるんだと思う。でも自然と、昔の人には憧れずらい。それはきっと、再現性がないと思ってるからと、自分の感覚が今の人間としてチューニングされすぎていてその時代に生きていたら好きなんだろうなー、と思いながら好きだと言っているものは実はかなりあったりするのだ。
ステージに立ってしまうと、在り来りとして見られる幅がすごく広がるから、誰もやってないこと、誰でもないことを!と強く思うと八方塞がりになってくる。苦しい悩みだ。

人生経験のなさは思えばすごくクリティカルな分析だ。育ちを言えば出来るだけ無菌室のような育ち方をしてきたような気がするし学校でもできるだけ波風立たないようにの一心でやってきた記憶が強い。高三の時に色々刺激を受けてやってたけど、それまでは誰とでも仲良くやろうとしてたしその分特に自己主張のない人生を暮らしてきた。そんなやつに心から鳴るブルースなぞ存在するのだろうか。悩ましいのだ。いつしか母はこういう育ちの人間にしか出せないものもあると言っていたが、やはり幼い頃から育った環境の質、と言えば聞こえはいいけど均質的な世界に浸っている人間の見い出せる世界には限りがあると思う。ちょっとサブカル気取っただけでクラスのはぐれ者になれてしまうのだからそれが特にすごくもなんともないことに気がついてからというものの衝撃は凄まじい。だからある意味僕は相対的な価値観に実存を置いてきてしまった所はあるのだと思う。できっとこれからもそれだと、まあそれらしくはなるのだろうけど僕の目指す人間になれるのかと考えたら実は最も反対の方向性に進んでいるんだという自覚が芽生えてきた。となると、僕は何かを真似したり避けたりするのを早急に中止する必要があるのだ。となると、じゃあ一体自分はなんなんだ、と悩む。ひたすら悩む。


原宿の服屋に行ったことを思い出した。なかなか癖の強いおばちゃんで、初期のV系のバンドたちを総じて扱っていた人みたく、そしてその人の感覚はきっと間違ってはいないのだ。その人にあれやこれやを着せられたのだが、お前は何が着たいんだ、と聞かれた時に何も答えられなかった。僕にとって服はコスプレみたいなもので、系統やジャンルを身に纏う、という感覚で僕自身のものでは無いのだ。あとはひたすら楽。それだけ。この感覚は実はギターにもあって、色んな系統に手を出してきたから「それっぽい」演奏は実は色んなジャンルでやれるし、宴会芸なら満点なんじゃない?って感じではある。今の所は、自爆でのギターという役回りを着ている感覚にやはり近くて自爆のギターはここ弾かないだろうな、ここ弾くよな、ってのをずっと考えてる。だから僕自身の表現としてのギターとなった時に全く正解が分からない。1度だけ僕の全てが出た、と思ったことがあった。その時は新宿marbleでの機材大破壊ライブ。あれほど心から全てを出したことは無かった。つまり僕にはどうやらギター1本じゃ収まらない表現欲が溢れているようで、いやそれはきっとまだまだギターが下手で弾きたいフレーズを瞬時に弾けてないからってのも大いにあると思うけど、たとえそれが可能になっても収まらないんだとは思う。

うちのバンドはフロントマンが3人いる。という認識が恐らく最も正しい。普通のバンドならボーカル1人、もしくはギタリストとボーカルの2人、みたいな形が有りうるのだろうが我々は竿持ちの3人が全員前に出るのだ。毎回、ガンジーボーカルの曲があってオマケというよりもはや本編みたいな暴れ方するし、俺はボーカルとか関係なくギターずっと弾いてて前に出まくる、そういうバランスでめちゃくちゃやる、それが自爆なのだ。仙台でのライブではオダブツもドラムを放棄して前に出て来、メインボーカルで国歌を歌うという鬼畜ぶり。これが自爆なのだ。俺はその中で1番メインだと思ってるしそれはみんなもそう。だから面白いものができる。ビートルズもクイーンもやってきたことを俺たちはやってる。確実に。やれるぜ、やばいぜ、これは


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