秘密屋
カラフルな看板や人の流れから外れた少し暗い路地。白い布をかけたテーブルに『秘密』と書かれた小さな行燈が1つ置かれている。
「あのぅ…」消えてしまいそうな小さな声がして座っていた男は顔を上げた。違う。こっちじゃない。いつもの『秘密屋』さんでは無かった。最近よく見かける若い男が金髪になっていた。以前より外人っぽく見える。「細くて背の高い男」には違いないが、『秘密屋』のイメージには明るすぎる気がして、女は次の言葉に詰まった。
「あ、いらっしゃいませ!」笑顔で元気よく挨拶されて、女はここに来たことを後悔した。こんな爽やかな雰囲気で秘密を話す気になれない。秘密が守られる気もしなかった。「ごめんなさい、やっぱり結構です。」男は慌てて止めた。「ちょっと、ちょっと待って下さい。すぐに秘密屋さん来ますから。僕は留守番なんです。」女は一瞬迷ったが「また来ます。」と一言残し歩き去った。
「留守番も出来ないとは。」数分後、戻ってきた『秘密屋』に嫌味たっぷりに言われる。2ヶ月前に『墓場まで持っていく秘密』について知ってしまってから、やはり一生黙っているなんて無理だと悟り、『秘密屋』に雇ってもらう事にした。既に知っている人と話せばそれは『秘密』じゃないからだ。
『秘密屋』は細く背が高く、いつも黒い服を着ていた。暗い路地に店を出し、墓地で秘密を集める。なんだかずっと暗くて陰気になりそうだったので、僕は金髪にして明るい色の服を着るようにした。「だいたい、秘密を売り買いしたいって人は明るい場所では気がひけるんです。アサヒ君も黒っぽい服装をしてくれたら安心されるのに。」たぶん、『秘密屋』(本名かどうか疑問だが星と名乗っていた)は怒っている。時々何か言いたげに店の前を通り過ぎる、黒髪の美人を引き止められなかったからだ。
「あんな美人が他人の秘密なんて買いますかねぇ?」と言うと星はフフンと鼻で笑った。「彼女はきっと大きな秘密を抱えきれなくなってまた来ます。秘密は女性を綺麗にする、と言いますが大きすぎる秘密はよくない。」星が女性にモテる様子は無かったが、大きすぎる秘密に興味が湧いた。「秘密屋って墓場の秘密を売ってるんじゃ無かったの?」星はおや、という顔をした。「時々、墓場まで黙っていられなくて売りに来る人もいるんですよ。本当に一生誰にも言わないなんて、物凄く大変な事ですからね。アサヒ君もそうでしょう。」ー確かに。すごい秘密であればあるほど喋りたくなるだろう。
「美女の秘密って、何でしょうね。」また来るかな、と思いながら呟いた。「おそらく、聞かない方が良かったと思うような重い秘密です。」涼しい顔で星が言った。
え!?サポートですか?いただけたなら家を建てたいです。