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ドーナツ 七個

「怖い事件ですよねぇ。」
後輩が携帯を見ながら呟いた。
「これ、見ました?腹掻っ捌かれた老人の遺体発見ってやつ。同居してた娘も二階で死んでたって、通報した長女がやったんですかね。」
「掻っ捌かれたって。食いながらよく言うなぁ。遠くの事件ならまだしも、同じ市内だぞ。」
「佐藤さんの担当地区ですよね。高齢者だし佐藤さん面識あってショックで今日休んだのかなぁ。」
「どうかな。」
佐藤静香はガサツな女だ。いつも文句ばかり言っているし仕事ぶりも適当で高木祐二はあまり好きでは無かった。担当地区で事件があったからといって休むとしたら面倒な仕事が増えるかもと危惧したからだろう。
「お前、さっきから何食ったんの?」
後輩は食べかけの黒い塊を見せた。
「昨日、佐藤さんが配ってたドーナツです。高木先輩の机にも置いてあるでしょ。手作りっぽいけど美味いっすよ。」
「あの佐藤静香が手作り?」
ガサツな女は料理なんか出来ないだろうと思っていた。
「高木先輩、休暇取ってたから知らないでしょうけど、佐藤さん最近変わったんですよ。デスク周りとか片付けるし、挨拶も笑顔だし、彼氏でも出来たんじゃないすか。あ、今日はデートで休みかな。」
あの佐藤静香が笑顔!挨拶しても仏頂面しか見たこと無いのに。
驚きながら机の上の小さな紙袋を開けた。ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。この匂いは美味そうだが、真っ黒でゴツゴツした見た目は確かに料理下手な手作り感がある。
高木が袋をまた閉じたのを見て後輩は驚いた。
「食べないんですか?マジで美味しいっすよ。」
「うん、すごく美味しそうな匂いだから持って帰ろうと思ってさ。」
後輩は頷きながらもう一つドーナツを齧った。
「奥さんが里帰りする前にゆっくり過ごすんだって休暇取ってましたよね。わざわざドーナツ持って会いに行くんですか。さすが愛妻家っすね。」
「からかうなよ。」
高木はドーナツの入った袋を鞄へ入れた。


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