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ドーナツ 九個

彩はガラスに映る自分の前髪を真っ直ぐおろしたり少し分け目を入れたりしながら待っていた。ふとガラスの向こうでコーヒーを飲む人と目があって慌てて背を向ける。
安藤が初デートはスカートだとあまりにすすめるから一応履いてきた長いデニムのスカートを見下ろす。
変じゃないかな。やっぱりミルクにヒラヒラしたミニスカート貸してもらった方が良かったかな。靴もスニーカーよりサンダルが良かったかな。
通りの向こう側で宗教か政治かよく分からない幟を立てた団体が幸せについて演説しているのを眺めながら深呼吸する。
「今度、二人でデートしようか。」
海で剛くんが耳元で囁いた時、鼻血が出ちゃうかと思うくらい顔が熱くなった。今も思い出すだけで耳がかぁっと熱くなるのが恥ずかしくて下を見る。
ゆっくり深呼吸。もう赤く無いかな。パタパタと手で仰ぎながら顔を上げると、目の前に剛くんが立っていた。
白い半袖シャツに黒いパンツ。手には…ドーナツ?
「彩ちゃん、早いね。待った?」
「いえ、全然。あの…どうしてドーナツ?」
幟の方を指差す。
「あそこで配ってたよ。彩ちゃんも食べる?」
ううん、と彩は首を振った。
ダイエット中だし、よく分からない団体が配っている物を平気で食べている剛くんが理解出来なかった。
よく見ると歩いている人達もドーナツを食べている。黒くてゴツゴツしたドーナツ。
そういえばママも最近あのドーナツばかり作って食べている。パパが夕食にドーナツなんて、と怒ってもママは笑っていた。怒りながら一口食べたパパも、あれから毎日笑顔でドーナツを食べている。
なんか…何だか変な感じがする。
剛くんもずっと笑っている。
ママもパパも街の人もみんな笑っている。
だけど。剛くんの笑顔は最初に見た時と違っている気がする。薄くて笑顔の仮面みたいだ。
彩は急に剛を気持ち悪く感じた。


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