オトナの関係
「こんにちは」
スーパーからの帰り道、笑顔で挨拶された。自転車のカゴにエコバッグを乗せているので、彼女もまた買い物帰りなのだろう。
「こんにちは。」
もちろん私も笑顔で挨拶を返す。彼女は歩いている私に合わせて自転車を降りて押しはじめた。
「今日はよく晴れて暖かいね。」「本当、久しぶりに洗濯物も安心して外に干せるよね。」
「私、今日3回も洗濯しちゃった。」「偉い。」
「毎日これくらいの気温だといいのにね。」「本当!」
当たり障りのない主婦らしい会話が続く。この内容ならなんとなく合わせながら続けられるけれど、これでは彼女が誰なのかにたどり着けない。見覚えはあるから知り合いなのは分かっている。けど…誰だったっけ?
「今年は運動会も社会科見学も無くなっちゃったね。」「うん、なんだか可哀想だよね。」
運動会と社会科見学。小学校の行事だから、長男の同級生ママかな…。名前が思い出せないから女の子のママかも知れない。
「けど、卒園遠足はあるんだって。」「聞いたー。無事に行けるといいんだけどね。」
卒園遠足は幼稚園だ。…次男の同級生ママかも。
「ピアノの発表会も急に延期になったじゃない?ドレスとか準備してた?」「呑気だからまだ何もしてなかったよ。」「うち、ワンピースとか準備してたんだけど自粛中に大きくなっちゃってもうパツパツ!私も子供も!」「わかるかもー」
長女のピアノ教室ママの可能性も出てきた。困った…失礼なく誰なのか聞く方法は無いだろうか。模索しながらもそれとなく会話を続けながら歩いていると、彼女は急に立ち止まった。
「うち、実はここなの。」
やった!表札見たら誰なのかわかる!
「そうなんだ、結構近くに住んでたんだね。」などと言いながらさりげなく彼女の家の表札を確認する。最近の家には表札が無い事が多いが、きちんと貼ってあった。
『渡部』
あぁ、『わたなべ』さんなの?『わたべ』さんなの?
「じゃあ、またね。」「うん、またね。」
仕方なく、あえて名前は呼ばずに笑顔で手を振って別れた。
『わたなべ』だろうと『わたべ』だろうとどの学年にもいる。その後も時々バッタリと会い、感じの良い彼女と会話も弾むけれど、ますます今更誰なのか聞けずにいる。もしかすると、近所だから顔を知っていただけで、お互い接点はなかったのかも知れない。
え!?サポートですか?いただけたなら家を建てたいです。