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浪花心霊オプ・文楽太夫変死事件(第3話)
3.
インペリアルスイートで恐怖の一夜を過ごした沼澤は、ひとりで事務所兼自宅に即帰宅する気には到底なれなかった。
動物園前駅で降りると行きつけの喫茶店キャメルに向かい「いつものやつ」とモーニングセットを注文して、店の一番奥まった場所にある定席に収まった。
沼澤がテーブルに置かれた塩をやおら手に取り頭から振りかけていると、マスターが塩まみれの常連客に困惑顔で声を掛けた。
「何してるん?」
「朝から茹で上がってるんや。」
カウンター越しにマスターの母親であるママが話の輪の中にはいってきた。
「茹で上がってるゆう割には顔色悪いわ。どうしたん?」
「どえらい目におうてきた。塩で体をお清めせんことには死んでまう。」
思い出すのも寒気がする思いだったが、沼澤は昨夜の恐怖体験を語って聞かせた。
聞くだけ聞いてからマスターがぼやいた。
「朝から気い悪いわ・・・俺も塩撒こうかな。」
「悪かったな。こっちも仕事でなかったらわざわざ出るゆうところへ泊ったりなんかせんかったわ。」
マスターの態度にいささかカチンときた沼澤だったが、いつもながらに絶妙の茹で加減で提供された半熟卵を口に入れると溜飲が下がった。
サイフォンで丁寧に淹れたコーヒーとトースト、半熟卵にデザートのバナナ半分付いたモーニングセットは、梅田やなんばではワンコインでは食べられない。それ以上にこの喫茶店のどこか郷愁を感じさせる居心地の良さが沼澤は好きだった。
昔ながらのたばこの煙とコーヒーの香りに包まれながら常連客の馬鹿話に耳を傾けているうちに、沼澤はようやっと日常空間に戻ってこれたということを実感した。
「でもホテルってどこもいわくのある部屋ひとつふたつ、あるんちゃいますか?」
手前のテーブルで競馬新聞をチェックしていた親爺が、沼澤に話しかけてきた。
「わし、ホテルニューオアシスで金縛りにおうてますねん。」
マスターがそこそこ強い語調で「その話やめ。」と強制終了すると、沼澤も500円玉をテーブルに置いて足早に店を出た。
9時を少し過ぎたばかりだったが、外は既に強烈な日差しが降り注ぎ、蒸し暑かった。
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