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服装は語る

先日、小学校の卒業式に出席した。一丁前にスーツを着、緊張した面持ちで体育館に入場してくる子どもたちを拍手で迎えながら、もう胸に込み上げてくるものがある。
「みんな、大きくなったなあ」
そのとき、ある男の子に目が留まった。ジーンズにトレーナーという服装だったからだ。

そういえばと思い出した。三月の初めに卒業写真の前撮りがあり、その日は卒業式で着る服を持参するよう言われていた。
「ほんとにこんなお父さんみたいな服を着るの?」
と気後れしていた息子は学校から帰るなり、「みんな、いつもとぜんぜん違う服だった!」と安心したように言った。
が、ひとりだけジャージ姿のクラスメイトがいたという。私はそれを聞いて、「あちゃー。その子のお母さん、前撮りのこと忘れてたんだなあ」と思っていた。
でも、“うっかり”じゃなかったんだ。
後方の席に目をやると、揃ってパーカーを着た夫婦がひと組座っていた。

短いエンピツ線

どんな服装で卒業式に出席するかには、その家庭がそれをどの程度重要なイベントと捉えているかが表れる。
大切な節目、晴れの門出を祝う装いを子どもにさせてやりたい、と誰もが思うとはかぎらない。「一度しか着ない服のために何千円もかけるのはもったいない」という気持ちが勝てば、あるものを着て行かせようとなるだろう。
そういう考えの人でも、結婚式やお葬式に平服で出席することはたぶんない。祝福やお悔やみの気持ちを伝えるのに、その格好では失礼にあたると思うからだ。
卒業式もお世話になった先生、PTAや地域の人たちに感謝を伝える場であるが、それに重きを置かない親は子どもや自分が普段着で出席することに抵抗を感じないのかもしれない。

しかしながら、卒業式にジーンズやパーカーはふさわしくないと考える人は少なくない。
式の後、運動場でクラス写真を撮っているとき、「よりによってなんで隣なの」という声が聞こえてきた。近くにいた女性の子どもの隣にジーンズの男の子が並んだらしい。
「卒業式の写真はアルバムに一生残るものなんだから、一緒に写る人のことも考えてほしい」
「なんのポリシーがあって普段着を着させてるのか知らないけど、場にそぐわない服装はほかの出席者に対して失礼だと思う」
と何人かのママ友と憤慨していた。
人の格好なんてどうでもいいじゃないかと言う人もいるだろう。でも、こうしてお祝い事に水を差されたように感じる人もいる。
自分の思いや都合だけでなく周囲にも配慮して着るものを選ぶというのは、人と関わりながら生活する上で必要なことだ。

そして、服装にTPOがあることを子どもに教え、公共心や社会性を育てるのは親の役目である。

小学校四年生と六年生の子どもが制服で寝るようになりました。旦那がやめさせるよう言ってきたのですが、私はむしろ朝が楽になる効率的でいい行動だなと思っていたので、別にいいじゃんと言ったらケンカになりました。
私も起きてそのまま行けるように仕事着のジャージで寝ています。
旦那がやたらオンオフのことを言っていましたが、そんなの関係あるのかな。何がだめなんでしょうか。
(ママスタ 「制服で寝る子供」 を要約)

「寝ている間に制服がシワになる」「寝汗が制服に染みこんで臭いそう」というコメントがたくさんあったが、問題はそんなことじゃない。
「別にいいじゃん」がこの人を雄弁に語っている。

近年、「服育」が学校現場に広がっているという。息子が持って帰ってきた保健だよりにも、「最近、穴あきジーンズを履いている子どもを見かけますが、遊具などに引っかかって危険ですので避けましょう」という注意書きにつづいて、
「場所や活動内容によって衣服を変えること、気候・天候によって衣服を調節することが、事故を防いだり体調を管理したりすることにつながります。衣服が果たしている役割をみんなで考え、場面に応じた服装を選択できる力を養っていきます」
とあった。
とてもいい取り組みだと思う。でも、それが必要なのは子どもたちだけではないかもしれない。

卒業式でただひとり、平服だった男の子。
ネクタイを締め、コサージュをつけた保護者が居並ぶ中、自分の両親だけがいつもの格好。ステージからそれをどういう気持ちで見つめていたのだろう。
TPOというものがあることを彼は誰かから教わらなくてはならない。でも、この式の間はこの子が肩身の狭い思いをしないでいられますように……と思わずにいられなかった。


【あとがき】
Tシャツ姿で米連邦議会でリモート演説したゼレンスキー大統領を「ウクライナ大統領はスーツを持っていないのか」と批判したアメリカの経済評論家がいましたが、まさにこれが“服装のTPO”というもの。
パリッとしたスーツ姿の自分を見たら、戦場の兵士や砲撃に怯える日々を送っている国民はどう感じるか。大統領は服装が持つメッセージ性をわかっているから、あの格好なのだろうと思います。