見出し画像

【短編小説】 くまの世界

 先週の日曜日、友人に誘われて、女三人でコストコに行った。
「カートも大きいな。カート1つで良くない?」
 バカでかい倉庫に、バカでかい食材やら、バカでかい日用品やらが、たくさん積まれている店内を、各自が巨大なカートを押して歩くと、互いの距離が遠くなって、会話すらままならない有様だ。
「前回の反省よ」
「カート1つでいいと思ったけど、結局後から分けたのよね」
「そうそう。里奈ちゃん前回いなかったから」
「えー?今冷蔵庫いっぱいだから、そんなに買わないつもりだし」
 そう宣言したのに、誰よりも大きい買い物をしてしまった。
 パンやら肉やらを分けて、各自の車に積み込むと、1番大きい荷物を引き取った。
 後部座席から助手席へ。
 私と同じ身長のくまのぬいぐるみ。
 千絵ちゃんと芽衣ちゃんは私の車を指差してくすくす笑っている。
「もう恋人じゃん」
「かなり毛むくじゃらの恋人ね」
「さあ、帰ってからがひと仕事ね」
 肉や魚を小分けに冷凍するのは、確かに一手間かかる。
「またねー」
 2人とにこやかに別れて、車を発進した。
 お気に入りのプレイリストをかけて、買った塊肉をどうやって調理するか考えていたら、横から突如声がした。
「そこ左曲がって」
「え?」
 言われるままにハンドルを切ると、原宿で売っている七色の綿飴で出来たようなパステルな世界が広がっている。
「ええ?」
「次の角を右に」
 喋っているのは、コストコで買ったくまのぬいぐるみだ。
 声は何故か、低い男声のイケボ。
 車を停めて、仔細を確認したいけれど、車の中までふわふわになっていて、運転している感覚も曖昧だ。
「そこの水色の屋根の家の前に停めて」
 エスコートされるままに、家の中に入ると、そこもやはりパステルカラーのふわふわな世界だった。
 ベンチソファに並んで腰掛ける。
「寒くない?」
 ソファとテーブルと床が全部同じような手触りで、困惑していると、
「これを着ているといいよ」
 と、もこもこのパーカーを渡された。
 フードには、くまのような耳が付いている。
 暑さも寒さも感じていなかったが、勧められるがままに袖を通す。
 コストコベアの有無を言わせない目力に囚われてしまったかのようだ。
「お腹空いていないかい?ハンバーグをお上がりよ」
 いつの間にかテーブルの上には、クッション程の大きさの、パンケーキのようにふわふわでもちもちとしたハンバーグが用意されていた。
「これを全部食べたら、この世界の住人になれるよ。僕とここで暮らそう」
「この世界の住人になる」
 無意識に復唱して、元の世界にはどうやったら戻れるのだろうかと考えた。
 その時、壁の鳩時計ならぬ熊時計が鳴った。時間は夕方の6時。
「いけない!リッキーの散歩に行かなくちゃ」
「リッキーって?」
「リッキーはうちにいるゴールデンレトリバーよ。薄茶色でモコモコでお利口なの。とても可愛いのよ」
「帰りたいのかい?」
 コストコベアは寂しそうな表情に見える。
「貴方は、貴方を連れ帰ったのが私じゃなくても同じ事を言うの?」
「それは違うよ。君が助手席の僕に言ったから。一緒に帰りましょうって」
 私はコストコベアに抱きついて身体を埋めた。
「帰るのは、私の家よ。父と母と弟がいるわ。リッキーとも仲良くなって」
 コストコベアは、
「だけど、明日仕事行くのしんどいなぁって溜息付いていたじゃないか」
「それはそうだけど、でもリッキーの散歩には行かなくちゃ」
 仕方ないなって顔をしたコストコベアに頭を撫でられた。
「じゃあ眼を閉じて、僕にしがみついて10数えて」
 言われた通りにして、眼を開けると、自宅の駐車場にいた。
 助手席のコストコベアに抱きついて。
 夢か。いつの間に眠ってしまったのだろう。そう思った時、袖のモコモコに目がいった。
 耳つきのモコモコパーカーを着ている。
 コストコベアを食い入るように眺めたが、前を向いたきり、表情は変わらなかった。
 コストコベアを片手で抱き抱えて、なんとか玄関を開けると、リッキーが尻尾を千切れんばかりに振ってリビングのドアの向こうで右往左往しているのが見える。
 ソファにもたれかけるようにしてコストコベアを座らせた。
 リッキーはコストコベアの匂いを執拗に嗅ぎ回っている。
 いつも散歩に出る時間は過ぎてしまっているが、買ってきた肉やら魚を手際よく小分けにラップして冷凍していく。やっと最後のプルコギビーフを片付けて、ふとリッキーを見ると、コストコベアの脚にもたれ掛かって眠っている。
 そのリッキーの口元が、モゴモゴと何かを咀嚼するように動く。
 私は大慌てで駆け寄った。
「リッキー、全部食べちゃダメ!」
 コストコで買ってきたばかりの、おやつボーンを開封して鼻先に差し出すと、リッキーはおやつボーンの匂いに反応して夢から覚めた。
 危うくパステルの世界に閉じ込められてしまうのではと心配になったのだ。
「さあ、散歩に行こう」
 散歩という単語で素早く察知して、起き上がってスタスタとリビングのドアの前へ行き、私がドアを開けるのを待っている。
 玄関に吊り下げてある、散歩用のポシェットを斜めがけにして、リードを首輪に括り付けようとして気がついた。
 私のモコモコパーカーとお揃いのリボンがついていることに。
「リッキー、ハンバーグ美味しかった?」
 ひと口くらい、味見したら良かった。
 陽の沈んだ西の空に一際輝く宵の明星を眺めて、僅かな後悔を胸に、パーカーのフードを目深に被った。

 こちらの記事よりお題を頂いて書き進めたものの、全然字数収まらず😅
 しかも期限過ぎてしまったし。
 大目に見て頂ければ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?