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【短編小説】 鋭利なチクワ

 チクワをどれくらい薄く切れるかの勝負に勝ったのは八木だった。
 薄くなければならないのは、それを樹脂で固めてアクセサリーにするためで、洋子は、自分で挑戦するも納得がいかず、料理教室の仲間に、チクワの薄切り競争をけしかけたのだった。
 洋子と同じクラスの老若男女7人が競った結果、最後は八木と中根の一騎打ちとなった。
 八木と中根は、包丁の研ぎ方、チクワへの力の入れ方、包丁を動かす速さなどを研究し、とうとう一ミリの値を切るまでになった。
 そして、決戦の勝負で八木はある奥の手を使った。
 チクワを凍らせたのだ。
 鰹節削りで削り出された、ペラペラなチクワの輪っかを前に、中根は崩れ落ちた。
 勝利の雄叫びをあげた八木に、中根は、
「そんなの卑怯だ!」
と詰ったが、目的が達せられて満足している洋子がジャッジを覆すことはなかった。
「じゃあ、約束通り」
 洋子は、そう言ってスマホを取り出すと、何やら操作をして、
「はい、送ったわよ」
 と、あっけらかんと報酬を受け渡した。
 八木は慌ててスマホを確認すると、角さんが印籠を取り出したかのように、高笑いで皆に見せびらかす。
「ははは、どうだ、参ったか」
 それはオンラインゲーム内で、物凄く有利にゲームを進められるアイテムで、料理教室の仲間内で流行っているものだった。
「卑怯よ」
「いいなぁ」
「ちょ、よく見せて」
 そうこうするうちに、オーブンからいい匂いが漂って来た。
「そろそろだね」
 中根が、メソメソしながらも、ホワイトソースから作ったグラタンを、銘々皿に取り分ける。
 しかし、八木の天下は長く続かなかった。
 3日後に、ゲームのステータスに改定が入って、八木の入手したアイテムの価値が暴落したのだった。
「よぉ、光秀」
 中根がそう言って揶揄うと、園子が横から口を出した。
「ねぇ、知ってる?あの鋭利なチクワ、ピアスになって、一対五千円で売れたらしいわよ?原価百円のチクワが、五万円ですって!」
 洋子は、エプロンのポケットからスマホを取り出すと、
「次はピーマンがいいかな、それともゴーヤもいいかも。これと引き換えにどうかしら?」
 そう言ってゲームに導入されたばかりの武器の画像を見せる。
「もう手に入れたの?」
「ちくわの利益、全部突っ込んじゃった」
 洋子の強かさを他所に、八木と中根は今日のメニューの主役のゴーヤを食い入るように眺めている。
「ねえ、ゴーヤチャンプルに使うのだから、あまり薄く切りすぎないでね?」
 園子が指摘すると、八木と中根は、同様にハッとした表情になって、考えていたことがダダ漏れているのを、照れくさそうに頭を掻いた。
「これで10万円くらいになるかしら」
 意地悪くゴーヤを転がす園子に、
「切った後の加工だって結構技術が必要なのよ」
 と洋子は口を尖らせる。
「販売サイトの運営費、増額して貰おうかな」
「ああ、それを言われると痛いなぁ」
 洋子は園子に、ごにょごにょと耳打ちして、何かのアイテムで手を打ったらしい。
「なんだ、そこ、狡いぞ」
 八木と中根が珍しく意気投合して、口を揃えて文句を言った。
 舌を出して笑う洋子の耳には、鋭利な薄さのちくわが揺れていた。

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