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織田作之助に訊く #わたしの読むスタンス

いま読んでいる川上弘美のエッセイ本に、こんな一節があった。

短編の出だしの書き方の、いちばん好きな作家は、織田作之助である。

(「蠅や蚊や」より/『ゆっくりさよならをとなえる』)

織田作之助。名前はよく知っている。じっくり読んだことはない。自分の贔屓にしている作家が「いちばん好き」と言うぐらいだ。私も織田作之助の書き出しが好きに違いない。古い時代の人だからと青空文庫へ出かけてみた。もっとも有名な「夫婦善哉」が目あてだったが、ずらりと並ぶ作品の中に、これは、というタイトルを見つけた。「僕の読書法」というのである。

そういえば、あきらとさんが「#わたしの読むスタンス」というお題でnoteを募集していたっけ。「織田作之助賞」と、文学賞に名を冠するほどの作家が綴る読書法。興味がある。彼の「読むスタンス」を覗いてみよう。さっそく読んだ。

感想から先に言うと、作之助はかわいい。思慮の仕方が、とても素直だ。川上弘美が、どの作家よりもいちばん好きだと言う出だしはこうである。

僕は視力が健全である。

意表を突かれた。これから自分の読書法を綴ろうという、その書き出しに視力の良さをアピールしている。こういう姿勢は私も好きだ。作之助は、視力の良さを自慢に思っているらしく、「己惚れている」と自身で書いている。森鴎外や芥川龍之介などの頭脳優秀な作家は皆眼鏡をかけていないから、僕もその仲間だと思うとうれしい、というようなことを語ったあと、疾走する電車の中に知人を見つけるなど朝飯前だと息巻く。それからおもむろに、作之助は自信をなくす。

僕はべつに自分が頭脳優秀だとも才能豊富だとも思っていない。はかない眼鏡説でわずかに慰めているくらいだから、本当はそういう点になるとからきし自信がないのである。己惚れるなど飛んでもないことだ。ことに読書という点でははなはだ自信が無い。

そう自分をくさしたのち、先ほど肩を並べたはずの二人の大家に思いを馳せる。

鴎外や芥川龍之介などどのようにしてあれ程多読出来たのか、どのようにして読書の時間をつくったのか、そしてどのようにして読んだものを巧く身につけたのか、その秘法があれば教えて貰いたいと思うくらいである。所詮「わが読書法」という題はくすぐったいのである。

作之助の煩悶が、そのまま現代の私たちに通じることに驚いた。「noteで有名なあの人のような文章を書くにはどうすればいいか」と悩んでいるのと変わりない。自分の文章に自信が持てないのに、読書法など書くのは恥ずかしいと、作之助は自白する。くすぐったい思いで公開した彼の読書法は、箇条書きにするとこのようになる。

・昼も夜も寝そべって本を読む。

・勉強のためでなく、たのしみのために読む。

・味わうために繰り返し読む。

・どうしても読みたい本が手に入らない場合はあきらめる。

僕は繰りかえし読む百冊の本を持っていることで、満足しているのである。

この文章を持って、作之助の随筆は終わる。単純明快ですがすがしい。先の4つの項目を、彼は自慢げに言うのではない。あれこれと、よくわかるようなわからないような比喩を交えて述べている。そういった逡巡に、彼の素直な人柄が感じられる。比喩はとてもユーモラスなので、ぜひ全文を読んでほしい。

すっかり満足したあと、続いて読み始めた「夫婦善哉」はまだ途中だが、これもまた大変気に入った。自分が贔屓にしている作家が好きだと言う作家の作品は、一度読んでみるべきだと思った。好きと言える作家が一人増えて、私はうれしい。

顔文字(*´ω`*)の使い手、あきらとさんの企画に寄せて。


最後まで読んでくださってありがとうございます。あなたにいいことありますように。