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【小説】連綿と続け No.56

浴衣を着せられた侑芽は
照れながら航の前に立つ。

白地に小さな青い花の模様が描かれた浴衣であった。

浴衣に描かれている花は雪割草ゆきわりそう
雪深い土地に春の到来を告げる花である。
その姿は可憐でありながら、
厳しい環境にもちこたえられる生命力がある。

隆史)航くんも着るけ?

航)俺はええ。似合わんし……

凛子)似合うよ絶対!ほれ、簡単に着せられるさかい

航)ええて……

侑芽)航さんも着てください!

航)そやけど服脱ぐんが面倒やちゃ

隆史)脱がんでええ。俺も服の上から着とるんや

隆史と凛子は洋服と着物を融合させた
モダンなコーディネートをしている。

凛子は着物の下に
Tシャツとチュールスカートを履き、
頭にはハットをかぶっている。

隆史も同じく下はTシャツに細身のデニムを履き、
その上からモスグリーンの夏用着物を粋に着ている。

そんな2人に
あっという間に着付けられる航。

この日、航は白Tシャツに細身の黒パンツを履いていた。
その上から紺地の夏用着物に
ホワイトグレーの帯を締め、
爽やかさも取り入れられたコーディネートで
仕上がった。

侑芽)カッコいいです!

凛子)よっ!男前!

隆史)ええやん!2人をうちの広告塔にしよ!

さらに「2人で歩いてこい」と言われ
和装のまま会場を歩くと、
周囲から囃し立てられ拍手までされる。

侑芽)なんか結婚式みたいですね!

航)はぁ?そんながはまだ先やろ……

注目を浴びていると
地元のローカル番組『なんと素敵TV』がカメラを向けてきた。

航は緊張し強張った顔をするが、
侑芽は平然と取材に答えている。

レポーター)夏らしい涼しげな和装でとっても素敵です

侑芽)ありがとうございます。湯川呉服店さんで着付けていただきました

レポーター)彼氏さんの方は洋服の上からサラリと羽織られていますが、着心地はいかがですか?

突然マイクを向けられて、
無視出来ない状況に追い込まれた航。

航)まぁ……思うたより悪うないですちゃ

目を泳がせながら
ボソボソと答えている。

そんな様子を湯川夫妻や春子と武史、
山崎夫妻が遠目から眺めてクスクス笑っている。

取材が終わり
着物を返そうと店に戻ると

隆史)2人ともよう似合うてた!宣伝もしてもろたさかい、その着物はそのままプレゼントや!まぁ、中古やけどな!

航)なん!俺も気に入ってしもたさかい、侑芽のと一緒に買うてくわ

航は最初からそのつもりでいた。
だが凛子が機転を利かせる。

凛子)ほんなら侑芽ちゃんの分だけ貰おうけ

凛子はその方が航が彼氏として格好がつく
と思ったのだ。

航)けど、それでは悪いちゃ

凛子)ええて!これは侑芽ちゃんが一生懸命やってくれたお礼と餞別やちゃ!

隆史)そいがそいが!ようやってくれた。ほんまおおきに、ありがとう

侑芽)いえ、こちらこそです

凛子)また大きゅうなって戻ってこられま!

隆史)困ったことがあったら、いつでも話聞くさかいな

侑芽)ありがとうございます

航)すんません。ありがとうございます

他の参加者からも同様の言葉をかけられて、
餞別品や手紙などを受け取った。

こうしてマルシェは大成功のまま幕が閉じた。
どの店もほぼ完売であった。

参加者達を1人ずつ見送り、
最後まで頭を下げ続けた侑芽。

なんとか大仕事をやり遂げ
達成感と安堵感と
そして少しの寂しさが込み上げる。

その後、高岡と富樫と共に
片付けをしながら反省点などを話している。

富樫)結局、来場者600名越したらしいが!去年の3倍よ?凄いわちゃ!市長から表彰されちゃうかもよ?

侑芽)皆さんのお力添えがあったからですよ

高岡)ていうか表彰なんかされたら、また誰かに妬まれて嫌がらせに合うわな

富樫)それ、高岡ちゃんのこと?

高岡)はぁ?心外ですよ!あたしこう見えて卑怯なことはしませんから!正々堂々と意地悪するタイプなんで!

富樫)正々堂々て……

侑芽)でも私、本当は途中で挫けそうでした。そんなに人から恨まれる事しちゃったのかなって。何でこんな事になっちゃったんだろうって。なんていうか、頑張るのが馬鹿馬鹿しく思えちゃって。でもやっぱり、諦めないで良かったって思います

高岡)出る杭は打たれるのよ

富樫)そうなが。けど、出過ぎた杭は打たれないとも言うわよ?ほら、黒岩さんがそういうタイプやから!

高岡)なるほど〜。黒岩さんのポジションまで行けば怖いもの無しよ!

侑芽)フフフ!お2人ともありがとうございます。これでスッキリした気持ちで五箇山に行けます。お2人がいないのが心許ないですけど……

高岡)大丈夫!時々嫌がらせに行ってやるから!

富樫)またそんな事言うて〜!ほんとは心配しとるくせに〜。富樫義経も時々は馳せ参じるからね?心配ないちゃ〜

高岡)絶対うそ!富樫さんは口ばっかりだから当てにしない方がいい

侑芽)はいはい!それより早く片付けましょ!

夕暮れの中で
他愛ない話をしながら片付けた。
暑い中での作業は疲労に拍車をかけたが、
心地良い疲れであった。

片付けが終わった頃、
侑芽を迎えにきた航がしぶしぶ2人にも声をかける。

航)マルシェの打ち上げしようて洋平さんが言うとんがやけど……富樫さん達も行かん?

それを聞いた富樫と高岡は
目を輝かせながら「ウチくる!?」のノリでこう答えた。

富樫・高岡)行く行く〜!!

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