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【小説】連綿と続け No.28

夕暮れの街で
囃子はやしの音を聞きながら歩く2人。

侑芽)わぁ〜。すごい賑やかですね!

航)はぐれんようにせんと

航は侑芽に手を差し出す。
侑芽は周囲をキョロキョロ見てからその手を掴んだ。

城端曳山祭りは
越中の小京都と言われる美しい街の中心にある
城端神明宮の祭礼である。

毎年5月4日・5日に開催され、
初日の今日は夕方から宵祭よいまつりだ。

この街で曳山《ひきやま》と呼ばれているのは、
祭礼で引き回される車輪付きの出し物のことで、
地域によっては山鉾・屋台・山・だんじり等、
様々な呼び名がある。

宵祭では山宿と呼ばれる6町の各家で
曳山の御神像が公開されたり、
曳山や庵屋台いおりやたいが組み立てられ、
獅子舞や庵唄いおりうたも披露される。

5日の本祭では
御神像ごしんぞうを乗せた6つの曳山が
町内を巡行する。

夜には提灯山ちょうちんやまと言って
灯りが灯され幻想的な巡行がなされる。
さながら京都の祇園祭のようなおもむきがある。

2人はこの街のシンボルでもある
善徳寺ぜんとくじの門前までやって来た。

すぐそばでは
賑やかに出店が立ち並んでいた。

侑芽)そう言えば「あんばやし」ってなんですか?

侑芽は出店を指し航に問う。
そこには「あんばやし」と書かれた看板が出ている。

航)え?知らんのけ?

侑芽)はい。昨日から気になってたんです。東京では見たことなくて

航)そうなが?俺は全国区やと思うとった…

その店まで行くと、
「1回300円」と書かれた貼り紙と、
ルーレットが置かれている。

「あんばやし」とは味噌田楽のことで、
薄く三角形に切った白こんにゃくを茹で竹串に刺し、
生姜の効いた甘辛の味噌だれをかけたものだ。

富山では出店の定番で、
円盤に数字が書いてあるルーレットの針を回し、
矢印が指した数だけ「あんばやし」が貰える。
航は侑芽にルーレットを回させた。

侑芽)え〜、緊張しちゃうな〜

侑芽が針を回すと
7の所で止まった。

侑芽)わぁ!7本も貰えるってこと?

航)うん。そうちゃ

侑芽は嬉しそうに目を輝かせた。
すると店主が

「あんた可愛いさかい、10本にしたる」

どうやら3本おまけしてくれるらしい。
侑芽は航と目を合わせて喜び
礼を伝えてそれを受け取った。

道端でそれを頬張る。

侑芽)ん〜!甘くて生姜も効いて、美味しいですね!

航)子供の頃、よう食べとった

侑芽)航さんの子供の頃が想像できない

航)別に普通ちゃ。川遊びしたり、虫とりに山に入ったり…

侑芽)フフフ!見てみたかったな〜

デート気分で街を歩き
腕を組んだり手を繋いだりして、
常にどこかしら互いに触れている。

そんな2人は色々な人達から目撃されていた。

例えば純喫茶「あいの風」の常連である太郎や、
観光協会の西川、
さらには高木のおばちゃんも来ていた。

しかし2人は
そんな事には気づいていない。

太郎や高木は「えらいこっちゃ!」と言いながらも
意外なカップルの誕生を喜んだ。

しかし、
そんな風に喜んでいる者ばかりではない。

西川に至っては
仲睦まじい2人を目の当たりにし、
ショックを隠しきれない様子だ。

他にも航の同級生や先輩後輩、
祭り関係者など一部の人達から、
羨望の眼差しと共に
妬みややっかみをもった者もいた。

狭い街で
しかも大型連休中ということもあり、
2人の噂は一気に広まってしまった。

そうとは知らず
2人は帰りの車中、
離れがたい感情をぶつけるように
口付けを何度も交わしていた。

航)まだ一緒におりたい

侑芽)私も。でも今日は帰らないと…

航)わかっとる。ほんでもずっと一緒におりたいんや

侑芽)私も…。大好きです

それから暫くは
平日は夜になると航が会い行き、
休日は侑芽が航の家に行き、
わずかな時間も一緒に過ごした。

そんな日々を送る中、
田植えのシーズンが始まった。

田んぼに水が張られ、
砺波平野が一年で最も美しい景色になった頃、
侑芽は課長の黒岩に呼び出された。

侑芽)何か御用でしょうか

普段は打ち合わせで使われている個室に入ると、
そこには黒岩しかいない。

黒岩はどことなく言いづらそうに
こう話し始める。

黒岩)初めに言うとくね?

侑芽)はい

黒岩)私個人の考えとしては、プライベートな事を詮索する気はないんやけど…

侑芽)何のことですか?

黒岩)実は…市民を名乗る方から匿名でメールが届いてね…

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