【小説】連綿と続け No.40
純喫茶「あいの風」が
夜のスナック営業に切り替わる時間になり、
店主の礼子が店を開けようと外に出ると、
店の前に亡霊のように立っている人物がいる。
それは観光協会の西川であった。
礼子)え!?あんた……どうしたが!?
いつも爽やかな彼が無表情で立っているから、
礼子は驚きつつ中に通した。
西川)なんや無性に酒が飲みたなって……
ビールを注文し、それを一気に空けてしまった。
礼子はそんな彼を心配そうに見ている。
そこへ常連の太郎がやって来る。
太郎)あれ?一平ちゃんやないか!1人で飲んどるなんて珍しいなぁ!
空気を読まずに喋り倒す太郎。
礼子はハラハラしながら
礼子)ちょっと太郎さん!一平くん疲れとるみたいやさかい、そっとしとかれ!
太郎)それはかんにん!けど……何かあったがけ?
西川)失恋してしもて……時々、どうにもならん感情がこみあげてくるんです
礼子・太郎)失恋!?
太郎)え?誰に?誰に失恋したが?
礼子)ちょっと太郎さん!それは聞かんでも……
礼子は相手が侑芽である事を察していた。
西川はしょっちゅう
ここで侑芽と打ち合わせをしているから、
礼子は随分前から気付いていた。
太郎)あっ、もしやあの子け……
太郎も時差で気がつき、
礼子と目を合わせ「こらアカン」という顔をしている。
侑芽が航と付き合った事は
街中に広まっているから、
西川が失恋したのは明白であった。
礼子)けど一平くんは男前やさかい、すぐにええ人が出来る!大丈夫や!
太郎)そいがそいが!女はその子1人やないで〜?
そう励まされるも
西川は悔しそうに顔を歪ませる。
西川)相手が……あの子の相手がアイツやなかったら諦めもついた。けどアイツが相手やて思うと……どうしても諦められんが
そう言い終えると項垂れ、
酒を浴びるように飲んだ。
礼子)あんた飲み過ぎや!そろそろやめた方がええて!
西川)今日は飲ませてください!
太郎)そうやな。一平くんは普段から真面目すぎるのちゃ。たまにはこういう日があってもええ!飲もう飲もう!
太郎は西川に付き合い酒を飲んだ。
だが西川は歩けなくなるほど泥酔し、
最終的に太郎がタクシーで送り届けた
帰宅した西川は電気もつけず、
暗い部屋の中でスマホを取り出し、
よいやさ祭りでさり気なく撮っていた
侑芽の写真を眺めた。
西川)俺はやっぱり、あんたの事が好きや
そこに写っていたのは、
飾らない笑顔で振り返る侑芽だった。
それから数日が経った。
侑芽は正信や糸子からのアドバイスを受けて、
マルシェの出店者への取材に回っている。
協力を引き受けてくれた人達に自己紹介をしてもらい、
それを動画として残し、
少しずつ編集していた。
その合間に市内の高瀬遺跡で開催されている
菖蒲祭りに顔を出した。
花菖蒲が見頃を迎えており、
園内の水路や池の周りに見事に咲き誇っている。
青や紫、白や黄色など色とりどりの花が咲き、
その姿は気品があり、
凛とした佇まいを見せている。
この日は梅雨の晴れ間であった。
そんな初夏の日差しがさす園内で、
侑芽は西川と偶然会う。
侑芽)あれ、西川さん?
侑芽に声をかけられて
西川はいつもの笑顔を見せる。
西川)お疲れ様!今日はこっちなが?
侑芽)さっきまでマルシェの出店者さんのとこ回ってたんですけど、ちょっと時間が出来たので寄っちゃいました!
西川)そっか。出店者さん達に取材してるんやて?
侑芽)はい!皆さんの自己紹介動画を撮らせていただいて、許可をいただいた方の映像をSNSでアップしていってます!それ見た方々が出店を考えてくださったりして、もしかすると目標達成できるかもしれません!
西川)そうか〜。色々とありがとう
侑芽)いえ。それより花菖蒲、とってもキレイですね!
しゃがみ込んで花を覗き込む侑芽。
そんな侑芽にスマホを向けて
西川はカメラに収めた。
侑芽)え!?それ盗撮ですよ〜
笑いながら顔を隠す侑芽。
西川)盗撮!?そらアカン!かんにん!警察だけは呼ばんでくれま!いや、あんまり綺麗やったさかい撮ってしもた〜
西川はバツが悪くなり、
誤魔化すようにしてこう続ける。
西川)そう言えばここ、この時期、夜になると蛍が飛び交うんや
侑芽)へぇ〜
西川)ここもSNSに載せるんやろ?
侑芽)はい!それもあって来ました
西川)暗くなってから来たら、もしかしたら撮れるかもしれん
侑芽)夜ここに来るってことですか?
西川)うん。けど業務時間外やさかい無理か
侑芽)でもせっかくだから……あとでまた来てみます!
西川)本当に?そしたら俺も来るわ
侑芽)さすがにそれは申し訳ないです。私1人で大丈夫です!
西川)いや、夜に女性1人では危ないさかい、やっぱり俺も来る
侑芽)そうですか?なんかすいません。じゃあまた後で!
侑芽は役所に戻って行った。
西川は侑芽との待ち合わせに、
静かに心を躍らせている。
西川)蛍に感謝ちゃ
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