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【小説】連綿と続け No.46

いつも通りの侑芽に、
騒ついていた心が穏やかになる航は、
彼女を迎え入れて、
すぐにギュッと抱きしめた。

侑芽はその胸に埋もれながら抱きしめ返す。
そして体を離した後、
持ってきた保冷バッグを持ち上げ

侑芽)今日、早く終わったので夕飯作ってきました!

航)おぉ。いつもありがと

侑芽はキッチンに立ち、
慣れた手つきで料理を皿に盛りつける。

最近はこうして
航に手料理を振る舞う機会が増えた。

航は普段、
仕事終わりに実家で夕飯を済ませてから帰るが、
侑芽が泊まりに来る時は、
外食か侑芽の手料理を食べるようになっていた。

白エビのかき揚げ、アスパラの肉巻き、
すすたけ(根曲がり竹)の煮物、茄子のよごし、
トマトと新玉ねぎのマリネ、
それとおにぎりを用意してきた。

ちなみに『よごし』とは、
大根葉などの葉もの野菜
または茄子などの野菜を細かく刻み、
ごま油で炒め、味噌や砂糖、胡麻、ミリンで味付けした
ご飯に合うおかずの事である。
砺波平野では家庭料理として親しまれている。

侑芽)最近、マルシェの件で農家さんや地元の方々に会うたびに野菜や山菜をいただいてしまって、作り方教わって色々作ってみました!お口に合うかわかりませんが

自身なさげにそう言うと、
航は「いただきます」とそれらを食べ始めた。

航)うん。うんうん

ただ頷きながら箸を止めない航。
侑芽はそんな航を見ながら自分も食べ始める。
だが航がひたすら無言で食べるから、
恐る恐る確認する。

侑芽)美味しくないですかね……

そう聞くと、
航はモグモグしながら首を横に振って
「美味い」と言っているらしい。

侑芽)フフフ!良かった!

侑芽は母・由紀から一通り家庭料理を習ってきた。
由紀は八王子の駅ビル「セレオ八王子」で
惣菜を調理する仕事を長年続けているから
家庭料理のプロである。
侑芽はその母から10代のうちに様々な料理を習い、
家事を手伝っていた。

航)母さんの飯より美味いちゃ

侑芽)それはないですよ!このかき揚げだって、山菜のアク抜きや料理の仕方も歌子さんに教えていただきました

航)ふ〜ん。いつの間に……

侑芽は航の家で夕飯を馳走になる度に
歌子の手伝いをしているから、
その都度、様々な事を教わっている。
歌子もそれを喜んでいた。

食事が終わり、
2人とも風呂を済ませソファーでまったりと寛ぐ。

航は香菜から耳にした話を気にしつつも、
香菜の話をする事をためらって、
切り出せないまま侑芽を抱き寄せる。

侑芽は侑芽で西川から告白された事を
話そうか迷いながらも、
航に嫌な思いをさせたくないと思い黙っていた。
複雑な思いを抱え寄り添う。

航)侑芽

侑芽)はい……

航)約束してくれ

侑芽)なにを?

航)絶対、俺から離れんて。約束してくれ

侑芽)離れません。絶対。航さんは?

航)離れん。離れるわけないがよ

侑芽)はい……

航)そうや、誕生日。もうすぐやったな?何が欲しい?

侑芽の誕生日は7月7日である。
七夕の日に23歳になる。
ちなみに航は9月23日で31歳になる。

侑芽)欲しいものはないです

航)遠慮せんでええって

侑芽)じゃあ1つだけ

航)なに?

侑芽)航さんと一緒にいたいです

航)そんなん当たり前やちゃ。それ以外でなんかないんけ

侑芽)ないです。航さん以外、なんにも要らない

そう言って航に抱きつく侑芽。
航は侑芽を抱き寄せて口付けた。

航)もう手に入れてるやろ

侑芽)う〜ん……そうかなぁ?

航)そろそろ寝よ

2人はこの夜も
愛を確かめ合ってから眠った。
互いに一番話したかった事を話せぬまま。

翌朝、航に送られ出勤した侑芽の元へ
富樫と高岡が駆け寄ってくる。

富樫)ちょっと一ノ瀬さん!大変やちゃ!

侑芽)え?何のことですか?

高岡)は?まだ聞いてないの!?

侑芽)だから何の話?

高岡)あんたの人事異動の話よ!

侑芽)人事異動って?

富樫)また変なメールがきたて!今回は西川くんが絡んでるから、上も無視できんらしいのよ!

侑芽)え?西川さんと私が何を……

高岡)え?じゃないわよ!仲良く相合傘してるとこ、写真撮られてたみたいよ?あんた何やってんのよ!あの頭堅そうな彫刻職人とデキてたんじゃないわけ?

富樫)そうよ!どーゆーこと!?

侑芽)どーゆーことって、それ私のセリフですよ!

3人が騒いでいると、
課長の黒岩が神妙な面持ちで侑芽を呼ぶ。

黒岩)一ノ瀬さん、ちょっこしいい?

侑芽)はい……

侑芽は1人、会議室に呼ばれて行った。

そこには黒岩の他に
副市長や観光協会の役員、そして西川がいた。

侑芽)え……

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