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【小説】連綿と続け No.20

航が侑芽の両親と初対面を果たしている頃
侑芽は井波八幡宮に来ていた。

いよいよ神輿みこしが出発し、八日町通りの御旅所おたびしょに向かう。そのために担ぎ手達が境内に集合し活気に満ちていた。

普段は静かなこの街が、この時ばかりは大勢の人々で賑わい、すでに祭りが始まっているかのような掛け声が飛び交っている。

今日は富樫や高岡も手伝いに来ている。祭りと並行して明日は街コンの開催も控えているからだ。

侑芽は春子と共に街コンに参加することになっていたのだが、同期の高岡が不貞腐れた様子でボヤく。

高岡)普通さぁ、私に声かけない?なんで街コンにあんたとあんたの友達が参加すんのよ

侑芽)私だって出たいわけじゃないよ

高岡)そうよねぇ?だって井波にはいい男が何人もいるんだから。わざわざ街コンで出会い探す必要ないもんねぇ?どっちかと言えば本来は私が参加すべきじゃない?

嫌味ったらしくそんな事を言ってくる。
侑芽は珍しく腹を立て、この時ばかりは強めに言い返した。

侑芽)じゃあ代わりに出てよ

女同士にありがちな不穏な空気が流れる。
するとそれに気づいた富樫が慌てて仲裁に入った。

富樫)喧嘩しなさんな!喧嘩するくらいなら高岡さんが出られ!一ノ瀬さんと変えとくさかい!

侑芽)そうしてもらえると助かります。ただでさえ明日は忙しいので!

高岡)え!?いいの?ほんとにほんと?

侑芽)いいって言ってるでしょ!お願いします!

投げやりにそう返し、結局街コンは高岡が出る事になった。この時、侑芽は思った。

街コンの事も航さんの事も、
春ちゃんに正直に話してきちんと謝ろう

そう決心し、目の前の仕事に集中した。

一方、皆藤家では歌子が侑芽の両親に昼食を振舞っている。氷見ひみうどんや天ぷらなどを出し、航をまじえて5人で談笑している。

他愛もない話をし穏やかな時間が流れていたが、だいぶ打ち解けてきたころ、由紀と健太郎が侑芽のことを聞いてくる。

由紀)うちの娘はしっかり働いていますか?市民の皆様にご迷惑をおかけしているんじゃないでしょうか。器用な子ではないので

歌子)何をおっしゃいます!真面目で一生懸命で、もうすっかりこの街に馴染んでます〜

正也)そいがそいが〜!まだ慣れんやろうに色んなこと学ぼうとして、皆んなに挨拶回りして、祭りの準備も頑張っとって。見とって心配になるくらい必死にやってくれとります

健太郎)それなら良かったです。目の届かない遠方に出してしまったと、少し心配していたので、皆さんのように親切にしてくださる人達がいてくださって、親としては安心しました

両親達がそんな会話をしている傍らで、
航は健太郎の手を見ていた。

自分の手がお父さんの手と一緒だと
侑芽が言っていたのを思い出していた。

確かに職人の手そのものだ。

物作りに携わる航にはすぐにわかった。

歌子)そう言えば、時々うちで夕飯食べてもろてるんですけど、ええて言うとるがに、手伝いや片付けまでしてくれて。お料理とっても上手やなぁて感心しとったがです。若いのに天ぷらとかできるさかい、きっもお母様がお上手ながやろうて!

由紀)まぁ!お夕飯までご馳走になってるんですか。ありがとうございます。料理は一通り教えてはいるんですけど、上手かどうかは…

由紀は長年、八王子の駅ビルで惣菜を調理する仕事をしている。だから料理は得意で、侑芽にも時々教えながら手伝わせていた。

歌子)そうでしたか〜!侑芽ちゃんは気立もええし可愛いらしいしで、お嫁さんにもらいたいくらいながです〜

正也)そいがそいが〜!!

航)は!?何を言うとるんや。失礼やちゃ

由紀)あら。航くんみたいな人が侑芽の旦那さんになってくれたら、もう何の心配もありませんよ!

健太郎)おい由紀!勝手にそんなこと言ったら侑芽に怒られるぞ!

健太郎は思わぬ結婚話に
冗談とはいえ慌てている。

正也)まぁ、人生何が起こるかわからんし、もしご縁がありましたら、宜しゅうお願いします!アハハハ!

健太郎)は、はぁ…。そうですね…ハハハ

健太郎だけが心から笑っていない事を
航は気づいていた。

そんな話をしていると、外が一段と騒がしくなる。祭り期間中、玄関は開けっぱなしであるから、外の様子が見える。ちょうど神輿が八日町通りの御旅所に担がれていくところだった。

その群衆に着いてきた侑芽が皆藤家に顔を出し、両親がまだ居ることに驚いている。

侑芽)え!?まだここにいたの?

由紀)お昼までご馳走になっちゃった!

侑芽)えぇ!?お世話になっちゃってすみません!

歌子)ええのちゃ!うちが無理矢理ひきとめたが!

正也)そいがそいが〜。侑芽ちゃんは気にせんと安心して仕事しられま!

侑芽)ありがとうございます!

そう返すと航に微笑みかける。
航も黙って微笑み返す。
2人は言葉は交わさずにただ視線を送り合った。

侑芽)では、私はそろそろ失礼します!

そう言って慌ただしく神輿を追いかけて行く。
由紀と健太郎は2人の様子を見て、何かに気がついた。

航は侑芽を視線で追ったまま
目尻を下げ口元を緩ませている。

その顔を見て
由紀も健太郎も確信してしまう。

22年間育ててきた大切な娘が、自分たちには見せたことのない笑顔をこの彼に向けていた。彼も同じように…。もしかすると2人は…

だがそんな事は口にするわけにもいかず
見て見ぬフリをした。

侑芽の両親が宿に向かった後、
航は侑芽にLINEを送る。

『仕事終わったら、ちょっこし会わん?』

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