アナタは真っ赤な空を…

怖い夢を見た…。

大切な何かを失って、自分はそれをどうすることも出来なくて、とても無力で泣いてしまう夢だ。

「……!?」

起きたのは教室だった、夕焼けが差し込んで、外では運動部の声が木霊している…。
いつの間にか委員の仕事で疲れて眠っていたようだ。

「おっすー八重沢〜起きた?」

目の前から声が聞こえた、明るい声だ…マスクをしている。

そういえば喉の調子が悪いと言っていた。
なかなか歌う事も出来ないとボヤいていたのを思い出す。

「もちさん?ごめんなさい、待たせちゃいましたか?」

そういえば今日は彼女と帰る約束をしていた、思い出して慌てて帰り支度を整える。

「いや〜なとりんの寝顔をじっくり拝見させて貰ったから別に私は構わないよ〜」

そういって綺麗な声で笑っていた。

「あれ?、なとりん?」

その声が酷く胸に刺さる。

「泣いてる?」

慌てて自分の瞼に手を置いてみる、確かに手には涙の感触を感じられた。

「あれ?どうしてだろ?、あれ?あれれ?」

「大丈夫?なとりん?なにか辛いことがあった?大丈夫?もちなにかした?」

そう言って心配そうに声をかけてくる。
あぁ…本当に…なんでこんなに優しいのだろうか?

私は知っている、最近喉の調子が悪くてなかなか歌えない事も。
私は知っている、彼女のため息が増えている事も、それなのに人をそうやって心配して。

「大丈夫ですよ、もちさん…大丈夫です寝ぼけただけです。」

涙を拭って笑顔を見せる、それを彼女は同じように満面の笑みで返してくれた。

「そっか〜、良かった…遂にスカートの丈が短いことに自分で気づいてしまったのかと…」

「ちょっともちさん、それはどういう事ですか?、私のスカート丈は長いですよ!?」

すぐさま照れを隠すように冗談を言い合う。
私は救われたんだ、彼女のその笑顔1つでこんなに救われるとは思っても見なかった…。

~~~~~~


「それで馬Pがさ〜」

「それ本当ですか?」

教室を出て校門を通る私達は取り留めの無い会話をしながら共に歩いた。

「しろちゃんも忙しそうだし、みんな色々大変そうだよね〜」

「まぁ、大人って色々ありますからね、馬Pだって頑張ってますし人手とかもいります、メンテちゃんも頑張ってるんですから、私達も頑張らないと。
もちさんだって早く喉治してまた歌を聞かせてくださいよ。」

理屈を捏ねて心を隠す。
本当は彼女が今出来ない事も歌えない事もそれを気にしているのも知っている。
それが他のメンバーやメンテちゃんに負担になっているのだと気にしている事も。
だから頑張らないと…そう自分に言い聞かせる。


「そっか…うん…そうだよね…」

そう言って彼女は少し悲しそうに笑った。
私にはなんでそう言う風に笑うのか、イマイチ分からなかった。
やはり頼りなかっただろうか。

「あ、なとりん!あれ見て!あれ!!」

そんな事を考えながら歩いているともちさんが唐突に動き出した、帰りのゴンゴン神社から降りる階段に向かって彼女は走り出す。
慌てて私はそれを追いかける。

「ちょ、どうしたんですかもちさん!?」

階段の前で彼女は止まる、そして指をゆっくり向けてポツリと呟いた。

「綺麗…」

指の先を目で追うと、そこはこのバーチャル空間を一望する街並みと、美しくそれを染める真っ赤な、本当に真っ赤な夕焼けだった…。


「綺麗…」

気づいたら自分もポツリと声に出していた。

それをお互いに聞いて…

「「ぷ、あはははは!!」」

可笑しくなって笑ってしまった。

似ている、気が合うと会長や皆によくはやし立てられる自分達がここに来て同じ景色に同じ感想を持つのが少しおかしかった。

「おかしいですね〜本当に、まるで2人で1人みたい」

そう私が伝えるともちさんは笑いながら返してきた。

「違うよなとりん、1人が2人だったからこうして笑ってるんじゃん!」

そう言って2人で笑いあった。

そうか…確かにそうだ、2人だったからこうやってお互いに笑い合えているんだ。


「あ、そうだ、なとりんそう言えば最近良い歌があってさ!是非聞いてみて欲しいの!、てか練習して聞かせて欲しい!」

「え〜、もちさんに言われるのハードル高いですよ〜」

「いいから〜、お〜ね〜が〜い〜」

そんな話をしながら2人で笑いながら真っ赤な空の下を歩いた。


~~~~~

今、私は…同じように夕焼けを見ている、同じ景色を見て、同じ道を歩いている。
変わったのは隣に彼女が居ないことだけだ。

彼女の笑顔を思い出して酷く泣いてしまいそうになる。
彼女の笑顔を笑い声を思い出して。

ふと、もちさんが教えてくれた音楽を思い出す。

〘 君もどこかで見ただろうか…〙

真っ赤な空の向こうで彼女の笑顔が浮かんだ。
そんな気がして、気がついたら喉が震えていた…彼女…もちさんが教えてくれた歌を、いつの間にか歌っていた…。


〘 ただ1度の微笑みに、こんなに勇気を貰うとは、ここまで喉が震えるとは…〙

また歩きだそう、1人が2人だったから見られる恐さが生まれたけれど。

1人が2人だったから見つめる強さが産まれたんだ。


大切な人に歌いたい、聞こえているのかも解らない。
だけどせめて続けたい、続ける意味はまだ解らないけれど。


それでもあなたと歩いたこの空の下を、綺麗だと思えた夕焼けを、そんな心を馬鹿正直に話せる事を。


私は…忘れない。


〘 溜め息の訳を聞いてみても、自分のじゃないから解らない。

だからせめて知りたがる、解らないくせに聞きたがる。

あいつの痛みはあいつのもの、分けて貰う手段が解らない。

だけど力になりたがる こいつの痛みもこいつのもの。

ふたりがひとつだったなら、同じ鞄を背負えただろう。

ふたりがひとつだったなら、別れの日など来ないだろう。

言葉ばかり必死になって、やっと幾つか覚えたのに、ただ一度の微笑みがあんなに上手に喋るとは。


いろんな世界を覗く度に、いろんな事が恥ずかしくなった。
子供のままじゃ、みっともないからと爪先で立つ 本当のガキだ。

夕焼け空、綺麗だと思う心をどうか殺さないで。
そんな心馬鹿正直に、話すことを馬鹿にしないで。

ひとりがふたつだったから、見られる怖さが生まれたよ。
ひとりがふたつだったから、見つめる強さも生まれるよ。

理屈ばかりこねまわしてすっかり冷めた胸の奥が、ただ一度の微笑みでこんなに見事に燃えるとは。


ふたりがひとつだったなら出会う日など来なかっただろう。

大切な人に唄いたい。

聴こえているのかも解らない。


だからせめて続けたい


続ける意味さえ解らない


一人で見た真っ赤な空、君もどこかで見ただろうか?

僕の好きな微笑みを、重ねて浮かべた夕焼け空。


ただ一度の微笑みに、こんなに勇気を貰うとは。


ここまで喉が震えるとは。〙


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