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エリック・テンハグ 狂気と知性の狭間で 【第2章 PRESSURE】

向けられた刃





Pressure


■夢の劇場

ラルフ・ラングニックの退団によって22/23からマンチェスター・ユナイテッドのマネージャーに就任したテンハグ。サー・アレックス・ファーガソン退任を最後にプレミアリーグを逃し続けている赤い悪魔のボスとしてオールド・トラッフォードに降臨する。

ファーガソンが去ってから10年の月日が経つが、定まらぬ哲学と方向性によりCLすら逃す結果も普通となってしまう悲しい時期を過ごしている。ジョゼ・モウリーニョですらプレミア奪還はできなかった。ユナイテッドに足りていない哲学の創造を、新進気鋭の若きオランダ人に託した。




■ロナウドとの決別

テンハグがユナイテッドのベンチに座るにあたり、1つ解決しなくてはならない問題がある。レジェンド・クリスティアーノ・ロナウドの存在。

テンハグの戦術上、37歳のロナウドを扱えるポジションは存在しない。高いトランジションレベルが最低限が求められる以上、そのトランジションに課題のあるロナウドは構想外である。



アヤックスとユナイテッドでは選手が異なるため、全てにおいてアヤックス時代を再現は出来ない。

このオフのユナイテッドの補強は、まずはデンマーク代表の司令塔でもあるクリスティアン・エリクセン。アヤックスから右ウイングにアントニー、CBにリサンドロ・マルティネス。そして目玉としてレアル・マドリードからカゼミーロ。テンハグ体制に完全なバックアップを行う。


アヤックスとの戦術的違いは、トップ下のブルーノ・フェルナンデスをトランジションの指揮官とする。

奪われた瞬間、ここはアヤックス同様に同サイド圧縮する。ブルーノ・フェルナンデスはポジトラを意識したポジショニングに着く。アヤックスではファン・デ・ベークが兵士となっていたが、ユナイテッドにおいては司令官である。

アヤックスでファン・デ・ベークが行っていた役目はカゼミーロが飛び出して潰しに行く。そのカバーはエリクセンとリサンドロ・マルティネスがポジションを上げる。

奪った瞬間、ポジトラの瞬間で既にブルーノ・フェルナンデスは準備ができているので、ここはシームレスにショートカウンターを発動できる。



利点はポジトラにある。ブルーノ・フェルナンデスという世界最高峰のトップ下が存在しているからこそ、奪った際の預け処が存在する。そこからのショートカウンターで勝負を決することも可能だ。

反対に難点は、ネガトラでカゼミーロが動くところも含め、後方に無駄にスペースを作ってしまうところだ。カゼミーロがレアル時代のパフォーマンスでないと現地メディアに騒がれてる要因として、レアル時代はアンカーとしてカバーリングが仕事だったのに対し、ユナイテッドにおいてはプレスに参加する側となり、非常に行動範囲が広くなっている。求められている役割がそもそもとして違うのだ。そしてボランチのカバーをCBがポジションを上げて対処するというのもテンハグらしいと言えばらしいか。この発想はかつてペップがバルサでブスケツのプレスに対する背後のカバーをボランチ本職のマスチェラーノに任せたのと同じである。つまりボール回収後も見据えてボランチとしてのボール捌きができるスキルも求められるのだ。リサンドロ・マルティネスはまさにハマり役だ。アヤックス時代にボランチとしてもプレーしており、ビルドアップ及びカバーリングの能力を特にCBには求められている。

これ故、最終ラインの個々におけるカバー範囲は個人の限界域を超えてはいる。テンハグのスタイルにCBの対人スキルは正直求められていない。カバーリングとビルドアップ力だ。175㎝のリサンドロ・マルティネスがプレミアリーグの舞台で存在感を出しているのが正しくその証拠である。逆に対人プレーに強みがあるハリー・マグワイアがその強みを全く生かせていないのは、テンハグの戦術とのミスマッチによるところが大きい。



これはロナウドにも通じる。

オフェンスの起点は常にブルーノ・フェルナンデスだ。つまり、周囲はブルーノ・フェルナンデスの兵隊として動くことが必須になる。またCFには得点力よりネガトラでの貢献度とブルーノ・フェルナンデスへのサポート役及び周囲のデコイ役としての黒子が求められる。実際にアヤックスではタディッチが、そしてユナイテッドにおいてもテンハグ初陣となった22/23プレミア開幕戦ブライトン戦ではエリクセンのゼロトップでスタートした。トップ下が攻守に汗を掛けるファン・デ・ベークでなければ尚更汗かき役が求められるだろう。
ただ現実、ロナウドには無理だ。黒子としてプレーできない選手は(現在におけるジェイドン・サンチョも含めて)テンハグのカードには含まれることはない。




■狂気を逸脱したプレッシング

元々テンハグはクレイジーな人間だ。ただ今のユナイテッドを見る限り、そのクレイジーさは度を越えている。

アヤックスでは、まだ各々のプレーエリアに制限が成されていた。また、行動範囲の広いbox to boxが多く在籍していたというのもアヤックスでの成功に繋がっていたのかもしれない。


しかし、ユナイテッドにおいては選手層の問題など、哲学の再現化における層の薄さは否めない。
アヤックスと違い、ブルーノ・フェルナンデスという絶対的柱が存在している以上、再び同チームとなったファン・デ・ベークも役割とポジションを変えざるを得ない。

またポジションに置ける適正。例えばGK。ダビド・デ・ヘアが構想外になったのも、テンハグのビルドアップの設計図上には最終ラインに加われるGKが必要である。

本来のテンハグの設計上、MFが下りてくることは基本ない。代わりにGKが上がってビルドアップに加わるのだが、足元に不安のあるデ・ヘアでは心もとなく、またCBがマグワイアだと相手のプレスの的になりやすく、安定したビルドアップは出来ない。結果エリクセンやブルーノ・フェルナンデスが下りてきてしまい前に人がいなくなってしまう→前進できないという問題につながる。

そして、ビルドアップの出口にボールを届けられるルートが確立できないということ。特にウイングへはパスルートが存在しないことが多く、SBが基本的に大外待機なのでレーンで被ることが多く、CBが孤立してボールを保持しなくてはならないという問題が起こる。


そして、これらビルドアップの問題がありながらのハイプレスに関するハイリスク。常に後方(特にボランチ付近は頻繁に空けることとなるのでそこのカバーと、CBの背後のケア)のリスクは常に抱えているので、プレスでカバーが一コンマでも遅れたら、ビルドアップで相手を剥がすことができなければ、組織の機能不全が起きる。




■それでもオールド・トラッフォードは待ってくれない

世界で1番ファンの数が多いマンチェスター・ユナイテッドであれば、内容と同時に「常に勝つ」ことが求められる。テンハグが今悩まされているのはまさにそこだ。


選手層における戦術的エラーが起きており、いくら選手個人個人の質が高かろうとも選手の獲得に強みあるブランド力でいくらでもそろえることは出来る。だからこそそれに伴う人件費、移籍金の高くつく買い物をすればテンハグからしたら言い訳は出来ないのだ。



ユナイテッド1年目は、常に批判と向き合いながら過ごした。開幕連敗スタートでいきなり最下位に沈むところからアーセナルの白星に、マンチェスター・ダービーでのギリギリの勝負を制したりなど、条件を考えてみればこの1年目はロナウドのピッチ外問題も勃発したことを踏まえ、充分合格点は与えられる年ではなかったか。なんだかんだカラバオカップは優勝し、FA杯も準優勝。スカッドが揃っていないながらもテンハグは奮闘した。



期待がより一層強くなる勝負のユナイテッド2年目。補強も万全なはずだった。しかし結果はどうなのか。本来は相手に向けられるはずのオールド・トラッフォードの刃は、いつの間にかその矛先はテンハグに向けられていた。





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最終章『GUILTY』




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