【映画感想】『ソフト/クワイエット』 ★★★★☆ 4.0点

あらすじ

 幼稚園教諭のエミリーは、彼女たちが主催する白人至上主義の女性たちの会合へと参加する。彼女たちは会合で口々にアメリカのインクルージョン政策へと不満を述べ合い、さらにエミリーの家で二次会を行うことにする。エリミーの家を向かう道中、彼女たちは会合のメンバーの一人であるキムの経営する店に、食事や飲み物を購入するために立ち寄る。そこへアジア系アメリカ人の姉妹のアンとリリーが来店するが、キムが接客を拒否したことにより、エミリーたちとアンたちは激しい口論になってしまう。アンたちの退店後、腹の虫が治まらないエミリーたちは悪戯半分に姉妹の家を荒らしに行くが、そこへアンたちが帰宅してきてしまう。(監督:ペス・デ・アラウージョ)


評価

★★★★☆ 4.0点


予告編


感想

 本作のモチーフとなっているヘイトクライムや各演者の演技など語るべき点の多い本作であるが、そういったものを差し置いて、まず目を引くのは約90分ワンカット撮影という本作の特異な撮影形態である。

 エミリーの務める幼稚園から物語がスタートし、エミリーから幼稚園の清掃スタッフ、エミリーの受け持つ幼稚園生、そして、再度エミリーへと視点が鮮やかに切れ目なく移動していくファーストカットの時点で、本作の撮影スタイルの特異性の片鱗がすでに垣間見えるのだが、そこから、エミリーが会合が開かれる教会へと歩いていくシークエンスへと、シーンがさらにワンカットで繋がっていくことにより、観客は本作の異常性を理解することとなる。しかも、密室劇のような狭い舞台でのワンカット撮影ならまだしも、本作では、スタート地点のエミリーの務める幼稚園からラストカットの地点までは数キロ近く離れており、このスケールでの作劇が全くのカット割りなしで繰り広げられるのは驚異的と言える。

 この撮影手法により、本作では観客の体感時間と作中の時間が完全にリンクするため、リアルタイムで事態が深刻化していく緊迫感や臨場感を味わうことができ、さらに、つい30-40分前まではのんきに宴会をしていたはずなのに、なぜこんなことになってしまったのだという作中登場人物たちの絶望感も肌で感じることができるようになっている。

 さらには、このように登場人物たちの日常生活から、彼女が犯罪に手を染める瞬間までをワンカットで繋ぐことにより、本作はごくごく平凡な市民であっても少しの差別感情によって、狂気の殺人者へと容易に転がり落ちうることを示唆している。この演出手法は、本作のメインテーマであるヘイトクライムとも密接にリンクしていると言えるだろう。

 登場人物たちが車に乗るシーンやドアを開閉して部屋に入っていくシーンなど、明らかに演者がカメラマンの導線を意識しながら演技をしているシーンもちらほらあるため、所々で若干現実に引き戻される瞬間もあるにはあるのだが、それを補って余りある緊張感が本作には漲っている。



 本作の主人公であるエミリー、キム、レスリー、マージョリーの4人の女性たちは全員が白人で、かつ、白人至上主義者であるが、彼女たちも全くの一枚岩ではない。彼女たちの中でも経済格差や社会的地位の差があり、有色人種への差別感情で連帯しているように見えて、実際は互いに互いをほんのりと見下し合っている。

 この微妙な緊張関係のもとに成り立っている彼女たちの人間関係が、アジア系アメリカ人姉妹のアンとリリーとのトラブルによって、大きく破綻していく様は非常にショッキングであり、かつ、白人至上主義者と言っても、簡単には一括りで括ることができない微妙なグラデーションが存在することを精緻に描き出している。

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