【映画感想】『金の国 水の国』

あらすじ

 経済的に大きく発展しているが深刻な水不足に見舞われている国アルハミトの王女サーラと、自然と水に恵まれているが経済的に困窮している国バイカリの建築士ナランバヤル。両国間で花婿と花嫁を交換するという古くからの習わしを双方の国の君主が反故にしてしまったせいで、2人は偽りの夫婦を演じることとなる。成り行きで出会ったサーラとナランバヤルであったが、次第に2人の行動が衰退の一途をたどる二国を救う大きなうねりを生み出していく。(2023年公開、監督:渡邉こと乃)


評価

★★★☆☆ 3.1点


予告編


感想

ステレオタイプではない複雑な内面を持った登場人物たちが、柔らかく可愛らしいタッチで描かれており、全体的に暖かく愛らしい印象の作品。

まず、主人公のサーラとナランバヤルの2人がともにまっすぐで優しく聡いので、ストレートに応援したくなるところが良い。2人とも好印象で可愛らしいのだが、それと同時に、2人ともにこの世界において美形ではないということもよく伝わるという絶妙なキャラクターデザインが巧みだ。特にサーラは「バルカリへと送られてきたアルハミトで最も美しい娘」という触れ込みの割にそこまでの容姿ではないというのが、作中の重要な設定であるため、それに説得力のある形で応えたこのキャラクターデザインは素晴らしい。

少女漫画然とした美形の第一王女レオポルディーネや左大臣サラディーンから、マスコット的な容姿の王女の護衛ライララやサーラまで、かなりデフォルメの度合いが違うキャラクターが一つの作品に会しているのだが不思議と違和感がなく、さらに舞台となるアルハミトの街や情景はかなり描き込まれていて緻密なのだが、どのキャラクターもこの背景から浮くことなく親和している。これらのトータルバランスの良さのおかげで、作品全体の雰囲気が寓話的でありながら、血の通ったものとなっている。


寓話的なストーリーがベースの作品だが政治劇の側面も多く、良い意味で裏切られる。敵対するアルハミトとバイカリの間に国交を樹立しようとナランバヤルが奮闘するというのが物語の大きな軸だが、これを彩る登場人物たちが皆それぞれ思惑やポリシーを抱いていることが劇中で描かれ、これにより物語に多面性と深みが与えられている。

本作は登場人物たちの初見時の第一印象と、物語が進むにつれて見えてくる本性の部分を非常に上手くズラしており、これが物語の実によいスパイスとなっている。特に第一王女のレオポルディーネと左大臣のサラディーンが良いキャラクターで、2人の政治的ポリシーが徐々に明かされることによって、ググッと物語に引き込まれる。

一方、サーラとナランバヤルの恋愛が物語のもう一つの柱となっており、中盤からは二人のすれ違い(どちらかと言うとサーラの勘違い)が描かれるのだが、これがもう一方の柱の政治劇を邪魔することなく、ストーリーの良いスパイスとなっているところも良い。敵対する2国の外交関係という大きな問題とサーラとナランバヤルのすれ違いという個人的な問題が同時にきれいに着地するラストは実に美しい。


個人的に残念だった点は2国間の国交回復という本作の最終目標に対して、サーラが担っている役割がナランバヤルと比べてあまり大きくないこと。建築士としての技術があり、弁が立って、機転も利くと武器の多いナランバヤルに対して、サーラは”性格が良い”の一本槍なので、どうしてもトラブルが生じた場合にはナランバヤルが問題解決を担うという物語構造になってしまっている。

運命的に出会う敵国同士の男女という、物語上対等な位置からスタートする2人なのであるから、もう少しお互いの足りないものを補い合うような関係に設定してくれた方がより作品のテーマが際立ったように思われる。せめて、ラストのアルハミト国王との対話の場面では、サーラが主体的に説得に加わるような展開にしておいた方が良かったのではないだろうか。


 シビアな世界観がベースにありながらも、気の良い登場人物たちによる優しい世界が展開され、ドキドキハラハラはありつつも全体的に暖かい作品に仕上がっている本作。とにかくキャラ立てが巧みで、どのキャラクターも観ているうちにどんどん愛着を持ってしまう。エンディングのラストカットを見た後で、「あぁ、サーラとナランバヤルのこれから先の人生を観ることが出来ないなんて……」と寂しく思うほどに、2人のことを大好きにさせられてしまった。

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