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軽減税率を導入したからインボイス制度が必要になったというのは本当なのか?

とうとうインボイス制度が始まって、これからが本当の地獄だと思っている経理担当者も多いと思う。
大変な制度改正対応が嫌になって、そもそもなぜインボイス制度が必要になったか調べていたのだが、「軽減税率を導入したからインボイス制度が必要になった」という理由がよく見られる。
なんとなく納得ができないので、それは本当なのか考察する。
(認識間違いがありましたらご指摘ください。)

要約

付加価値税のコンセプトからすると、インボイスを使用するのは公平性と透明性の確保のためであって、軽減税率・複数税率は導入の大きな理由にならないと考えられる。
これまでの日本の消費税の仕組みは、インボイス制度を採らないことで、公平性と透明性を一部犠牲にして、主に免税事業者に配慮するものだった。区分記載請求書等保存方式であれば、その配慮を残した上で軽減税率・複数税率を扱うことも可能だ。
問題は、軽減税率をインボイス導入の理由にしてしまったことで、公平性と透明性の確保と、それによって失われる配慮措置とのバランスをどうとるかについて議論が行われずにここまできてしまったことだ。


付加価値税における仕入税額控除

そもそも消費税に当たるものは諸外国では付加価値税や売上税などと呼ばれている。
付加価値税のコンセプトからできたルールは、
「売上の一定割合を税として納めろ」
「ただし、仕入のうち他の人が税として納めた分を差し引いてもよし」
というものだ。
この他の人が納めた分を表す証拠書が、インボイスだ。
仕入でこれだけ金額がかかりました、そして、その仕入に係る税は仕入先が納めていますよ、という証拠となり、これを自分の納める税額から差し引くことができるということだ。

また、免税事業者は、付加価値税の支払いを免税されているのだから、当然税を納めますよというしるしであるインボイスは発行することができないし、インボイスがなければ、相手方もその分の仕入税額を控除することはできない。
このとき、仕入税額控除のできない免税事業者との取引を避ける課税事業者が出てくるので、免税事業者でいることは不利になるという弊害も存在する。

ともあれ結果として、インボイスを使うことで正確な仕入税額控除に加え、クロスチェックが行えるようになり、公平で透明な税制度を実現できると言われている。

日本における仕入税額控除

付加価値税の一種である日本の消費税は、これまで上記の仕組みとは異なっていた。
消費税の制度がスタートするに当たって、このインボイス制度の弊害を軽減するために、別の仕組みを採ることになったからだ。
まず、これまでになかった消費税の税計算を行うに当たって、仕入税額控除においてインボイスを必要とする仕組みだと事務作業が煩雑となってしまう。そのため、仕入税額控除にインボイスは不要とし、帳簿の記載(制度改正により途中から帳簿と請求書)を基に計算してよい、ということとなった。
そして、免税事業者との取引忌避を起こさないために、免税事業者からの仕入であっても税額を控除可能とした。
このように、日本においては、なんとか消費税を導入するために、インボイスを使用することによる公平性や透明性を一部犠牲にして、事業者に対する(特に免税事業者に対する)配慮措置を優先したということになる。

インボイスは公平性と透明性の担保に必要なもの

ここまで見てみると、インボイス導入の目的は、税制の公平性と透明性の担保のためだとするのが自然だろう。
また、逆に言えば、これまでの配慮措置によって税制の公平性と透明性を一部犠牲にされているという口実によって、事務負担の軽減と免税事業者との取引でも仕入税額控除を認めるというこれまであった配慮措置をなくすことがインボイス導入の本来の目的だったという言い方もできるかもしれない。

話が脱線するが、この配慮措置をなくしてよいのかという議論のないまま、インボイス制度が導入されてしまったので、世間では反対運動も起こってしまっているというのが現状なのだろうと思う。
これまでの消費税の仕組みが公平性や透明性に欠けていたから、それを是正するためにインボイス導入を決めたといえば、それはそれで一理ある。
ただし、適正に税額が転嫁されていないことで、理論上の「益税」なるものは実態としてないのかもしれないというのもそれはそれで一理ある。
実態として、「あいつらは優遇されている」とか「私達は搾取されている」という双方の「お気持ち」論を基に攻撃しあっていて、全く身のある議論になっていないのが悲しい。

軽減税率だからインボイスが必要なのか?

話を元に戻すと、軽減税率だからインボイスが必要なのかというと、公平性と透明性の確保(または配慮措置の撤廃)という理由が大きなものであって、軽減税率は大きな理由にはならない。
確かに、仕入先が納めるべき税額が書いているインボイスがあれば、複数税率があったとしても、正しい税額が記載されているので、仕入税額控除を正しく行いやすくなる、というのは理解できる。
しかし、これまでの配慮措置を残したままで、請求書等に税率別に税額を区分記載するという方法でも十分対応は可能だ。(区分記載請求書等保存方式)
現に軽減税率を導入してからインボイス制度導入まではこの区分記載請求書等保存方式で経理が行われてきたという実績がある。
軽減税率が導入されたからインボイス制度が導入されるべきかといえば、インボイスを使わなくても区分記載請求書で軽減税率に対応できるのだから、配慮措置をなくしてまで導入する必要はないのではと言わざるを得ない。
結局ここでも、複数税率だから、軽減税率だからと理由をつけて、配慮措置をなくすことを俎上に載せていないことが問題だと感じる。

逆に単一税率なら付加価値税にインボイスがいらないかというと、そういう訳ではない。
韓国や台湾は単一税率ではあるが、インボイスによる仕入税額控除の仕組みを採っている。
これは、複数税率だからという理由でインボイスを導入しているわけではなく、あくまで付加価値税のコンセプトに沿ってインボイスによる仕入税額控除を行っているということに過ぎない。これも複数税率によってインボイス制度を導入しないといけないというのが強い理由ではないという傍証になるだろう。

どさくさまぎれが一番よくない

結論としては、インボイス制度の導入の目的というのは、付加価値税のコンセプトを知れば、自ずと見えてくるということになる。
配慮措置をなくそうとしたか、付加価値税の原則に近づけようとしたか、どちらを主な動機としてインボイス制度を導入したかはわからない。
ただ、付加価値税の原則的なあり方が絶対的に正しいとは言えないし、逆に修正を加えて配慮措置を盛り込んだ日本の消費税のあり方が絶対的に正しいのかといえば、それもそうとは言い切れない。
軽減税率・複数税率を隠れ蓑にしてどさくさまぎれにインボイス制度を導入してしまい、配慮措置と公平性・透明性の担保のバランスについて議論ができていなかったのが今回の制度改正の反省点だと思う。

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