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元社畜のおじさんと筋トレなどの話1

夏が来たと思ったらもう秋雨の雰囲気漂う9月頭、みなさんいかがお過ごしでしょうか。配達員の仕事は雨が降ったらお休みのカメハメハ大王方式なので、基本的には晴れルーティンとは違う事をして過ごします。普段はしないところの掃除や、引っ越して1年半経って尚押入れで存在感を放つマジック書きで中身を主張する段ボール箱の整理など。その他はUdemyで自己研鑽や各オンライン英会話の無料体験のつまみ食いとか、東欧や中南米のお姉ちゃんと会話するのはいい気分転換になります、それにも飽きたらようやく向かうのが、近所にある24時間営業のトレーニングジムです。

おじさんと筋トレの縁はスノーボードより長く、3歳で初めて竿を握って小魚をキャッチした釣りよりは短いです。釣りに関してもイチ家言あるおじさんですが、それはまた別の機会に。通った田舎中学の体育倉庫には跳び箱やマットや各種ボール、中坊カップルが人目を忍ぶ逢瀬のインフラ等がありました。そしてその空間の片隅にあった鉄の棒と円盤で構成された物体、それは 鉄棒と言うには あまりにも大きすぎた 大きく ぶ厚く 重く そして 大雑把すぎた それは 正に 鉄塊だった。要するにバーベルが置いてあったわけです、固定式で重量の変更ができないタイプで、精々40kgだったのかな。でもそれがおじさんと終生の友になる鉄塊達との出会いだったのです。

テレビでオリンピックの重量挙げをチラッと見たことがある程度のおじさん少年は、その記憶を頼りに両手でむんずとシャフトをつかみ力任せに肩まで引き上げます。そしてそれをこうだったかな?とさらに力任せに頭上に押し上げます。肘が伸び切って体育倉庫の低い天井に届かんばかりに挙上したとき、鉄塊と共にあったおじさん少年を襲ったのは猛烈な多幸感でした。ドーパミンとかエンドルフィンとか言う類の、脳内麻薬とか言われるホルモン?だったと思います。

うお、なんだこれ!?、と思いはしましたがそれは、バーベルを床におろした途端に有るが無きかの余韻の他は雲散霧消しました。その後も多幸感を求めてバーベルを握りはするのですが、ファーストタイマーの多幸とは比べるべくもなく。その内に筋トレの道具でしかなくなったそのバーベルは、高校受験が近づくと共に心身から遠ざかって行きました。次にその多幸感と再び出会えたのはそれから約1年後、生家がある田舎の郡部からちょっとは都会な県庁所在地の高校に入学した後の事でした。

その高校は質実剛健を校訓とするわりかし硬派な、いかつい男子がいきがちな実業高校でした。普通科以外の高校ではトップクラスの学力がないと入学できない、非エリートの中のエリート?が行くことが多い学校でしたね。別にその学校に思い入れがあって入学した訳でなく、偏差値と相談して決めただけの学校でした。そのように何かにつけてなげやりなおじさん少年が入学して1週間後、最初の掃除当番でゴミ箱を置き場に運ぶ途中に目にしたものがおじさん少年の人生を少しいい方に変えるのです。

最初にそれに気付いたのは、その轟音の為でした。聞いたことない類の衝突音、交通事故でも肉を叩く暴力の音でもない。大木が切り倒され地面に叩きつけられる瞬間か、危ういバランスでそこにあった巨岩に雨後の流れが最後の一押しした瞬間か。質実剛健な運動部の部室が多く入ったその建物の一階でその男たちが差し上げていた鉄の棒、それは 鉄棒と言うには あまりにも大きすぎた 大きく ぶ厚く 重く そして 大雑把すぎた それは 正に 鉄塊だった。

そこは重量挙げ、ウェイトリフティング部の練習場でした。短く小さい掛け声とは対照的な、ラバーで包まれた100kg以上の鉄塊が専用にあつらえた木の床を叩く音がその正体でした。その瞬間にフラッシュバックしてきたあの体育倉庫の多幸感、そうか、あれの本物がここにあるのか。そうか、これだったのか。ああ、あれは本物ではないから長続きしなかったんだな。ああそういうことね、完全に理解した。

こうしておじさん少年15歳は、終生の物言わぬが誰よりも雄弁な友人たるバーベルという名の鉄塊と出会ったのでした。



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