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元社畜のおじさんが家を2軒買った話の1軒目の話1/2

広範囲元社畜のUber配達員おじさんです、雨の中楽しく配達してます。自転車乗って金稼げるなんてこんなご褒美あっていいのかい? 

今日はおじさんが新婚だった頃の話、おじさんの新妻さんは当時家を買う事に対して物凄い熱意を燃やしていた。当時は何でかなぁと思ってたけど、極端な毒母親を持つ彼女にとっては籠城する為の城だったのだろうと今ではわかる。この事はセンシテティブ過ぎるので書けないし書きたくない。

最初の家は郊外のベッドタウンの1100万円で買った中古のちんまりした3LDKの2階建て、ここには計10年くらい住んだのかな。買った当時の築年数で14年くらいで、庭にシンボルツリーとして桜と松が植えられていた。春になるとさぞや素晴らしい眺めかと思ったらこれがほとんど咲かない、理由はわからないけど咲かない桜なんてただの害虫ホイホイだ。

前に住んでた人の情報わかっちゃうのは中古住宅あるあるなんだけど、キラキラネームの娘二人と母親が市営住宅に住んでいた。キラキラ娘たちのシンボルツリーと覚しき桜とやっぱり毛虫がうようよしてた松は夏が来る前に自分で切り倒した、すまんキラキラ娘たち。そしてこの家は田舎にあるまじき便利さ、最寄り駅まで徒歩5分でコンビニスーパードラッグストア全て3分。今住んでる首都圏のマンションより生活インフラの距離で言えば近い、電車の本数はアレだけどね。

団信に入って35年ローンを組むと月に3万円ちょいの支払いだった、これを払えない人は家族持つのも厳しいって値段。楽勝だと思っていたら当時ガソリンスタンドで働きながら当時3歳の娘の育児に奮闘していた奥さんが、大学の事務員になると言い出した。事務員と言っても大学のとある学部にぶら下がる何とかセンターというところの事務員で、実際にはセンター長の秘書か助手のようなことをやらされる過酷な職場だった。なぜか俺まで仕事を手伝わされる理不尽だったが、大学というものを知らない俺にとって大学教員や研究室の学生たちは興味深い存在だった。

大学に行きたかったおじさんが高校2年の秋におじさん父はおじさん母の父に実印を裸で貸した、もちろんすぐおじさんの実家は借金で火だるまになった。頭が悪すぎるように見えるが、おじさん父は自宅を新築する際に義理の父が営む土建屋に基礎と外構工事をタダでやってもらったので断れなかったのであろう。今でこそ仕方ないと思えるようになったが20年くらいあの時大学に進学出来たら今こんな思いしなくて済んだかもしれない、そう思わない日はほとんどなかった。奥さんは学部主催の子供向けのワークショップを任されるようになり、もちろんおじさんもおじさんの長女とそれに参加する為に足しげく駅弁国立に通うようになった。

おじさんの後悔を知っている奥さんは、あなたが昔に大学に行きたかった夢が今かなったんじゃない?と冗談をいったが、違う、それじゃない。

後半に続く


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