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〔ショートストーリー〕いつかの日常

木の実と葉を籠から取り出して選別する。木の実は、そのまま食べられる物、焼いたり煮たりして食べる物、干してから食べる物、潰して染料などに使う物に。木の葉は、干したり蒸したりしてお茶や食用に出来る物、この洞窟の硬い地面に敷いてクッション代わりにする物、焚き火の材料などに。その他、薬草は種類ごとに分け、蔓草は編んで籠や様々な物を作れるよう積み上げておく。ここまでの仕事を終えて、やっと私はしばしの休憩にはいった。綺麗な湧き水から作った湯冷ましを、少し欠けたプラスチックのコップに入れる。そこに収穫してきた木の実を少し搾ると、爽やかな香りが広がった。一口飲んで溜息をつく。美味しい。


今、この山にどれくらいの人が住んでいるのか、私は知らない。たまに人の気配は感じるが、動物の気配の方が強いことから考えると、そう数は多くないだろう。洞窟の入り口は分かりにくいようにカモフラージュしてあるし、落とし穴や罠も仕掛けているので、恐らくここなら安全なはず。一番危険なのは食料などを集めに行く時だから、出来るだけ短時間で済ませるため手当たり次第に籠に放り込む。そしてこうして、帰ってから仕分けているのだ。


こんな生活になってから、もうどのくらい経つのだろう。地球のあちこちで紛争は絶え間なく起こっていたが、どこか遠い国の話だと思っていたのに。爆弾の誤射から始まった争いは、大国の思惑もはらんで、あっという間に世界戦争になってしまった。人間はどこまで愚かなのか、そして自分たちはどれほど無力なのか。残酷な現実を前に、私たちは僅かな荷物だけを持ち街を離れ、人気のない場所に逃げるしかなかった。そしてまた、逃げた者同士で食料や住居を奪い合って争う。共に逃げていた私の仲間も襲われたり病気になったりして次々に命を落とし、とうとう私はひとりぼっちになってしまった。


かつて害獣と言われた動物たちは、今や私たちの大切な食料だ。生命線である植物を食い荒らされては困るので、彼らを食すことに罪悪感は全く感じない。かつては動物愛護を声高に叫び狩猟を憎悪していた人たちも、逆にただの娯楽として狩猟と言う名の虐殺を楽しんでいた人たちも、見事に姿を消した。罠にかかった動物たちは、私たちが生きるための糧だ。それ以上でもそれ以下でもない、とてもシンプルな構図に戻った。


きっと、もう戦争は終わっているのだろう。爆撃音も飛行機の音も聞かなくなって久しい。強大な武力がぶつかり合った結果、ほとんどの国は壊滅状態になり、国境も意味を成さなくなったようだ。それでも残った人間達は、エゴをむき出しにして争い続けている。平和な世の中では平和を愛していたはずの人々が、混乱の中で野生化していくのは、恐怖でもあるが滑稽でもある。


ひとりになってから、時々考える。このまま私は生き延びて、何か意味があるのだろうか。何かを成し遂げることも、誰かの役に立つこともないのに。それでも生きたいと思うのは、本能というものなのかもしれない。
せめていつか、誰かが私の考えを知って、それが何かの役にたつのなら。そんな思いで、今日も私はこうして書き続けている。逃げるときに掴んできた筆記具はあと少しで尽きるし、びっしり書いた紙もこれ以上は使えないだろう。洞窟の壁に石で書けば、文字は大きくなるだろうし、スペースも限られている。
やがてどこにも書くことが出来なくなった時、私は生きる意味を見失わないだろうか。果たして私は、それでも正気でいられるだろうか。それが今は少し怖い。

(完)


こんにちは。こちらに参加させていただきます。

何だか重い話になってしまいました。こんなつもりではなかったのですが💦

小牧さん、お手数かけますが、よろしくお願いいたします。
読んでくださった方、ありがとうございました。

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