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〔ショートホラー〕オヤシロサマ

閏年の2月29日の夜には、村はずれのお社の扉が開く。お社と言っても、何を奉っているのかは知らない。赤黒い鳥居の奥に小さな祠があるだけで、神主さんも誰もいない。ただ、村長さんが毎日怖い顔で掃除をしたり、お酒を供えたりしているみたい。大人たちはもっと知っているのかも知れないけど、誰に聞いても教えてくれないのだ。
「ねえ、ちいちゃん。今年、お社に行くの?」
1学年に1クラスしかない学校で、となりの席のさっちゃんが聞いてくる。
「うーん、たぶん。四年前も行ったと思うんだけど、まだ三歳だったから、あんまり覚えてないし…」
「そうだよね。わたしも覚えてないんだ。でも何となく…」
「何となく、何?」
「怖かった気がする」
そう。わたしも何か怖かった気がする。でも、何が怖かったのかは思い出せない。うっすらと思い出すのは、赤い花の首飾りだけ。
「ほんとは行きたくないなあ、わたし」
さっちゃんが呟いた。
「わたしも。でも、絶対に子どもは行かなきゃいけないって、村長さんがうちに来て言ってたよ。もしかして、風邪ひいて熱が出たら行かなくてもいいのかな…」
言いながら、きっとそうじゃないと思う。風邪をひいても、ケガをしても、お社には行かなければいけない。だから、一緒に行こうね。昔、誰かが私にそう言って、そっと頭を撫でてくれた気がする。
「ちいちゃん、行くんだったら一緒に行かない?わたし、一人は怖いんだ」
さっちゃんが小さな声で言う。
「うん、そうしよう。わたしも怖いもん」
お社には、村長さんと、三歳から小学生までの子どもだけで入る決まりだ。大人たちは鳥居の外で待つ。「間違えるといけないから」と村長さんが言っていたけど、どういう意味なのかは分からない。

そしていよいよ、今日は29日。夜7時に家を出るよ、とパパたちが言っていた。ママは「ちいちゃんを連れて行かないで」と何度も言っていたけど、パパやおじいちゃん、おばあちゃん、みんなに怒られて泣いていた。それでも泣きはらした赤い目で、
「ちいちゃん、無理に行かなくていいのよ」
と言ってくれた。
「大丈夫だよ、ママ。さっちゃんと一緒に行くから」
わたしは出来るだけ明るく言う。これ以上ママが怒られたらいやだ。ママは諦めたように「そう…」と言うと、ギュッとわたしを抱きしめながら、指でわたしの背中にササッと何かを書いた。(『さくら』って…書いたのかな?)そして耳元で、
「社が開いたら、首飾りは村長にかけなさい」
と早口で言い、ゆっくり手を緩めた。
「おい、何を言った?」
パパが怖い顔で言う。ママは涙を拭きながら、
「無事に帰るためのおまじないよ。それすらダメだと言うの?」
とパパを睨む。パパは気まずそうに目を逸らすと、わたしに聞いてきた。
「ママは何を言ったんだ?」
優しそうな声。でも、嘘っぽい。わたしはにっこり笑って答えた。
「道は暗いから、躓いて転ばないようにね、って」
パパはそれ以上、何も言わなかった。

社の前に着くと、ほとんどのクラスメイト(と言っても十数人だが)が既に来ていた。
「あ!ちいちゃん!」
さっちゃんがホッとしたように手を振る。さっちゃんもうちと同じで、パパしか来ていない。ほとんどのママはお留守番らしい。
他の学年の子ども達も揃った頃、村長さんがやって来た。神主さんのような白い着物を着て、手には白い花の首飾りを持っている。
「うん、みんな揃っていますね。よろしい」
わたしたちを見渡して、いつものように偉そうに言う。そしてわたしの方に歩いてくると、となりにいるさっちゃんに首飾りをかけた。
「それは目印だから、外してはいけませんよ」
怖い声で言われて、さっちゃんは震えながらうなずく。後ろにいるさっちゃんのパパの顔は真っ青で、他のパパはみんな目を逸らしている。(あれ?前にもこんなことが…)何か大切なことを思い出せそうなのに、どうしても思い出せない。
「では、子ども達はわたしについてきなさい」
村長さんはそう言うと、鳥居をくぐった。わたしたちも後に続く。

鳥居をくぐると、ぐわんと足元が揺れた。さっきまで聞こえていたパパたちの声も、風の音も、何も聞こえなくなった。村長さんの白い背中とうっすら見える鳥居以外、あたりは真っ暗だ。
「こ、怖い…」
さっちゃんがわたしの手をぎゅっと握る。わたしもしっかりと握り返して、ゆっくりと進む。
「さあ、お社様が開きますよ」
どこか嬉しそうな村長さんの声に合わせるように、社の扉がゆっくりと開き始めた。
「え…?」
その扉は左右への観音開きかと思っていたのだが、なんと上下に開いていく。そして、上下に白く鋭い物が見え始めた。
これは…歯だ。
社は口だけの化け物で、扉は唇のようなものだったのか。そして固まるわたしたちの前で、その奥から赤黒い舌がチョロチョロと揺れながら出てきた。それはゆっくりと、でも確実にこちらに伸びてくる。
わたしの頭の中に、ママの声が響いた。
「社が開いたら、首飾りは村長に」
わたしは夢中でさっちゃんの首飾りを外すと、村長さんに飛び付き、その頭に押し込んだ。
「お、お前は何を!!」
慌てて村長さんは首飾りを外そうとするが、きっちり填まってしまって外れない。お社の舌は白い花を目指して伸びていき、ぐるりと村長さんの頭に巻き付くと、そのままお社の中へ引きずり込んでいく。
「た、助け…」
お社の歯が閉まり、何かが砕ける音がした。真っ赤に染まった首飾りを残し、村長さんの体は見えなくなっていく。
突然、四年前のことを思い出した。わたしには、六歳年上の『さくらお姉ちゃん』がいたこと。お姉ちゃんと一緒にここへ来て、首飾りをかけられたお姉ちゃんは…。
その時、お社から苦しむようなうなり声が響いてきた。
「うおおおおおお…!!」
足元が揺れ、社がガタガタと震えている。汚い大人の体では毒が強かったのだろうか。とにかくここにいたら危ない!
「みんな、早く鳥居の外へ走って!」
誰かの声に、みんなハッとして走り出す。わたしもさっちゃんの手をしっかり握って、泣きながら必死で走った。歪んだ暗闇の中、微かに見える鳥居の方へ。

何とか子ども達全員が鳥居から走り出ると、そこにいたパパたちは呆然としていた。
「あれ…どうして俺たちはこんなところに居るんだ…?お前たちも、ここで何を…」
それでもグラグラと揺れる地面に、みんなハッとして自分の子ども達を庇うように抱える。
「怖い、怖いよー!」
「大丈夫、大丈夫だから」
あちこちで同じような声が聞こえる。10分ほど経っただろうか。やがて揺れはおさまり、みんなそろそろと頭を上げてお社の方を見た。

鳥居が崩れ落ちたそこには、真っ赤に染まった花の首飾りの残骸と、吐き出されたような白い服の一部と、赤黒い頭のような化け物が横たわっていた。そして頼りなくゆらゆら揺れる、たくさんの半透明の子ども達。男の子も女の子も、わたしよりも小さい子も大きい子もいた。みんな静かにこちらを見ている。パパ達から、悲鳴のような泣き声が聞こえてきた。
段々と薄れていく子ども達の中から一人、ゆっくりとわたしの方へ近付いてくる。さくらお姉ちゃんだ!
「ちいちゃん、よく頑張ったね」
お姉ちゃんは、優しく笑っている。薄れていく指先で、風のようにわたしの頭をそっと撫でると、そのまま他の子達と一緒に消えていった。
(完)


長くなりました。こちらに参加させていただきます!

慌ててしまったので、誤字脱字ありましたらご勘弁を。
小牧さん、いつも有難うございます。よろしくお願いします。
読んでくださった皆さん、有難うございました!

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