言葉を吟味するということ

最近句会が楽しくない。聞いたような句が並んでいる。しかも自身を振り返ると句作りも低調である。句が作れないのだ。
まず、感動するものがない。出会えない。
だから、取り合わせのもので俳句の形式で作る
そのため、何が言いたいのかわからない俳句になっている。

例えば、
 春北風や九階廊下逃げ場なし
まず、三段切れになっている。
九階の廊下って内廊下?外廊下?かわからない。内廊下なら春北風の意味が分からない。そもそも、何から逃げるのかわからない。
 春北風や九階廊下に逃げ場なし
 春北風の九階廊下は逃げ場なし
 春北風にぶつかる九階外廊下

そんなことをいろいろ考えていたら俳人協会賞の発表があった。句集から選ばれていて、自薦15句が紹介されている。そこではたと今頃気が付いたことがある。
一読して即理解したのだが、これらの句はどの言葉でなければならないかということが吟味されて選ばれているということ。言い古された言い方をすれば、言葉を研ぎ澄ましているということ。そして、新しい発見がそこにあるということ。ものの言い方がこれでよいかということを推敲し、考えられた言葉だということ。
俳句は即吟が重要と言われている。その印象をどのように伝えるか、そのためにどのように言葉を選ぶか。つまりは句づくりにどれだけ真摯に向かえるか。改めて考えてしまったことだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?