露出狂に絡まれた話
※2月の出来事です
駅の近くを散歩していたところ、向こうの方で長いコートを着た男性がキョロキョロしているのを見つけた。
私は勝手なイメージで「あいつ絶対露出狂やん」と思っていたのだが、近づいてみて違うということが分かった。コートの間から、白いシャツのようなものが覗いていたのだ。
中は裸じゃなかったんだな、よかった。そりゃそうだよな、2月だもんな。
そう思いながら男性のいるほうへ歩いていくと、10メートルくらいまで近づいたところで男が手を動かした。
バッ! とコートを広げたのだ。
この時私は「しまった! 着ていたのはシャツだけで、下はフリチンだったか!? なぜちゃんと確認しなかったんだ! おバカ!」と過去の自分を責めた。
が、そんな心配は杞憂に終わった。
ちゃんと上下着ていたのだ。なんだこいつ。何がしたいんだ?
そう思いながらその男の服をよく見てみると、文字が書いてあることに気がついた。
『物忘れ
ふせぐクスリを
飲み忘れ 』
縦向きでそう書いてあった。
私は男を無視し、そのまま立ち去ろうとした。
しかし、男は私の前に回り込み、もう1度コートを『バッ!』とやってみせた。
いや、見えてるよ。見えててこの反応なんだよ。
目の前で「見て見て」という顔をしているおっさんに私は
「恥ずかしくないんか!!!!!! 人のオモロを着て見せびらかしてんじゃねぇよ!!!!!!! 死ね!!!!!!」
と怒鳴ってやりたがったが、どう考えてもこの男が狂っていない可能性が限りなく0に近くてとても怖かったので、私は走って逃げた。
けど男は追いかけてきた。
運悪くスクランブル交差点で止められ、逃げ場のない状況となった。
向こうの歩行者信号を必死に凝視していると、さっきのおっさんがまた前に回り込んで見せてきた。
私は頭が真っ白になった。
「⋯⋯風、すごいですね。寒いですね」
なんとか絞り出した言葉がこれだった。
だって2月で風強くてめっちゃ寒いのにコート広げてTシャツ見せてくんのよ? 絶対寒いじゃん。
「ね! 寒いね!」
おっさんはCMに出られそうな良い笑顔を見せてそう言った。怖いよ。
「これ、面白くない?」
普通ならここで「面白いです」と答えればいいのだろうが、私はどうしてもそれだけは言いたくなかった。
面白いのはこの男ではない。この文章を考えた人間なのだ。こいつはただそれを着ているだけで、1ミリも面白くない。なのにこんなに追いかけてきて3回も見せてきて、本当の本当に死ぬべきだと思った。
なので私は勇気を出して言った。
「面白くないです」
「ええーっ! 面白くない!? 具体的にどこが?」
面白くない時にそれ聞かれたことないぞ。
「面白いですよ。その川柳は」
返事に困ったので、本心を伝えてみた。
「よかったぁ! ありがとう!」
「あの、川柳が面白いだけで、それを着ててもあんまりウケないと思うんですけど⋯⋯」
アホみたいに喜んでたからつい言ってしまった。
「これ僕が考えたんだよ!」
「あ、そうなんですか?」
「うん!」
なんかごめんなさい。
でも、それを見せびらかすのって違うと思うんだ。
バッ! ってやるんじゃなくて、元々コートを広げておいて、自然に通行人の目に入るようにすればいいと思うんだ。
あと、「面白い?」って聞くのも良くないと思うんだ。
確かに私も面白いのが書けた時は人にゴリ押しして勧めちゃうことあるけど、あれも良くないと思ってる。ごめんなさい。
でもよく考えたらOKな気がしてきた。
だってさ、家族や恋人や友達に料理を振舞った時とかさ、「美味しい?」って聞くじゃん。
自分で作った自信作の川柳Tシャツを「面白い?」って聞くのと何が違うんだ?
あ、でも私は通行人に無理やり食わせて「美味しい?」なんて聞かないな。小説をオススメするのも仲のいい人にしかやらないし。
やっぱこいつおかしいわ。
うん、おかしい。
よく考えたら露出ってなにも性器とは限らないよね。コートの中から川柳Tシャツが出てきたらビックリするもん。普通に露出狂じゃん。通報したればよかったな。
次会ったらビー玉サイズになるまで殴ってやるからな。
※追記
あれから調べたんですけど、やっぱりあのおっさんは作者じゃなさそうです。他に着てる人もいたので。
よく考えたらそもそもあんなのが川柳詠めるわけない。
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