見出し画像

とある勇者の話・SS1

第六猟兵( https://tw6.jp/main )の二次創作です。

世界観はふわふわ。


●これは、のちに一部の冒険者たちからアックス&ウィザーズと呼ばれる世界の、昔々の話

【1】

「カナカナ、これでお前も一人前のフェアリーだ」
 これを、と。そう言った長老さまが、あたしにリュートを渡してくる。――受け取ったこの真新しいリュートの造りにびっくりした。すっごく手に馴染む。
 硬めの、たぶん木はローズウッドなんだろうけど、丁寧に削られたのか滑らかな丸みを帯びている。
「基本的なペグの調整はもうしてあるが、より自身の楽器となるよう手入れを怠らないようにな」
「ありがとう、長老さま」
 新しいリュートはまだ元の樹の魔力を帯びている。相棒となったこのリュートは、これから少しずつあたしの魔力で染めていくのだ。透かし彫りのロゼッタはまだまっさらだ。どんな色に染まっていくんだろう。楽しみだな。
「カナカナは旅の準備はしているのか?」
 リュートを撫でていたら長老さまが訊いてくる。
「いつでも旅立てるようにしているよ。でも二、三日後に出発しようかなって、今決めた」
 あたしの言葉に、そうか、と長老さまは好々爺な頷きを返してくれた。
 ずっと里に留まるフェアリーもいるけれど、冒険を助ける「旅の導き手」となるために旅へ出るフェアリーもたくさんいる。あたしたちは大きなヒトたちよりも魔力が高いから、色んな場面で「助け」となれるみたい。
 ドワーフが魔法武器を造る時の魔力補助とかね。
 冒険の導き手……は、実際やってみないと分からないことが多いらしいけど……このリュートと一緒に、誰かの助けになれたらいいなって思ってる。
 もう一回お礼を言って、長老さまの家を出た。オーキな樹の洞を利用している、トネリコの里。里の名は自分の名前の後に付けるもので、あたしが里を出たら「カナカナ・オーキ・トネリコ」と名乗ることになる。
「あっ、カナカナ! それが貰い受けた魔法のリュート?」
「うん」
 翅を動かして帰路についていると、前方から友達のニーカが声を掛けてきた。
 一人前になると、一人前の物を貰う風習だ。ニーカも先日に一人前となっていて、魔法の如雨露を貰っていた。とても魔力が高いニーカは行き先がもう決まっている。聖都に行って、聖なる樹のお世話をするのだ。
 近付いてきて分かったけど、ニーカの瞳は潤んでいた。
「ねえ、カナカナは色んなところへ行くんでしょう? いつか、私が住むことになる聖都にも遊びに来てね」
「ん、絶対遊びに行くね。旅の思い出話とか、お土産とか、たっくさん持ってくるよ!」
「音楽も忘れちゃだめよ?」
「うん! ニーカの聴いたことのない音楽、たっくさん覚えるから。楽しみにしてて」
「あと里の音色も聴かせてね」
 どんどんと、言葉や想いが募っていく。生まれ育った里を離れるのは不安……あたしも「楽しみ」の裏にいっつも「不安」がくっついている。
 ニーカの手を引いて、空を飛んだ。
 オーキな樹のてっぺん近くにくるとさらさらと風に揺れる葉の音に満ちている。今日はちょっと風が強いね。空き巣となったカラットクンの巣に入って、風を避ける。ここはあたしたちフェアリーの秘密基地の一つだ。
「あのね、ニーカ。あたし明後日には旅立つよ」
「……」
「まだ新しいリュートは、魔力を注いでいないの。これからちょっとずつ音が変わっていくのね。だから、あたしの始まりの音を聴いて欲しいな」
 まだ自分では調整していないペグを回す。指先へ僅かに力をこめるだけで少し回る。うん、良い調子。弦の素材によっても音は変化する。
 一つの音を爪弾けば、まだ感じが硬い。それでも独特な柔らかい温かみのある音色が出て、気持ちよく奏でることができた。
 師匠がおひさまの下でよく奏でる、里の音楽。
 指を流し、川のせせらぎを。ティンと弾けば水面の輝き。軽やかな音を連ねれば、里のみんなが水を弾き草地を跳ねて空舞う音楽に。
 そのうち曲に合わせてニーカのアルトが声紡がれて、あっという間に二人の音楽会だ。
 あたしたちの楽しい気持ちが魔力となってリュートに注がれる。ロゼッタがほんのりと色付いた。
 フェアリーの歌声も、楽器も、音の大きさは大きなヒトのものには負けるけど、こうやって魔力を注いで奏でれば遜色ないものとなる。
 魔力の扱いに長けた者なら、違う世界が視えるかもしれない。
 精霊使いなら、軽重哀楽を表現する彼らを感じることができるかもしれない。
 光に影に、生きるものたちへ浸透する魔力を注ぐ――フェアリーは誰かの助けになる――それが里に伝う、指南。

「はー、歌ったー! 喉枯れるー!」
「あたしも指いたい~」
 カラットクンの巣に残ってた羽根を枕に寝転がって、青い空を眺めた。
 流れてゆく白い雲は、その空が続く限り旅してる。
 この空のどこかに何だか怪しい大陸が浮かんでるって、旅してる冒険者から聞いた。だからニーカは聖都に呼ばれたし、あたしも誰かが紡ぐ力の助けになれたらって里を離れることになった。
「会いに行くね」
 呟けば、うん、と空に溶けるような小さな声が返ってくる。

 ――ずっとずっと後に思ったことがある。
『群竜大陸』に向かった皆は――あたしたちは勇者と呼ばれたけれど、大地に留まって守り続けた者も、耐えた者も、きっと『勇者』だよね、って。

 こうやって手を繋いで、心も繋いで、共に生きていくのだから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?