東広島市は、「異世界人保護特区」

 あたしの名前は、広瀬葵大学生だ。今日は、夏休みを利用して、生まれ故郷の町 東広島市に帰省する為に電車で移動中なんだ。ある理由から地元には帰りたくないんだけど、お母さんが、しつこく帰ってこいって言うから仕方なく地元に向かってるんだ。はあ。

ちなみに、あたしの生まれ故郷の町東広島市は、広島県の中央部に位置する街だ。 広島市みたいに大きくもないし、尾道市のように、映画やアニメの聖地になるような名所もなかったし。そりゃ、東広島市の中心地である西条町(さいじょうちょう)は、京都の伏見や兵庫の灘と並ぶ酒どころとして有名だし、安芸津町(あきつちょう)のじゃがいもとか牡蠣とかも美味しいけどね。
でも、特別有名って訳じゃないしな。
 人口だって、20万人に満たない。ごくありふれた、地方都市だったんだけどねぇ。ある現象が起きるまでは……
 乗ってる電車の風景が、どんどん見慣れた懐かしい風景に変わっていく。車内のアナウンスが、次の駅を告げた。あたしは、ため息をついて、網棚からキャリーケースを卸すと、出入口に向かった。

夏の日差しが降り注ぐなかあたしは、西条駅に降り立った。

「あっつい」

冷房の効いた電車から、最高気温三十五度を超える中に出てきたから、そんな文句が出てきてしまう。
改札を目指して階段を登ってると、汗が吹き出てくる。
改札の手前で、手にしていたキャリーケースを下ろして、ハンカチで汗を拭いた。 
 あたしは汗を拭きながら、自分の目の前を通り過ぎっていった人達を見て、ぎょっとする。

ゲームや漫画に出てきそうなエルフや黒いローブを纏った魔法使いみたいな人が通っていった。

あたし以外に驚いたような顔をした人がいた。けれど、大半の人は、ごく当たり前のように普通にしてる。



この近くで、コミケみたいなイベントがあれば気合いの入ったコスプレイヤーにしか見えないだろう。

 さっきも説明したけど、自然が多く残る地方都市。ありふれた田舎だ。そんなイベントとは、無縁である。

 それに彼らは、コスプレイヤーなんかではない。異世界人だ。

信じられないかもしれないけど、この町には、多くの異世界人が住んでいる。

ここは日本で、いや世界で唯一の「異世界人保護特区」なんだ。



 この東広島市が、異世界人保護特区になったのは、二年前、あたしが大学に入ってすぐの事だった。

 何が原因かわからないけど、ある日突然、異世界人が現れた。

最初は、ミラクル王国という国の王様とお姫様、それと魔王を倒した勇者さまご一行それに、大臣とかお城を守る衛兵とかメイドさんとか、数十人くらいの人達が現れた。

 それだけでも十分前代未聞な出来事なんだけど、ミラクル王国の人達がやってきた翌日以降も、別な世界から、なんとか王国の王様や王子様あるいは、冒険者をやってる剣士だったり、魔法使いだったり色々な身分や職業の人がどんどん東広島市へととばされてきた。気がつけば、この世界へ転移した人達の人数は、数百人を超え、おまけに彼らを送り返す術もないときた。



 こうなると大変なのは行政だ。

彼らの衣食住に関する事は、もちろんの事。日本で彼らが生活をする為の糧を得る方法などを考えなければいけない。

また日本の文化や法律など、日本で生活する上で必要な知識を教えるなど、問題は山積していた。



 東広島市の行政関係者は、政府関係者と話し合いを連日繰り広げた結果一つの答えに到達した。




この市を異世界人保護特区にする事だ。






異世界人が、転移してくるという現象は、日本中いや世界中を探してもこの町でしか確認されてない。

だからこの町で、異世界人を保護し生活させようという事なんだ。



 ただ色々と、待遇面の中で色々と苦労したのが、彼らが生活の糧を得る方法。つまりは就業面。それから彼らが持つスキル。例えば、魔法だったり、騎士が使う剣術など使い方によっては、多くの人を殺傷出来るという側面を持っている。これらを使って己の職業にしてるという人も多数いる。これらのスキルを利用する事については、町の行政関係者と政府関係者を大いに悩ませた。


 そこで、政府は、彼らの持つスキルの使用を制限つきで使用する事を許可した。異世界人が町で生活をスムーズに送る為に。


最初ニュースでその案を聞いた時は、ぶっ飛んだ迷案だなと思ったもんだけど、あたしが迷案だと思ったこの案は、ぶっ飛んだ名案へとなったのだ。



魔法使いには、人を殺傷しない事を前提に魔法の使用が許可された。


医療魔法を得意とする魔法使いは、病院に就職したり、ある映画に影響を受けた魔法使いは、宅配業者に就職し、ホウキを使用しての配送に精を出している。

時間指定のある物の配達は、時間ぴったりに物が届くとかで評判らしい。


 県警のトップは騎士に帯剣した姿で、町を歩くだけで、犯罪の抑止力になるのでは?と考え、町の警察官として採用した。


 実際効果は、抜群だったみたいで、町の治安は、格段によくなったそうな。


 ミラクル王国をはじめとするなんとか王国の王様や王子様お姫様など、王族の方かだには、為政者のスキルを生かして、町の行政のアドバイスを行っているらしい。


とまあこんな感じで、異世界人がこの町の日常に馴染んでいったのは、言うまでもないことだ。




だけど、あたしは騎士が帯剣して町を闊歩してたり、普通に魔法使いが、空を飛んでるという光景を見たくなくて、今まで地元には、帰ってなかったけど、たまには帰って来なさいと、お母さんにしつこく言われてしぶしぶ帰省したとこだ。





駅から、お母さんの運転する車で、実家へ向かう。

 町の中には、さっき見た人達と同じような人が、ちらほらいる。駅前の交番には、帯剣したお巡りさんがいる。ただし警官の制服じゃなくて、三銃士みたいな格好で立ってるんだ。腕には警察のマークが入った腕章着けてるけど。



 空を見上げたら、大手宅配業者のユニフォームに身を包んだ魔法使いが、空飛んでるし。目の前の光景がファンタジー過ぎて、これが現実なのかさえ、怪しくなる。




 駅から暫く走っていくと、住宅街から田園風景が広がってる地域に出た。

左手には、この地域特有の赤茶色の瓦屋根の住宅が点在してる。

 右手には、ヨーロッパ風の住宅が並んでいる。住宅の周りには、田んぼや大型スーパー、ホームセンターなんか見える。



ヨーロッパ風の建物は、異世界人の要望で建てられた住居なんだ。








「 なんか違和感バリバリなんだけど。日本の田舎に、ヨーロッパ風の建物」

「 えっ、そお? このへん、今人気のスポットなのよ。若い人が写真撮って、SNSにアップしてるみたいよ」




そりゃそうだろう! こんな面白い風景をSNSにアップしたくなるだろうよ。

実際、友達から連れていけって言う人が何人かいたけど、丁重にお断りした。


 あたしが、そんな事を考えていたら、車は、山沿いにある住宅団地の入り口に入って行く。


 住宅団地の中は、ごく普通の戸建て住宅が並んでいて、先程までの非日常な風景から、解放されて、あたしは、ホッとする。




 実家に着くと、自分の部屋で荷物の整理をしていると、階下から、お母さんが呼んでくる。





「 葵ー。おばあちゃんが、水羊羹買ってきてくれたから、お茶にしましょう」

「 水羊羹! すぐ行く」





あたしは、久しぶりに大好きな水羊羹が食べれると聞いて、すぐに、部屋を飛び出した。

一階のリビングに行くと、地元の老舗和菓子のお店の水羊羹が用意されていた。



「 ふふ。おいしそう、いただきまーす」



あたしは、水羊羹を口にした瞬間違和感に気付いた。





「 なんか食感が変なんだけど」








プルプルというかポヨポヨしてるというか、明らかに、食べ慣れた水羊羹の食感じゃない。

嫌な予感がしたあたしは、テーブルの真ん中に置かれたままのパッケージを見て、水羊羹を吐き出しそうになる。


原材料にスライムって書いてあるし、スライムって、あのスライムかよ!



目の前のおばあちゃんに聞いてみた。





「 ねぇ、この水羊羹の材料さあ、スライムって本当?」

「 本当だよ。 異世界から人だけじゃなくて、モンスターって言うのかい。それまで、現れてさ、まあ、魔法使いの人とかが、退治してくれるから、大丈夫なんだけどね。 ただ、倒したモンスターの処理に困ってね。なんか利用方法は、ないかって話になってね。それで、東広島大学が、モンスターに詳しい人を雇って、モンスターを利用した商品開発に乗り出したのさ。この水羊羹もそうなんだ」

「 へー」



東広島市の郊外には、東広島大学がある。産学連携とかで、色々研究したり、商品開発してるのは、知ってたさ。


その大学で、モンスターを使って商品開発。

あり得ない。スライムを食べ物にするとか考えつくなんて、普通は、思い付かないでしょ。

原材料が、スライムと知ってから、水羊羹は、食べる気は失せてたんだけど、買ってきてくれたおばあちゃんか、目の前にいる以上食べない訳にいかないから、全部食べた。


水羊羹を食べた後、あたしは、非日常な光景をこれ以上見たくなくて、自分の部屋でスマホの無料通話アプリで友達とやり取りしたり、SNSをチェックしたりして、過ごした。




 19時前になる頃、階下から、お母さんが夕食だから、降りて来なさいと呼んできた。




「 久しぶりに、お母さんの手作りご飯楽しみって、なんなのよ。これはー」




テーブルに並べられた、料理を見てあたしはさけぶ。


 お母さん手作りの肉じゃがや味噌汁に、ホカホカのご飯という和食を期待していたあたしは、泣きたい気分だ。




だって、モンスターを使った料理なんだよ!

 

 手足の生えたキノコと玉ねぎの炒め物に、牙の生えた花のサラダ。極めつけは、毒々しい紫の色のスープ。スープからは、なんかのしっぽらしき物がはみ出てる。

うぇ。これを食べろと言うのか。




「 これね。お向かいのりドルさんがね。山にモンスターを狩りに行ったら、沢山捕れ過ぎたからって、お裾分けしてくれたのよ」

「 へー、リドルさんには、いつももらってばかりだな。何か、お礼しないとな」

「 そうね」



おい、まるで、野菜をお裾分けしてもらったみたいに、会話するなよ。お父さんとお母さん。

あたしは心の中で、ツッコミを入れながら、席についた。この両親は、こんな非常識な料理を平然と食べてるのか。

あたしは、拒否したいんだけど、今のところ味方いない。

「ごめんね。つい話しこんじゃった」

そう言いながら、おばあちゃんがダイニングにやってきた。そうだ、おばあちゃんならこんな料理を見たら、嫌な顔するハズだ。

おばあちゃんに、そんな期待をした。

期待は、あっさりと裏切られた。




「 あらまあ、キノコモドキの炒め物があるじゃない。これ、美味しいのよね。」



えっおばあちゃん、この非常識な料理を食べるの?

おばあちゃんは、あたしの心の呟きを知る訳なく、キノコモドキとか言うモンスターの炒め物を大皿から、取り皿に取って食べてるし。




「 葵。見た目はともかく、美味しいから食べなさい」

「うん」
あたしは覚悟を決めて、おかずに手を伸ばした。
なるべく見ないようにしながら、食べた。お腹を満たすという目的のみ果たせればいいのだ。
あたしはそう思い、義務的に咀嚼して飲み込むという作業を繰り返した。
明日、朝早く家を出よう。友達にバイト代わってくれと頼まれた事にして。
 あたしは、やっぱりこの町にはいられない。あたしはごく普通の生活がしたい。非日常な光景。非常識な食べ物が平然と出てくる実家。

 あたしが好きだった町は、もうどこにも存在しないのだ。
 今日を最後に二度とこの町には戻らない。さらば、愛しの我が生まれ故郷。

 あたしは固くそう決心し、両親に急遽友達にバイト代わってほしいと頼まれたと言って、朝早く家を出る旨を伝えた。

 両親は、残念そうな顔をしてたけど、あたしの普通の日常を守る為なら、嘘でもなんでもつくわよ。

 翌朝、あたしは呼んだタクシーで、駅まで向かい始発の電車で、一人暮らししてる町まで帰った。         けれど、ある事がきっかけで東広島市に帰る羽目になるのは別の話。









#創作大賞2023

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