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「調子が良い」のありがたさ

昨日から調子が良い。
こんな風に調子が良いのは、一か月以上なかったことだ。

去年のクリスマス頃から調子を崩し、「死にたい気持ち」でいっぱいになっていた。
いつパニックに陥るかわからないほど精神が張り詰めていて、身体の内側から何かが溢れ出しそうな恐怖感が絶えずあった。

いや、「溢れ出しそう」というよりも、身体が裂けて内側から何かが噴き出しそうな感覚と言ったほうが、実感には即している。
簡単に一言でいえば、「いっぱいいっぱい」だったのだ。

そんな風に、常に「いっぱいいっぱい」だったから、ちょっとした負担がかかっただけでパニックになってしまう。
そして、いつ来るかわからないパニックに怯えて、ビクビクしながら過ごしていたわけだ。

そんなわけで、とにかく苦しくて「もうこれ以上、生きていたくない」とさえ思ったほどだったが、ようやくメンタルが上向いてきたようだ。
常に「いっぱいいっぱい」だった頭と心に、少しだけ余裕ができてきた気がする。

この10日ほど、生活改善のために色々実践していることがあり(それらについてはまた別な機会に書く)、そういったことの効果が出始めたのかもしれない。

実際、何かあったとしても、すぐさまパニックにはならなくなった。
頭が割れそうだったり、胸が裂けそうだったする感覚が弱まり、心穏やかに過ごすことができている。

昨日なんて、職場の同僚と話していて、笑うことができた。
話の途中でお互いに冗談を言い合うような感じになり、自然と笑顔になれたのだ。

冗談を言うことも、笑うことも、少し前の自分なら考えられないことだった。
「死にたい」と言いたい気持ちをぐっと飲みこんで、ただただ我慢するように生きていたので、とても冗談を言って笑う余裕なんてなかったのだ。

仕事からの帰り道にも、不意にその冗談を言い合った時のことが思い出されて、温かい気持ちになることができた。
そして、「ああ、今日は良い一日だったな」と思った。

「調子が良い」ということは本当に素晴らしいことだ。
「何事もなく、穏やかに過ごせる」というだけのことが、今の私にはとても嬉しいのだ。

別に「大きな夢」なんか叶わなくていい。
ただ、こんな「穏やかな一日」を積み重ねていけたなら、私にはそれで十分だ。

とは言え、「安定している」のもまだ昨日からのことだから、またいつ調子を崩してしまうかわからない。
今は、一日一日着実に、「安定して過ごせた日」を積み重ねていきたい。