珈琲

珈琲関係③

「フェミニストって言葉、マスターは知ってますか?」
「ごめんなさい、知らないです」
「簡単に言うと、政治活動の参加を主張する女性のこと言います。まあ、昔の話しですけど」
「今はどうなんですか?」
「今では性差別や、社会的差別など。平等な権利をもたらすよう働きかけたり、そういった思想を持つ人のことを指すみたいです」
「ニュースとかで聞いたことがあります。それを題材にした映画もありますよね」
「海外ではその運動や思想が受け入れられやすい感じなんですけど、日本ではそうでもないらしいんです。厳密に言えば、よく思わない人もいるっていうところなんですけど」
「青柳さんはどう思ってるんですか?」
「私は賛成です。賛成というか、女性が生活しやすい環境が整ってほしいなって思います。まだまだその道のりは遠いですけどね」
「じゃあ、フェニミズムを広めていく方法とか。こうなってほしいっていう理想とかあるんですか?」
「そもそもなんですけど、私、フェミニズムっていうのを誤解してたんです。バカな女性が堅苦しい理屈を並べて、女性のほうが偉いぞってアピールをする。いわばフェミニストっていう肩書きを言い訳に、自分は女性としての人権を確立させたい、男性と対等になれるくらいの評価が欲しいと働きかける自己満足でただ共感を得たい人のことだと思ってました」
「今のところ、すごく言葉が悪いですけど」
「続きを聞いてくださいよ。それは誤解だったんですって」
「ならいいですけど」
「女性は常に誰かと比較されて、消費されて、あとは落ちていく一方。自分の扱いは不平等だってずっと考えちゃう時期が私にもあって、周りと比べて自分はあの人より優れているとか劣っているとか自己採点をして。何の意味もないのに周囲の人たちのとのランク付けをしてました」
「何か嫌なことでもあったんですか?」
「自分の表現や目線が周囲の人たちと違ってたみたいで、先生や親から『何で普通にできないの?』って怒られる毎日で。何が違うのかわからないし、でも周囲から浮いている存在であったこともわかっていたし。女性としての扱いに腹が立つこともあって、平等じゃないというか、小バカにされている感じが嫌で。女の子たちってよく周りの女の子同士で群れて行動をしてるじゃないですか。なのに、その仲良しグループの中で上下関係みたいのがあって、優劣をつけては自分のことをよく見せたいとか、色気づきたいとか、他人の目を気にしていて。そうしたくなるのも分かるけど、やっぱり抵抗があって。自分は他の女の子たちは違った生き方をするんだって目線になってから、見下すようになってました」
「思春期なら、誰でもあることだと思いますよ。青柳さんだけがそうじゃないはずです」
「女の子の友情があることも知ってます。でも、周囲の女の子たちといても自分のやりたいことはできないし、もっと自分の意志を自由に広げていくことが大事だよなって思うところもあって。で、そう考えているうちに疲れちゃって。高校2年生の時、3週間ほど不登校になったんです」
彼女の告白に、何も言葉が出てこなかった。
「ああ、でも大丈夫ですよ。それもこれも友達のおかげで立ち直ることができました」
「よかったです」
「その友達に『由美らしく生活することがいいんじゃないかな。同姓の嫌な部分によく気づいて引いた目線で見て、少し達観しちゃうところとか、こうじゃなきゃいけないっていうのが嫌いなところとか。そういう自分らしく生きられる社会とか環境について考える人たちをフェミニズムっていうみたいだよ』って言われました。その一言で最初は喧嘩になりましたけどね。自分が異端であるみたいに聞こえて。でも、自分が理解しないままにするのは良くないって思って調べてみて。友達の言いたいことがよくわかりました」
「いいお友達を持ってよかったですね」
「友達が言いたかったのは、自分の役割や立ち位置をしっかりと見据えて、適切な言葉で自分の主張を述べてほしいってことだったんじゃないかなって思います。それに能力のある人は自分より下を見て満足するんじゃなくて、常に自分より上の人を見て成長しているなって、気づかされたんです」
「ふー」と一息ついた彼女は話しを続けた。

「フェミニストの見方は世の中でも少しずつ変わってるみたいです。男性支配的な文化を批判するんじゃなくて、両性から支持され、かつ平等である世界を目指していく。派閥とか固定概念を無くして、女性だけではなく男性でも考えられるようになってもらう。それに、今ではフェミニストの見方も少しずつ変わりました。女性だけに注目する言葉でしたが、男性にも当てはまる主張でもあるんです。男性は家事をやらずに外に出て仕事をするものだっていう考え方がありますよね」
「昔からの風潮と言いますか」
「外で働いている男性は日々ストレスを感じ、疲労が溜まっていろんな病気を抱えたりもします。ニュースでもよく目にしますよね。その苦しみに耐えながら働いている男性はたくさんいると思います。どうしてそこまでして働かなきゃいけないのか、マスターわかりますか?」
「生活のためとか、外で働くことが男性としての役割みたいな固定概念から来るんですかね」
「その通りです。マスター、初めて私の質問に正解したじゃん」
「どう反応すればいいのでしょう。素直に喜べないのですが」
「じゃあ、素直に喜んでください」
「ありがとうございます」
「男性もいつかは周囲からの重圧、社会的な固定概念に押しつぶされて、仕事ができなくなってしまうまでボロボロになるんです。そうなるまで親友や同僚、家族にまで相談ができないっていう人も少なくありません。そういう悩みを抱えている人はたくさんいると思います。だから、女性のフェミニズムが広まることは男性のフェミニズムの運動にも繋がるんです」
「それもこれも、長い年月がかかるのでしょう」
「そうですね。この思想に正解はないですけど、同じ目線になってよりよい生活が送れるよう、実現化に向けて声を上げていくっていう考え方が少しずつ広まってるみたいです」
「男女平等ではなく、各々が自由を尊重し合える環境を作っていくということですね」
「平たく言えばそんな感じです。難しいことではありますけど、人を変えられるのは人しかいません。だから、女性が男性が自由に対等に過ごせるように、その時代に合った法律や文化や固定概念を作り上げていくこと。その環境を守っていくことに賛同してくれる人が少しずつ増えていけば、世界も少しは変わるんじゃないかなと思います」
「あの、私から一つ聞いてもいいですか?」
「おっ、マスターから質問するなんて珍しいですね。この話題をするまで嫌そうな顔してたくせに」
「なんでバレてるんですか」
「マスターは顔に出やすい人ですから」
「ちょっと、そこを見破るのは本当に勘弁してください」
「フフフ、私はちゃんと見てるのですぐわかりますよ。で、質問ってなんですか?」
「そうなってくると“普通の女性”ってなんでしょうね」
彼女は右手で顎をさすって、次に話すことを考え始めた。
「うーん、例えばですけど、家事や料理ができない女性を女性らしくないっていう人がいるじゃないですか」
「いますね」
「その固定概念が世の中の普通だと思ってる。それっておかしくないですか。苦手な人はごまんといるのに、それができないとバカにされる。日本人って、すぐに自分の考えを押し付けてくる感じがして嫌いです。自分らしく生きていることに難癖つけて批判して。排他的な人というか、周囲と違う人がいると徹底的に叩いてくるというか」
「人間できることよりできないことのほうが多いですし、それが悪い事だなんて私は思わないです」
「マスターは心が広いからね」
「仕方ないなって思っちゃいます。でも度が過ぎている場合は、指摘するかもしれません…」
「今の人たちは大した理由もないのに、『無理だわ』っていう一言で片付けて。その人のことを何も理解しようとしないんです。逆に家事のできる男性はいちゃ悪いんですかね。さっきの話しに戻りますけど、仕事をするのは男性の義務だっていうのも、見方を変えれば男女差別ですからね」
「いろいろと難しいですね…」
「なんかこう、自分がこうしなきゃいけないっていうのが腹立つというか。何も知らないくせに何で自分はここまで言われなきゃならないんだって思います。誰だって意思を持っているんだから、その人らしく生きていける世界にしたいですよね」

 話したい事を言い切ったのか、一服するためにコーヒーを一口飲む彼女だったが、何やら不服そうな顔をしている。
「マスター」
「どうかしました?」
「コーヒー冷めちゃった」
「青柳さんの話しが長いんですよ。それに“普通の女性”の答えもよくわからないままですし」
「要は、女をなめるなよって話しです」
「全然答えになっていないのですが…」
「そもそも『普通って何?』っていう曖昧な質問してくるマスターが悪いんですよ」
「私のせいですか」
「そうですよ」
「・・・」
「嘘です。ちゃんとした答えを出さなかった私が悪いですね」
「コーヒー、もう一杯出しましょうか?」
「いや、今日はこの辺でいいかな。というか、まだ話し聞きたいですか?」
「お客様が来るかなって思っていたのですが…、今日はなかなか来ないですね」
「残念ですけど、もうネタ切れです」
「そうですか」
「マスター、残念そうにしてる」
「とてもためになる話しを聞きました」
「半分はその気持ちだけど、半分は解放されてよかったって顔してます。でもまあ、喫茶店で話すような内容ではないですよね」
「いえいえ。青柳さんなりの考え方を聞くことができて良かったです」
「ほんとですか?」
「もちろん。私は嘘をついたことなんてないですよ」
「じゃあ、信用しますけど…フフフ」
「何が可笑しいんですか?」
「いや、なんかこれだけ年が離れてると、お父さんと話してるのと同じなんだなって思うと…フフッ」
「なんですか、年齢イジりですか」
「だって、お父さんと同じ年代の人とこんなこと話してる自分が可笑しくて、あははは」
私がムキになって質問をすると、彼女は手を叩きながら笑った。
「そうやってバカにする人は出禁にしますよ」
「ふん、やれるもんならやってみなさいって感じです」
「わかりました。今度から青柳さんが頼むコーヒーはプラス100円で出しますから」
「私の話しが面白いから、特典としてさらに良い豆を使ったコーヒーを出してくれるってことですね」
「違いますよ!どうしてそうなるんですか…」
「嫌がらせする男性は女子から嫌われちゃいますよ?」
「ほんと口だけは達者ですよね」
「あっ、嫌がらせする男性で思い出したんですけど、わざと女子が嫌がるようなことする人いるじゃないですか、あれって」
「やっぱり今日はもう結構です。続きはまた今度聞きます」
「なーんだ、マスターのケチ」
「はいはい、ケチでもなんでもいいですよ」
「じゃあ、お会計」
「324円になります」
「はい330円で」
お釣りもらった彼女は手元に置いていた手帳とスマホを鞄にしまい、帰り仕度を始めた。
「またお話し聞いてくださいね」
「よくもまあそんなに話しが尽きないですよね」
「マスターが聞き上手なんですよ」
「ありがとうございます」
「まあ、たまに嫌そうな顔してますけど。あとケチだし」
「はい、また来てくださいね~」
喰い気味に話しを遮り、私は満面の笑みで彼女を送り出そうとした。これ以上話しを聞き続けると、この後、仕事する活力を奪われてしまう。
「はいはい、出ていきます。出て行けばいいんでしょ。次なんかもっと話し続けてやるんだから。じゃあね、マスター」
ふてくされながら、彼女は店をあとにした。
「はあー、疲れた」
腰を叩いて少し伸びをして、またため息が出た。だけど、心のどこかでほっとけない気持ちになってしまった。おそらく彼女との会話に、どこか懐かしいものがあったからだろう。
「何やってんだろう」

 それから1週間後。彼女は同じカウンター席に着いて、話しを始めたのであった。

                              ④に続く

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