しゃべるピアノ
鍵盤を弾く指先はバレエダンサーに似ている。鍵盤の上で指を踊らせながらそう思った。
「よぉアンタ」
いつも通り最後の音をトチったとき、声がした。
少年のような声だ。
「誰?」
「ピアノだ。他に誰かいるか?」
「いない」
なるほど。それじゃあピアノの声か。
それからピアノは私が弾くたび話しかけてきた。
「今日もうまいな」
「先週より上達してる」
「ずっとオレを弾いてくれよ」
「来週も待ってるぞ」
口調はぶっきらぼうでも言葉は優しかった。
ピアノはさまざまな音色で私を褒めた。
コンサート本番、私はいつも通り最後の音をトチった。社交辞令代わりの拍手をする観客を無感動に見ていると、いつもの声が聞こえた。
「今日もうまいな」
ピアノは私を褒める。今日はファの音で。
「ピアノはなんで私のこと褒めるの?」
「そりゃ……アンタのことが好きだからな」
「そう、私はピアノよりバレエが好き」
♭ミのため息。
初めて聴いた称賛以外の音に、私は少し感動した。
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