窓の向こう、もう夏が近いにも関わらず早めに夜の帳の落ちた暗い世界から、雨粒の叩きつける音がしていた。君が貸してくれた傘半分は、僕と君の体を雨から守るには小さすぎて、肩が冷たい。

 「お前今日の降水確率見てなかったの?」と、君が不機嫌そうな声で傘に入れてくれたのを思い出して、なんだか溜息が出た。


 君は、くだらないことでよく怒る。


 傘を忘れたら「天気予報見てないの」と怒る
 課題をしないでいけば「馬鹿じゃないの」と怒る
 お小遣いを使い果たせば「計画性がない」と怒る
 待ち合わせに遅刻をすれば「何やってたの」と怒る
 僕が死にたいと言ったら「笑えない冗談だ」と怒る

 全部くだらないと思う。
 僕がびしょ濡れになったって、僕が内申貰えずに露頭に迷ったって、お金がなくて飢えて死んだって、遅刻した挙句君に帰られたって、僕が、死んだって。君の人生にたいした変化はないような気がする。

 どうせ僕は君ではないし、君も僕ではないから。


 それでも


 君は怒りながら傘に入れてくれるし
 居残りが終わるまで待っていてくれるし
 買ったアイスは一口くれるし
 遅刻しても待っていてくれるし
 死にたくなくなるまでそばにいてくれる

 そういうことの繰り返しで、なんとなく。
 なんとなーく育ってしまった、このよくわからない感情の名前を知らない。
 家族には依存だと言われた。でも、僕は君がいなくてもきっと生きていけるから、依存ではないような気がする。

 ただ、君がいないと、寂しいだけで。




 窓を叩く雨音が強くなる。
 傘を忘れた僕のためにわざわざ遠回りをして家路につく羽目になった君は、もう家についたんだろうか。

 こんな雨じゃあ、あの小さな傘は君1人分の肩すら濡らすかもしれない。

 ざんざん降っている雨を見ようと思って窓を開けたら、吹き付けた風に乗った粒が僕の頬を濡らした。開けるんじゃなかった、と思いながら、君も濡れているのだろうか、とまたどうでもいいことを考えた。


 雨はどんどん強くなっていく。


 この雨の中を歩くのは可哀想だなと思いながら、でもこの雨を歩く君は僕と同じ雨を見ているのか、とよくわからない感慨が湧いては消える。
 君が、僕の見ているのと同じ雨の中で濡れている様を想像したら、ちょっと笑える。なんて、こんなことを言ったら多分また怒られてしまうんだろう。

 それでもいいと思う。
 他人に怒られるのは心底嫌いだけれど、君に怒られるのはまあ悪くないなと思う。

 君が僕のために怒るのは、君が僕のために時間を割くのは、なかなか悪くない。むしろ、最近はちょっと嬉しいとすら思う。

 相変わらず大人に怒られるのも同級生に詰られるのも好きになれないのに、他の人と君は、一体何が違うのだろう。

「わかんないな」

 呟いた声は雨音が呑み込んだ。

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