見出し画像

桜の時 第三話 遠距離

それからも三好とは電話やメールで頻繁に連絡を取るいわば、遠距離恋愛がスタートした。真理とくにちゃんは遠距離とは言え、京都と兵庫という関西での遠距離だ。電車で二時間もあれば会うことが出来る。私は真理を羨ましく思いながらも、高校生活を送っていた。三年生にもなると、普通科普通コースにも受験の波は押し寄せていた。ちょうど私たちが受験をする頃は、大学の進学を希望する人たちが多く、倍率も底上げされていた。私は推薦入試を受ける準備を始めていた。京都のD大学と東京のM大学を第一希望として、狙うつもりだった。もちろん、指定校推薦もあったが、基本的に指定校推薦は評定偏差値が高い人から選ばれていくため、そこも倍率が高かった。私は願書を書くのに一苦労しながらも地道に書いた。そして学校の授業以外に受験対策の補修を受けた後、図書室や美術室で勉強をした。真理も同じく勉強はしていたが、真理の場合は実務経験があるため、塾が毎日のようにあり、デッサンの練習を行う日々が続いた。そんなことをしていると夏休みが来てしまった。暑そうに階段を上って真理との待ち合わせ場所である図書室の前に行く。すると真理はもう到着して絵を描いていた。真理は私を見て手を挙げて手招きをする。
「頼子、勉強、順調?」
「まぁ~順調とはいかないけど、やるしかないし……」
と言いながら参考書がたくさん入ったリュックを床に置いて管理室の椅子に腰を掛けた。
「だよね、私もそう……でもくじけそうだよ。ライブにもいけないしね」
と落ち込んでいる。
「そうだよね……あんなに欲しかったCDも買えてない」
と言いながら図書室で勉強漬けだった。私たちは暑さに負けて、飲み物を買いに行く。この自販機にもいろいろな思い出があった。ここで三好を好きな佐伯さんに叩かれたことは一生忘れないだろう。そんなことを思い出しながら図書室の管理室に戻ると、安田先生が私たちを探していた。
「おぉ!いたいた」
「おはよう、安田っち!」
「おはようございます!」
と手を挙げると、安田先生は手招きをした。私たちは駆け足で管理室に入ると、机の上に大きなスイカが置いてあった。
「じゃん!一人じゃ食べきれないし、だからと言って職員室で分けるほどもないから三人で食べちゃおう」
と言う。私たちは二つ返事で笑った。スイカはよく冷えていて、ソッと包丁を入れるとシャクッといい音が聞こえた。
「おいしそう」
「実家でもらったんだけど食べきれないじゃん」
「まぁ~確かに」
と言いつつ、三人は口いっぱいに頬張る。
「いやぁ~!夏のスイカは最高だよ!」
「確かに!」
と三人は笑いながらハイタッチをした。そしてスイカを食べ終わると急いで片付けて証拠を隠滅した。
「美味しかったです。ごちそうさまでした」
と言う私たちに安田先生は煙草を片手にコーヒーを入れた。
「お前たち、結構勉強頑張ってるだろ。だから俺なりに何かしてやりたいわけよ」
と微笑む。安田先生の優しさに心打たれた。一年生の時から目をかけてくれて、あまり授業に身が入らない私にも積極的に数学を教えてくれた。それに三好を引き合わせてくれたのも先生のおかげだった。正直、先生には頭が上がらない。受験勉強をしている最中にも、勉強を教えてくれて今もお世話になっている途中だった。
「ありがとう!私たちは本当に頑張ってるよ~他の学生さんとはわけが違うの」
と冗談っぽく真理は言った。真理ももし安田先生と下手な少女漫画のような結果になっていたら、今頃ここには来ていないだろう。私はこのメンバーであるからこの学校にもいられたんだと思う。確かに私の行っていた中学校からも何人か、この高校に来ていたし、一緒にバレーボール部に所属していた子たちもいる。その子たちに何度もバレーボール部に入ろうと誘われたが断り、それで虐められそうになったこともある。だが、真理はそんな私にもずっと寄り添ってくれた。
「先生、私、志望校を決めて京都のD大学か東京のM大学を第一希望にした」
「そうか、どっちも偏差値は高いな。模試の結果は?」
「どちらもギリギリってところ。理系だしね」
「そうか、D大は先生も受けたが、人気高いから倍率も上がるだろう」
と言って私と先生は顔を曇らせた。
「だから、お願いがあります。私、どうしてもD大かM大に行きたい。それで先生に勉強を今よりも多く教えてほしい」
「分かった。協力はするし、いつでもここにいるから来な。でも数学は良しとしても問題は英語だな」
先生は私の成績を知っていた。私は苦手だった古典や漢文、生物は克服したものの英語だけが克服できていなかった。そうなんだよね……と落ち込んでいる私の肩を叩き、良い助っ人がいるじゃないか!と言い出した。
「えっ?誰?私も教えてほしいんだけど」
「うん、じゃああの人にお願いしてみよう!」
と言って立ち上がった。ついてくるように言われてきたのは職員室。職員室はあまり得意ではなく、私も真理も大人しくなった。すると安田先生は職員室に入っていき、誰かを連れてきたようだった。
「お待たせ!」
と言うと目の前に現われたのは、英語の非常勤講師の松本幸子先生、通称・さっちゃん。皆からさっちゃんと呼ばれていて、二十四歳と若いから揶揄われて、あまり授業になっていない。だから私や真理のような当てれば間違っていても答えてくれる子をよく当てている。そんなさっちゃんは美人で、可愛らしい愛嬌のある人だったから私たちはほっておけなくて声をかけるようになっていた。
「えっ?さっちゃん」
「松本先生にお願いがあります」
と安田先生は頭を下げた。急に呼ばれたさっちゃんはとてもびっくりしていた。
「な、なんですか?」
というさっちゃんに安田先生は実に優しく丁寧に説明をした。すると考えたのちに返事を返す。
「でも、この子たちは受験で、私が教えるよりも特進クラスを教えている前田先生や佐久間先生のほうがいいのではないでしょうか?」
と謙遜して答える。だが、前田先生も佐久間先生も私のような英語が苦手な人を相手にしていないのが嫌いで質問を最小限に抑えている節があった。それを安田先生にも伝えてはいたのだ。
「いや、前田先生や佐久間先生は割と生徒のことを見てなくて、出来れば松本先生にこの子たちをお願いしたい。もちろん、無理だったら……」
と言うとさっちゃんは私でよければと言って微笑んでくれた。私と真理はお礼を言ったが、一番喜んでいたのは安田先生だった。それからは図書館での強化勉強が始まった。数学の日と英語の日を分けて、どうしても来れない場合は、前日に連絡をすることになった。私はほぼ毎日のように特進クラスの特別授業があり、学校に来ていた。真理は毎日ではなかったが、美術の塾がないときは、一緒に授業を受けそのあとはさっちゃんや安田先生に勉強を教えてもらったりしていた。
 夏休みも明け、実力テストと模試が連続で行われることになった。私と真理はドキドキしていた。このテストでAランクまで成績を伸ばさないと後がない。今まで第二志望はAランクはそこそこあったが、第一志望はよく行けてBランク、しかもギリギリだった。実力テストはまずまずの結果だった。この結果だと上位には食い込めるだろう。模試はそうはいかない。全国から受けているこの模試でAランクを取るのは大変なことなのだ。そしてこの結果は直接、受験に直結する。
「頼子、私もう駄目かも」
「私もだよ……」
と弱気ながら模試を受ける。模試が終わるとまた勉強。ずっと終わりが見えなかった。
 テストもひと段落して、夏休み明けてすぐの金曜日の日、いつものように図書室の管理室で安田先生と勉強をしていた。
「渡辺、実力テストは完ぺきだったな」
「いや、そんなことないですよ。先生たちのおかげです!」
「英語もまずまずだった。本当によくやってるよ」
といつも以上に褒めてくる。何かの違和感を感じて私は
「先生、なんかあった?」
と聞いた。すると手を合わせてすまん!と言う。先生を問いただすと、明日の勉強会は休みにしてほしいというのだ。
「なんだ! そんなことか」
と一旦理解したが、ふと思うと明日はさっちゃんの英語の勉強の日だった。
「先生、別に先生がいなくても松本先生さえいてくれたら良いんだよ?」
と言うと少し困った顔をしてたじたじとしていた。私はすぐ察知した。私は目を細めて安田先生を見た。
「は、はーん。松本先生もお休みってわけね」
「はいはい!もう良いから。申し訳ないけど明日は自習!」
と照れ笑いしていた。私は笑いながら黙っておきますよ!とからかった。そして美術室で推薦入試に必要な課題のデッサンを行っている真理のところへ行く。真理の真剣な表情に少し声をかけるのを躊躇う。いつもは明るくおどけている真理も、おどけては居られなかったようだ。ちなみに真理も京都の美術大学の二校を第一志望にしていた。美大と言うものはあまりなく、京都はその中でも比較的多かった。確かに東京に行けばいくらでもあったが、偏差値も高く倍率も高い。京都も偏差値や倍率も高かったが、東京に比べれば行きやすい方だった。私はそっと近くの椅子に腰を掛けて待っていることにした。私は菱ぶりに本を開いた。三好は元気にしているだろうか……江國香織の本を見るとそう思う。すると携帯のバイブ音がなり、それに気づいた真理がハッとこちらをみた。
「びっくりした!いるなら声かけてよ」
と驚いた様子で言った。謝りながら携帯を見る。すると三好からメールが入っていた。
「あれ?今日は安田っちの勉強会は?」
「今日は早めに切り上げ。金曜日だしね」
と言うと首を傾げながら真理はデッサンを眺めていた。私は真理のデッサンをのぞき込むと鉛筆一本で仕上げたとは思えないほど立体的な肖像画が描かれていた。
「真理、すごいじゃん!」
「まだまだなんだよね……」
と真理は顔をしかめる。
「いや、鉛筆一本でこんなに立体的に描けるなんてすごいわ」
と言う。真理はかすかに微笑んでありがとう、と言った。私のように理系や文系を志望している学生は勉強を死ぬほどして、結果を出せば通る世界なのだが、真理が行こうとしているところは感性も重要となってくる。その時の試験官の主観も入ってくるわけだから難しい。真理の片づけを待っている間にメールを確認した。すると三好からは明日からこちらに戻ってくると言う連絡だった。
「帰るか!」
と真理は空元気ではあったが、私に声をかけた。そして二人は学校を後にした。外はもう真っ暗で、星空が出ていた。空気はもう秋の風が吹いていてひんやりしてきていた。
「頼子、頼子はD大受かったら、一人暮らしだよね?」
「まぁ~そうなるよね。多分、奨学金とか借りるのかな?」
と言うと真理は少し間を開けて、空を見上げた。
「D大にもし受かって、私も受かったらさ、親が許せば一緒に住まない?」
と言う。私はその言葉に驚いた。私は絶対に真理はくにちゃんと一緒に住むと思っていたからだ。
「えっ?私はてっきりくにちゃんと、一緒に住むかと思ってたよ」
と言うと少し笑った。
「くにちゃんとは、ちょっと方向性が違う気がしててさ。別れようと思ってるんだ」
「で、でもくにちゃん、優しいんでしょ?」
と言うと私のほうを振り向いて涙を目頭にいっぱい貯めていた。
「優しいだけじゃダメなんだよ」
と言う。くにちゃんと真理は潮時なのかもしれない。遠距離の難しさはここにあると思った。確かに真理は映像系に進みたいと言っていたし、くにちゃんは建築学科にいる。一見、それなりにうまくいきそうにも見えて、くにちゃんは大学で羽を伸ばしていて、真理の相談にはあまり乗らないそうだ。受験が終わったら別れを切り出すつもりと真理は言う。受験が終わるまではあまり受験以外のストレスを抱えたくないのが現実だった。私も三好のメールを見てそう感じた。受験前に振られでもしたら、私はどういう風に立ち直ればいいのだろう。そう考えると会うのも複雑なものだった。安田先生の幸せな便りを伝えようと思ったが、私の心の中でだけに留めることにした。真理には親に相談してみると言って駅で別れた。
 次の日は土曜日だった。通常は休みだが、受験前特別授業があり、学校に来ているが、今日は朝はゆっくりしていた。朝食を取り、普段は髪を適当に梳いて、パンツにシャツというラフな格好で過ごすが、今日は前に母と買い物に行ったときいつか着るだろうと買ったワンピースを出してきた。秋めいてきたころに着るのにちょうどいい袖の長さと紺の下地に花柄があしらわれていた。普段、着ない柄だったため袖を通すのが少し恥ずかしかった。そしてほんのり化粧をして色付きのリップを塗る。私は久しぶりに三好に会えることに緊張と嬉しさで舞い上がっていたので、普段は滅多にしない化粧までしていた。もしかすると三好は化粧を嫌うかもしれないと思い、私は出来るだけしているかしていないか分からない程度にした。そして髪もヘアアイロンでワンカールをつけていた。三好とはM市の街のほうでデートをすることになっていたので、電車に乗る予定だがまだ乗車予定時刻よりも二時間ほど早かった。すると縁側の近くの勝手口からおばちゃん!お届けもん、という聞き覚えのある大きな声が響く。母は生憎寄り合いに行っていなかった。父も仕事だ。私は渋々、玄関まで行くと浩太が見上げを持って立っていた。
「お母さんは出かけてるし、お父さんも仕事」
とぶっきらぼうに伝えた。すると浩太はそうか、とだけ言ってお土産を手渡して帰るのかと思いきや縁側に腰をかけた。
「私、出かけるから」
とだけ伝え、ドアを閉めようとしたときだった。
「好きな男のところ?」
と言う。どうして浩太が知っているのか?母が言ったのだろうかと思って苛立ちをさらに加速させた。
「どうして?」
「いや、今日は普段はしてない格好をしてたから」
と言う。私は一瞬でも母を疑ったことを後悔しつつ、別に……と答えた。すると、浩太はどうして甲子園に応援に来なかったんだと問いただした。私は浩太が甲子園に出たことは知っていた。浩太はあれから練習に練習を重ね、体格も良かったことからピッチャーを努めながら四番バッターとしてチームを盛り上げてきた。その甲斐もあってか二年生の秋からキャプテンになることが出来た。そして三年生の夏の最後の甲子園に出場することが出来たのだ。だが、一回戦で当時、全国でも注目を浴びていた高校とあたり、敗退を期した。そこからは大学に行っても野球を続けたいということで、エスカレーターで付属の大学に進学が決まったそうだ。
「私も受験生だし、忙しいの。だから応援に行けなかった。それに野球のルールを知らないから行ったところで応援にはならないよ」
と言って私は突き放した。
「受験すんのか?」
「うん、当たり前じゃん。浩太みたいにスポーツ推薦ないもん」
と言うと浩太は俯きながらバレーボール部を続けたらよかったんじゃないかと言ってきた。それもお節介な話だと思い軽い返事をして時計をみた。まだ一時間以上も時間はあったが、どこかで勉強をしながら時間を潰せばいいと思い、出かける準備を始めた。すると、浩太は私の手を引いた。
「どうして、どうしてずっと避けてんだよ!」
と叫んだ。浩太は私が避けていることに気づいていた。それを改めて問いただされると言葉に詰まる。
「痛い。別に避けてなんてない」
と嘘をついた。
「いや、お前は避けてるよ。ずっとずっと俺を」
と言う浩太の顔は寂しそうで今にも泣きそうだった。これ以上、追い打ちをかけるのはあまりに可哀そうに思えた。
「ごめん、私、待ち合わせあるから」
と言って家を飛び出してバス停まで走った。いつもなら車で送ってもらうのだが、母に朝はバスで行って帰りは駅まで迎えに行くと言われていた。丁度駅までのバスが到着して乗り込んで、切らした息を座って整えた。田舎のバスは座席ががらりと空いていて、普段乗らない私でも快適に過ごすことが出来た。その間、ずっと浩太のことを考えていた。浩太は昔から友達が多かった。だから私一人に嫌われても何の痛手にもならないはずだ。そう思いながら乗っているとすぐに駅についてしまった。予定時刻ではないが、少し待つ程度で済みそうだったので、電車に乗り込んだ。電車の中で受験が始まる前であれば、好きなバンドの音楽を音漏れしないギリギリの音で聞いていたのに、今は参考書を片手に英語のリスニングの練習中だ。私も変わったものだなと思いながら電車は、終点のH市に到着した。
 時計を見るとまだ待ち合わせ時間よりも1時間ほど早かった。私は近くのカフェに入る。一人でカフェに入ることなどあまりなく、いつも誰かと入ることが多かったからだ。少しドキドキはしていたが、ウェーターが水とメニューを持ってくる。私は物珍しそうにじっくりと眺めていると普段は飲まない紅茶の欄が来た。紅茶もいいかもしれないと思い、頼んだのは、名前だけは聞いたことのあるチャイだった。恐る恐るチャイを頼み、人目につかないように最小限の筆記用具と参考書を取り出した。そして没頭すること十分程で、お待たせしました、と言いながら、ウェーターがチャイがテーブルに運んできた。そして手際よくティーカップとポットを置くと
「こちらはお好みで足してください」
と言って小瓶を置いた。ラベルにはシナモンと書いてある。一度シナモンの粉を振りかけたことがあるが、ニッキの味がして苦手だった。私はお礼を言って少し飲んでみる。するとシナモンのいい香りと口に含むと紅茶の濃厚な甘みが口いっぱいに広がった。美味しい!と心の中で感動が溢れ出した。二杯目はシナモンを少し追加して飲んでみる。追加するほうが美味しい。今日でシナモンが大好きになった。丁度飲み終えたところで三好から連絡が来た。私はお会計を済ませ、急いで改札へ向かった。するとキャリーケースをゴロゴロと音を鳴らしながら改札を抜けようとしていた。すると私の姿を見つけて、手を振りながら駆け寄ってきた。私も手を振って駆け寄った。
「久しぶり!」
とお互いの声が重なり、笑顔を見せた。三好は少し痩せて前より精悍な顔立ちになっていた。服装も少し大人びていたように思う。
「元気だった?少し痩せたみたいだよ」
と私は自分のことよりも三好のことを心配した。
「うん、少しね。でも大丈夫だよ。頼ちゃんこそ痩せたみたいだよ」
と言う身寄りは私と同じように自分のことよりも私のことを心配してくれていた。丁度お昼が来て、店を決めて入った。
「久しぶりにこちらの空気を吸うと気持ちがよく感じる」
「あっ!都会に染まっちゃった?」
と三好を茶化す。いつも通りの二人だった。食事をとると三好はお土産を渡した。
「これ、良かったら使ってほしい」
と手渡されたのは高価そうな包みだった。不思議そうに受け取ると三好は開けるように促す。私は丁寧に包みを開けると、その中にはとても可愛らしくてとても素敵な石がついたネックレスが入っていた。
「これ……どうしたの?」
と聞いた。いくらバイトをしたからと言って三好がこんな高価なものを買えるわけがないと思ったし、もし無理をしてバイトをしたのであれば、授業に支障が出たのではないかと思った。すると三好は私があまりに心配そうな顔をするのに気づいたのか笑って見せた。
「これはね、大学のゼミを担当している先生が鉱物の採取を趣味にしていて、鉱物採取に誘われんだ。その時に採取して、美しかったからどうしても頼ちゃんに上げたくてね」
とのことだった。私は胸を撫でおろした。
「そう、でも大変だったでしょう?」
と聞くとそんなことなかったよ、と言ってネックレスを手に私の後ろへ回った。
「加工は先生のお友達がしてくださってね、でもやっぱり僕が作ったからいびつかな?」
「そんなことないわよ。とても素敵。大切にするわね」
と喜んだ。でもどうしてネックレスを用意してくれたのだろうか。確かに彼女に渡そうと採取してくれたに違いないのだが、記念日などを重んじるタイプではお互いなかったからこそ、私は不思議に思った。
「よく似合ってるよ」
とほほ笑んだ後、少し暗い顔になって、
「君の誕生日に僕は君の傍にはいてあげられない」
とつぶやいた。だから今、渡しておきたかったと微笑む。確かにそうだ。私の誕生日は十月末だった。だから三好の誕生日は五月だったから、こちらからシャープペンとボールペンがセットになった少し高いものを送った。三好は続けて微笑んでポケットから御守りを出してきた。
「それから今年は受験だからあまり無理はしてほしくないけど、志望校に進めるように祈願してもらった」
「ありがとう。これで受験もばっちりと言いたいところだけどね……」
私はこの間の模試の結果を三好に相談しようと思って持ってきていた。三好に手渡すと眼鏡をかけながらじっくりと目を通す。総合的なランクはギリギリAランクだったが、第一志望にしている学科別にするとBランク判定が多数を占めている。私はどうしてもAランクに持ってきたいと思っていた。
「Aランクおめでとう。でもやっぱり英語は苦手?」
と先にほめることからする三好。私は深くうなづきながら、ジュースに口をつけた。すると何かに気が付いた三好は微笑んだ。
「すごいよ!この成績は驚きだ」
と言って指をさしたのは、私が第一志望にしているD大学の滑り止めで受けようとしてた文学部国文学科だった。
「こちらにはA´ランクがついてるじゃないか!この大学は文学部のほうが偏差値も高い。やっぱり君は文学のほうが好きみたいだね」
と微笑む。私は自分でも視野に入れていなかったため、見ていなかったが三好に言われて気づいたぐらいだった。
「本当だ。全然気が付かなかった」
と言うと、三好はクスクスと笑っていた。
「君らしくて僕は良いと思うけれどね。なんだか自分を知っている人間なんてつまらないじゃないか。これで自分の得意分野を知ることが出来たんだ。まだまだ可能性があるよ」
と言う。そうですね、と言って自分の模試の結果に目を通す。今から理系から文系に行くのはちょっと苦しいものがあるが、担任もちゃんと私のことを見ているということが窺えた。担任も見ていないようでちゃんと私を見ていたんだと思うと申し訳なくなる。
「文系も視野に入れるか……」
とつぶやいた。それから少しの間だったが、映画を見たり美術館を巡ったりして楽しい時間を過ごす。そして実家にも帰りたいということもあったし、私も勉強があったから早めに解散することにした。明日は三好の家で勉強会をすると約束をして。そして電車を降りると母が迎えに来てくれていた。車の中で母に相談をすることにした。この間の三者面談で母はある程度私の希望進路を知っている。
「お母さん、進路のことなんだけど」
「うん、何?」
といつもの優しい声で話す。
「D大学とM大学の理系を第一志望にしてるじゃない?でも実際、文学部のほうがどちらもランクは良いのね」
と話すとうなづきながらこちらをチラッとみた。
「お母さんは貴女の進路だからどこに行っても応援はする。だけど本当は近くにいてほしい気持ちもあるんだな」
と照れながら話す。近くと言っても京都だが確かに関西だと病気をしたり、何かあっても行きやすい。
「でもね、大丈夫よ。貴女は頑張っているから東京や京都に行ってもやっていけるわ」
と言う母の気持ちが痛いほど伝わってきた。娘を思う親の気持ちは本当に優しい。
 それから秋が終わりを告げ、本格的な冬の足音が聞こえるようになってきた十一月終わり。私と真理は進路指導室に順番に呼ばれた。私たちには何となく呼ばれたことに察しはついていた。クラスで一般入試を受けるのは私たちだけで、その他の進学組は、早くに推薦入試などで進路が決まっていた。そのため、推薦入試でも引っかからなかった私たちにとっては正念場だった。私たちの担任と進路指導部長は頭を擡げながら、
「勉強は順調か?」
と聞く。私は無言だった。そういえば、安田先生やさっちゃんとはよく話していたが、担任と面と向かって話すのは初めてかもしれない。担任は神妙な面持ちで私を見つめる。私は担任が言いたいことが分かっていた。もしかすると受からないかもしれないと言うことだ。
「受からないかもしれないところを受けるのは、先生にとっても……その話ですよね?」
と言うと不意を突かれたような顔をしてハッと私の顔を見た。
「いや、そんなことを言いたいわけじゃない。ただ……もし文学部も受けてみるというのはどうだろうかという提案だ」
と言われた。三好と同じことを言っている担任に私は深く頷いた。
「同じ大学の文学部を滑り止めにとは考えています」
と言うと安堵の表情を浮かべて肩を叩いて、応援しているぞと言った。だけど、私は文学部に何も魅力を感じてはいなかった。正直、本は自由に好きなものを読みたいし、勉強にするのは少し違う気がしていた。だから好きな理系を専攻しようとしているのに誰もそれには気づいていなかった。受験の壮行会も終わり、案の定、私と真理は普通コースで二人だけ体育館の檀上にあがりスピーチをしたのであった。緊張もあり、何を語っていたかは忘れてしまったが、三好のようなことはまず言えていなかっただろう。
 年も明け、一般入試が始まった。一般入試は各大学で行われた。京都のD大学を受けたときは家から向かい日帰りをすることが出来たが、東京は日帰りをすることが出来なかったため、遠い親戚の家に滞在をした。
 長かった受験戦争を終え、新幹線の中で深い眠りについてしまった。もう後は結果を待つのみだ。ここで落ちたら私の家では浪人は許されない。正直、今から就職活動をするのは大変で四月までに決まるかどうかは分からなかった。終わった後、携帯を見ていなかったことに気づいて、H市の駅に到着したときにメールを確認すると、駅まで迎えに来ているという連絡が両親から来ていた。了解、ありがとう、とメールをして新幹線を降りて改札を抜けた。すると母が出迎えてくれた。
「お帰り」
という声は優しくて今まの緊張が一気にほぐれていくように感じて、自然と涙が溢れ出した。
「何泣いてるの。ほら、帰ろう」
と言って荷物を持って車に積み込んでくれた。後のことは疲れすぎていて覚えていない。
 この一週間は一番辛かった。合格発表日までは何も手につかないほどだった。授業はあったが身が入らない。そして合格発表日が来た。受験番号は担任も知っていて、基本的に授業中や学校内では携帯電話を見ることが出来なかったため、インターネットで合否を確認できるが、授業を受けている間は確認できない。理科の授業を受けていると、理科室のドアがそっと開いて、私たちの担任が入ってきた。すると渡辺!と言う声が聞こえ、手招きをされた。
―結果が出たんだ……―
と思って周囲の注目を浴びながら、返事をして廊下に出ると担任は急ぎ足で職員室にいざなった。職員室に入ると、周りがざわざわとして担任の机の周りを囲っていた。
「先生、結果が出たんですか?」
と聞く。
「先生も緊張してみることが出来ていない。一緒に見たほうがいいだろうと思って」
と言った。今日ばかりは授業もそっちのけだった。緊張で手が震えながらも最初は東京のM大学のホームページまで行き、IDとパスワードを入れ、受験番号を入力した。すると結果は不合格だった。私は落胆して泣きそうになっている。私の中でM大学とD大学は同格のレベルだったため、先生たちも落胆の色を隠せなかった。
「気を取り直して、D大学の結果も見てみよう」
と担任は私の肩を掴む。ここだけ一致団結の空気が流れた。恐る恐るD大学のホームページに行き、同じく入力を始めた。そして受験番号を入力すると、理工学部は不合格だったが、文学部は受かっていた。その結果を見たとき、周りは歓喜が沸き起こる。
「やったぞ!お前すごいよ!いやぁ~よく頑張ったな」
と担任は泣いて喜んでいた。でも私は複雑な気持ちだった。理工学部が第一志望だったからだ。だが、文学部も狙っていた大学だったから良かったと言うのが正解だった。何よりもこの受験戦争から解放されて好きなことをし放題だと思ったからだ。
「ありがとうございます。先生たちのおかげで合格することが出来ました」
と言って私は一礼をした。すると担任は親へ連絡をするようにと促しながら散らかったディスク上の電話の受話器を持っていた。私はお礼を言いながら受話器を取る。
「もしもし?」
「何?何かあったの?」
と母は学校から滅多にかかってこない電話に動揺していた。
「私、D大学の文学部に合格した」
と伝えると言葉を失って泣き啜る声が聞こえてきた。
「よく、よく頑張ったね。おめでとう」
「ありがとう。ちょっと先生に代わるね」
と言って受話器を担任に回す。母は担任に何度もお礼を言い、それに担任は答えていた。私は早く安田先生とさっちゃんにお礼を言いたかったが、他のクラスの授業を担当していて職員室にはいなかった。電話を終えた担任はくるりと私のほうを向いて、改めて私におめでとうと賛辞を述べたのち、私を近くに寄せた。
「本当に受かってうれしいだろうけれど、まだ受かってない者も(真理)がいるから。出来れば黙っていてほしい」
と言う。真理の合否は実技もあるため、私より発表が三日ほど遅い。私は深く頷いて職員室をあとにした。そして理科室に帰ろうとしたときだった。授業が終わるチャイムが鳴って一斉に生徒が教室から出てきた。子の授業を最後に、明日からは三年生のみ、自由登校になる。私は理科室に自分の荷物を取りに帰ると真理が待っていた。
「お!お帰り」
と明るく手を挙げた。
「ただいま、ありがとう待っててくれて」
「なんだったの?」
と聞かれて咄嗟に嘘をついてしまった。
「いやね、提出物のことでちょっとね」
と言うと真理は信じたか信じていないかは分からなかったが「そう」と言って受け流してくれた。その日から二日間はあまり真理に会うことを辞めていたがギリギリに受かったことによって急いで奨学金の手続きなどをしなければならなかった。安田先生とさっちゃんにはこっそりと報告をして二人は真理が受かったらお祝いをしようと言ってくれた。そして真理の合格発表日が来た。私は図書室でその結果を祈りながら待った。すると廊下をダッシュする音が聞こえて、ノックもせずに勢いよく開いた。私と安田先生がハッと振り向くと真理が息を切らしながら抱き着いてきた。
「ど、どうしたの?」
「受かってた!」
と嬉しそうに微笑んだ。
「受かってたの!良かった、おめでとう!」
と私は真理の目を見て本当に喜んだ。
「頼子に一番に報告したくて!」
とはしゃぐ。でもふと気が付いた真理は私の顔を心配そうに見つめた。
「でも、そういえば頼子の結果聞いてなかった……ごめん……一人はしゃいじゃって」
という真理を見て私と安田先生は噴き出して笑った。
「良いの良いの。真理、本当にごめんね。私はこの前、理科の授業中に呼び出されたでしょう?あの時、先に合否が出てて。だけど先生たちには口止めされてたの」
「そ、そうなの?で、どうだったの?」
「私も第一志望の理工学部は落ちてたんだけど、D大学の文学部に合格していた!」
と言うと真理は抱き着いて喜んだ。真理も第一志望だった大学の映像学科は落ちていたが、第二希望で出していた大学に受かったのだ。それからはバタバタだった。結局ルームシェアは親同士の反対もあって叶わなかったが、大学も近かったため近くに部屋を借りた。家を出るとなって母と祖母は寂しそうにしていたが、笑顔で見送ってくれた。必ず大型連休は帰るのよなんて言っていた。卒業式を迎え、あんなに三好が卒業するときは寂しかったのに、自分たちが卒業するときは呆気なかった。
「卒業、しちゃったね」
「本当に高校生活が一番楽しかったな」
「本当に!私も真理と出会えたこと、本当に幸せって思ってるよ」
「照れるなぁ~私もそう思ってたしっていうかこれからもずっと仲良くしていこうぜ!」
と二人は笑った。みんなが下校し、私の母も真理の母も先に帰ると言い出した。私たちは後から帰るというと図書室の管理室で安田先生とさっちゃんを待っていた。私は真理と相談をして二人にお礼を渡そうとしていた。すると片付けも終わり先生たちも何もかもを終えたようだった。ガラガラとドアが開いて二人が入ってきた。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様。二人とも卒業、おめでとう」
「ありがとうございます。そして!」
と言って私たちは大きな包み紙を渡した。
「私たちの感謝の気持ちです。お二人で使ってください」
「ありがとうだけど、お前たち……まさか」
「付き合ってますよね?お二人とも」
と言うと二人とも真っ赤な顔になった。
「もう卒業したんだし、良いかなって!だから末永くお幸せになってください」
「先生、私のことふったんだから、ちゃんと幸せになんなよ!」
と真理は言った。真理は本当に良い子だと私は思った。
「そ、そんなことお前たちが心配しなくてもいいよ」
と照れ隠しをする。小さい声でさっちゃんはお礼を言った。その翌年、さっちゃんと安田先生は結婚した。私たちも結婚式に参加し真理は泣いていた。
「さて、焼き肉だったな!行くぞ!」
と言って四人は安田先生の車に乗り込み焼き肉屋へ向かい、みんなで乾杯をして楽しい高校生活は終わりを迎えた。
 それからは怒涛の忙しさだった。荷物を買いそろえ、引っ越し業者に依頼していた通りの時間に荷物を届ける。その間に三好のお母さんにも引っ越すことを伝えて挨拶をした。そのあと、荷物のなくなった自分の部屋を見渡して、照れくさそうに一礼した。実家で食べる最後の夕食は私の大好物の唐揚げだった。次の日、母と私は京都のアパートに向かった。女性ばかりが住んでいるところで、防音効果もしっかりしていた。だが学生マンションということもあり、安い家賃で住むことが出来た。
「ここに住むのね」
「うん」
「大丈夫なの?ご飯は一通り教えたけど無理はせずにお惣菜に頼っても良いのよ。それにしんどくなったらいつでも」
と荷物を片付けながら母は続けた。
「頼子は昔からあんまり何も言わないから、気付かなかったってこともあるんだよ。だからちゃんとしんどかったら言いなさい」
「うん、そうする」
「連絡は毎日ちょうだいよ」
「いやいや、それは無理」
と笑った。荷ほどきも終わり、頼子の母は買い物に出かけた。今日はカレーを作ってくれた。そのほかにも何かしら食べ物を用意してくれて、当分は食料にも困らずお金にも困らないだろうと思った。母は大学に行ったことがなく少なからず娘が行く大学を見ておきたいと言って入学式には出てくれた。そのあと、実家に戻っていく母を駅まで見送り、私は一人ぼっちになって寂しさを感じた。
 それからは大学でも友達が出来て充実した日々を送っていた。憧れだった京都を観光したり、アルバイトを見つけたり、それなりに楽しんでいた。三好とも続いていたが、どんどんと疎遠となり、連絡も来なくなってしまった。私は飽きられてしまったのだと思い、三好への思いも消えかけようとしていたころだった。でもまだ三好とつながっていると思っていた私は、友達止まりであった。私は曖昧な三好との関係をきっちりしておきたいと思った。そして連絡を取ってみることにした。
「もしもし?」
「久しぶり、全然連絡が出来なくてごめん」
「久しぶり、良いの。忙しいのにごめんね」
「いいや、大丈夫だよ」
「私たち、付き合ってるって言えるのかな?」
と沈黙を破って話す。
「付き合ってると僕は思ってるよ」
と言う三好に私は少し苛立ちを感じた。
「私にはそうは感じない」
と言うと三好は少し沈黙して
「じゃあ少し距離をおこう。僕らは付き合って長すぎたんだ」
「でも距離をおいてしまったら」
と言った。すると三好は
「君の好きにしてくれたらいい。でも僕の気持ちは変わったことなんてないよ」
と言う言葉にもっと苛立ちを覚え、距離を置くことを了承し、電話を切った。それから三好と私は距離を置くことにした。
そんなころ、大学にも慣れてきて、いろいろな友達もでき、バトミントンサークルにも入ることが出来た。化粧もして普通の大学生活を送っていた。大学で仲良くなった同じゼミの早見早苗、紺野洋子、九条瑠璃と一緒に行動するようになった。早苗は活発な子で高校のときにバトミントン部をやっていて、バトミントンサークルに所属していた。私も素人ではあったが、バトミントンをやってみたかったこともあって、意気投合した。グループの中では行動力があるタイプの明るい子だ。紺野洋子は、私と受験番号が近かったこともあり、帰り際に話しかけたのがきっかけだった。お互い不安もあってか、受験の時から話が弾んだ。私と同じようなタイプで、自分から発信はしないが、ノリは良い子だったため、よく買い物に行くことも多い。九条瑠璃はゼミの中でも頭がよく、京都出身のお嬢様だ。だから少し浮世離れしている部分もあったが、おしとやかで優しく大人しい人柄からよく一緒にいる。ある日、四人は食堂で話しながらランチをしていると、早苗から合コンの誘いがあった。私はアルバイトも休みだったし、行ってもいいよと伝えた。洋子と瑠璃も二つ返事だった。早苗は微笑んで後で連絡をするね、と言ってアルバイトに行ってしまった。残された三人だったが誰一人合コンに行ったことはなかった。
「高校の時、合コンなんてなかったわ」
と言う洋子に私と瑠璃は深く二度頷く。私と洋子は、地域は違えど田舎の高校出身で付き合う人と言えば高校にいる子たちだけだった。瑠璃は元々この大学の付属高校からエスカレーターで上がってきた。親が厳しく合コンは高校の間もしたことがない、根っからの箱入り娘だ。
「お酒も飲めないけど、ご飯さえ食べてたらいいのかな?」
「それでいいと思うんだけどね」
と三人は相談をした結果を出す。早苗は大阪の私立高校を卒業していて、合コンなどは結構してきたほうだったようだ。だから、知り合いも多く人脈作りにも長けていた。午後からは授業もないため、出ていた英語の宿題を三人ですることにしていた。
「頼子は今日、バイトなかったの?」
「うん、今日ね。洋子は?」
「私もなかったから返事しちゃった」
と二人は笑う。
「二人とも何もなくてよかった。私一人で早苗と一緒に合コンなんて無理だもん」
と瑠璃が言う。
「確かにね……瑠璃は大人しいし、美人だから男がほっとかなさそうだし。それで親に心配かけちゃ」
と洋子が言う。私もその通りだと感じたし、逆に参加して本当に大丈夫なのか心配になった。
「私たちは瑠璃とご飯も食べたいし、遊びに行けるなら全然行きたいんだけど、ご両親は大丈夫?」
と心配そうに瑠璃の顔を見つめながら言うと、英語の宿題を解きながら前よりかは厳しくなくなったから大丈夫だと答える。だが、いまだに瑠璃はバイトも禁止が出るほどの家柄だった。私たちは何かあったら言うように伝えて宿題を終えた。するとちょうど早苗から連絡が入る。京都大学文学部の人たちとの合コンだった。私たちはお酒も飲めないため、会費は千円と格安だった。合コンと言っても早苗の高校の時の知り合いが飲み会を開くとのことで、女の子が足りない分を補充したいということみたいだ。私たちはお酒が飲めないことを了承している相手だと気付いたことで安心をした。そして合コンの時間になった。店の近くで早苗を待っていると、自転車でさっそうと走ってきた。
「お待たせ!」
「早苗、私たちで本当に大丈夫?」
「どうして?」
「だってお酒も飲めない未成年だし」
「それは伝えてあるよ!それに超真面目な人たちなんだって」
と言う。今の早苗からは想像が出来なかったがとりあえずお店の中に入ることにした。中に入って店員さんに声をかけ中へと通された先には、三人男性が座っていた。
「お待たせしました!」
「早苗ちゃん、遅いよ」
「すいません、先輩。私がバイトで遅れちゃいました」
と向かって右端に座る男性と話す。さらりと目を男性たちのほうを見渡すと国立のK大学の生徒だけあって真面目そうだった。するともう一人が「さぁ、遠慮してないで座って」
と私たちを座るように促した。私は一番末席に座った。私は正直、安心した。その席の前は誰もいない席だった。ちょうど男性側の人数が足りないことが幸いだったと思った。するとこの席を取り仕切っている早苗の友達らしき人から私に声がかかった。
「ごめんね、この席のやつが遅れてくるみたいだから」
という声が聞こえた。私は心の中で「えっ?来るの……」と落ち込んだが、笑顔でそうなんですねと答えた。
「では一人来てないけど、先に始めちゃいますか!自己紹介」
と幹事の男が話す。
「じゃあ、俺らから。今日の幹事の井上春樹です。K大学の文学部二年生で、専攻はスペイン語です。よろしくお願いします」
と言う私たちは合コンが初めてのため早苗に合わせて拍手をする。
「僕は三上洋一です。学校も学部も井上と一緒だけど、専攻は英語です。よろしくお願いします」
「僕は門井正人です。大学も学年も二人と同じなんだけど、学部は工学部です。専攻は
宇宙工学です」
と言う。なんだか難しそうな学科ついてはいけないなと思った。男性のほうは一通り自己紹介が終わってしまい、こちらに回ってきた。一番奥に座っていた早苗がトップで自己紹介を始めた。そして、洋子の番が終わり瑠璃の順番が回ってきた。その前から気付いていたが、男性陣は瑠璃のほうばかりを見ていた。私はそうなる予想はしていたため、さっさと私の自己紹介を終わらせようと立った時だった。個室のドアが開いて、遅れてきた男性が入ってきた。
「おい、遅いぞ。何やってたんだよ」
「バイトだよ」
「ほら、始まってるから座って!」
と言って
に幹事の井上さんが声をかける。
「ごめんね、自己紹介の途中で割り込んじゃって」
「いえ、私もみんなと同じで学科も同じです。渡辺頼子です。よろしくお願いします」
と言う。形式通りみな拍手をすると私は急いで座った。そして遅れてきて私の目の前に座る男性は自己紹介を求められた。彼は渋々立って挨拶をする。
「遅れてきてすみません。みんなと同じです。専攻はこいつと同じで。三島健司です」
とぶっきらぼうな挨拶をしてドカッと座った。一瞬空気が凍り付いたが、
「ま、まぁ~こういうやつなんです。よろしくお願いします」
と井上さんが何とかその場を盛り上げた。幹事の井上は早苗と同じようなキャラクターで、ひょうきんで面白い性格をしているいわば、盛り上げ役だった。三上はノリも良くルックスも良かったため、いかにもモテる今どきの男性だった。門井はどちらかというと温厚な性格で、ふくよかな体と性格がとってもマッチした人だった。この私の目の前の三島さんは……。  
飲み物と食事が運ばれてきて一人ずつのコース料理になっていた。ここは早苗がバイトをしているところだったので、安く抑えられたという。
「みんな、合コンとかよく来るの?」
と三上さんが聞く。私たちは横に首を振った。
「それがみんな真面目で私だけ浮いちゃってる感じなんですよね。でもみんな良い子で、ぜひ先輩たちに紹介したくて」
「そっか!やっぱり私大の有名なD大学の子は頭も良くて可愛い子ばっかり」
と三上はお世辞を言う。本当は瑠璃にしか興味がない。趣味の話やいろいろな話になったころ、洋子が勇気を出して気になっていた質問をした。
「どうして学部違いで、学科も違うのにお友達に?」
すると門井さんが口を開く。
「僕と井上が高校からの友達で、あとは大学でそれぞれであったんだけど、その付き合いで三上とも知り合ってね。三島は学部も学科も一緒で、寮も一緒なんだ」
「そうだったんですね。なんだか私たちは他の学部の人との交流があまりないから」
と言う洋子に私たちは頷いた。だいぶご飯も深くなり、私たちはそれぞれ席替えをした。私はどうしてだか動くことがうまくできずに、結局三島さんと一緒の席になってしまった。
「あっ……私、目の前に座っていたのにすみません」
と謝ると三島は首を振った。
「俺は、こういう場所が苦手なだけだから」
と言う。
「二人とは門井の紹介で知り合っただけだから」
「そ、そうですか。私も合コンとか初めてで、でも今日分かりました。こういう場所は私も苦手です」
と言うと、三島さんは鼻をすすった。口数の少ない三島さんの顔立ちはとても端正で、花がすっと通っていた。確かに男前か?と聞かれれば、何と答えていいか分からなかったが、抽象的な女性っぽい顔立ちだった。それから会話は一つもなく合コンは終わった。お会計を終えると、外に出た。その店先で早苗が大きな声を出した。
「頼子!」
と言う声に振り返ると手招きをしていた。「何?」と言いながら近寄るとメールアドレスの交換をということだった。たぶん誰からも連絡は来ないだろうと踏んでメールアドレスを交換しようとしたとき、早苗が
「頼子って文学部にいるのに理工系の授業受けてるんですよ」
と言った。
「まぁ~好きで受けてるだけだから」
「特に地質学とかに興味があるのよね?」
「もう良いってば」
と笑っていた。そして解散するころになった。早苗はこの近くに住んでいるため、私たちを送ってくれた。早苗は私たちにお礼を言って帰っていく。私と瑠璃と洋子は電車に乗るため駅のほうへ向かって歩いていた。すると、私の携帯が鳴った。見てみると早苗だった。さっき別れたばかりなのに何かあったのだろうか?そう思って電話に出ると、
「頼子!ごめん、今電車乗っちゃった?」
「まだ電車じゃないけど……」
「まだ終電じゃないよね?」
「うん、まだだよ」
「そこで待っててくれない?」
「良いけど」
と言って電話が切れた。
「早苗、なんだって?」
と洋子が聞く。
「ここでちょっと待っててだって」
「心配だし、私も残るよ。瑠璃は門限もあるし帰りな。明日、ちゃんと教えるから」
と言って瑠璃を先に帰す。そして少し待っていると、門田らしき人物ともう一人暗闇で分からなかったが、駆け足できた。
「ご、ごめんね。渡辺さん」
「いえ、何かありましたか?」
「いや、俺じゃなくて……」
と言う隣には三島さんの姿があった。
「あのさ、さっき地質に興味があるって言ってた?」
「はい……あのただの興味本位で」
と変な言い訳をしそうになる。
「俺も興味あるんだ」
とボソボソと話し出す。なかなか言い出せない様子の三島に代わって門田が
「三島にメールアドレス教えてあげてほしいんだ」
と言う。私は何か文句を言われてしまうのかと思っていたが、洋子と二人顔を合わせて拍子抜けしてしまった。
「め、メールアドレスですか?大丈夫ですよ」
と私は携帯を取り出した。そして三島さんとアドレスを交換した。三島さんはボソッとお礼を言い、私たちは電車に乗り込んだ。
「ねぇ、良かったの?」
と洋子は心配そうにいう。
「何が?」
「交換しちゃって。ちょっと三島さんってぶっきらぼうだし、苦手なのよ」
「なんか、ああいう場所が苦手らしくて」
「あら、頼子にはそんな風に?頼子、好きになられちゃってたりして!」
と洋子は笑う。
「やめてよ、そんなわけないでしょ? あんな感じで興味なさそうだったし」
「でも追いかけてきてまでメアド交換したいなんて」
「違うって」
と笑いながら帰る。
 あの合コンから数週間経ったころ、もう私は合コンのことなんて忘れてしまっていた。授業も終わってパン屋のバイトに向かおうとしたときにふと、携帯に目をやった。するとメールが来ていた。三島さんだった。
  この間は、すみませんでした。ぶっきらぼうな態度をとってしまって。今度の土曜日、空いていませんか?
 私は目を疑った。あの三島さんが私を誘ってきていることに。私は返事に困ったが、家庭教師のバイトは午前中だけだったから、午後は空いていると伝えると、「行きたいところがあるので、一緒に行きませんか?」というメッセージが来た。私は迷って返事を返すのをためらっているうちにバイト先についてしまった。
 このパン屋は「佐藤パン」というご夫婦二人でされているパン屋さんで、最初は破格のバイト料だったために応募したが、レジとパンを並べるだけの仕事だったため、申し訳なくなった。ご夫婦はとても優しくて私を娘のように慕ってくれる人たちだった。
「お疲れ様です」
「お疲れ!今日もありがとうね」
「いえ、全然」
と言ってパン屋の裏手から入り、厨房を抜けてレジに入った。奥さんはいつも元気にお疲れ様!と声をかけてくれる。奥さんは私の顔を見るなりどうしたの?と言う。
「お疲れ様です。私の顔何かついてます?」
と慌てて聞く。
「そんなことないわよ。でも険しい顔してたわよ」
と笑う。
「いや……実は……」
と言って今まであったことを話した。すると奥さんは
「早く携帯持ってきなさい!」
と言って私を促した。私は慌てて自分の携帯をロッカーに取りに行った。戻ってくると
「私が言う通りに送りなさい」
「はぁ……」
と言ってメールを打つ。
  午後からなら大丈夫ですので、どこに行んです?
 これを送るの?私はそう思いながらも奥さんに詰め寄られて送った。するとすぐに返事が来た。
地質学が好きだって言ってたからそれ関連です。
  誘っていただきありがとうございます。楽しみにしています。
  では日曜日一四時にH公園の前で待ち合わせで大丈夫でしょうか?
という三島さんからの返信に答えた。
「奥さん、これでよかったんでしょうか?」
と心配そうに私が聞くと奥さんは大きく頷きながら「頼子ちゃん、前に進まないと!」と言って肩を叩いた。私は三好のことも奥さんに話す間柄になっていたし、奥さんは私の気持ちをよく知っていた。だから気にかけてくれていたようだった。バイトも終わり、最後の生産まで済ませた。すると店長が声をかけてくれた。
「頼ちゃん、今日はうちでご飯食べていきな」
「いえ、悪いですよ。いつもいつも」
「何言ってんだい。頼ちゃんは家族同然!俺らの娘やと思ってるんだから」
「そうよ、頼ちゃん、食べていきなさい」
と言って誘ってくれた。店の上が住居スペースになっている。たまに終電を逃したら止めてもらったりしていた。ここのご夫婦にもかつては子どもがいたそうだが、私ぐらいの年齢の時にバイク事故に遭って亡くなっていた。それからは夫婦でここを切り盛りしてきたが、体力もなくなってきて、アルバイトを雇うことにしたようだ。今日はビーフシチューだった。
「やっぱりパン屋さんのビーフシチューは最高です!」
と私は微笑む。
「そう言ってもらえると本当に嬉しいわ」
と奥さんはフランスパンを少し焼いて持ってきてくれる。
「お父さん、お代わりは?」
「良いよ。もうおなか一杯だ。そういえば今日、お前と頼ちゃん、楽しそうに話していただろう?何だったんだい?」
と言うとお茶を入れながら私の顔を微笑む。
「女子トークよね!頼ちゃん」
「まぁ……」
「なんだ、俺だけ仲間外れか」
と少しへこんでいた。
「いえ、大したことじゃなくて、また報告します」
「楽しみに待ってるか!」
と言ってお茶を飲む。私はお礼を言って奥さんの片付けを手伝った。
「うちの人、本当に頼ちゃんのこと、娘って思っちゃってるから、男の話なんてしたらお父さん見たいに怒るからね」
と耳元でささやいた。店長は優しいけれど息子さんを喪ってから、少しの間憔悴しきっていたそうだ。ようやく奥さんとパン屋を開けられるようになったのはつい最近の話で、私が奇跡的にバイトに採用になったことで大切にしてくれているようだった。奥さんは私には素敵な奥さんになってほしいという願望があるらしく、ガールズトークに花が咲くこともしばしばある。このパン屋の近くには高校もあり、下校途中の高校生がたくさん寄ってくる。学生は優しい奥さんと店長をしたって来てくれているようだ。片付けもひと段落して、奥さんがコーヒーを入れようとしたときだった。
「奥さん、毛布あります?」
と奥さんに聞くと、奥さんは
「またあの人寝ちゃった?」
「はい、寝ちゃいました」
と二人で笑う。奥さんは毛布がある場所を私に教えて、私は毛布をもってきて店長にかけた。
 次の土曜日、家庭教師のバイトを終えて、いったん家に戻り、少し髪を巻いてワンピースに着替えて、化粧を直した。そして指定された時間に公園に向かうと三島さんは先についていた。
「遅くなってすみません」
と言いながら近寄るとペコっと頭を下げた。
「呼び出してすみません」
とぶっきらぼうに謝った。
「いえ、全然」
と言った。すると行きましょうかと言って三島さんは先を急いだ。無言で歩くのも釈然としないので、私から話しかけた。
「三島さん、宇宙工学科ってどんな学科なんですか?」
「そうだな……航空宇宙機の航行に関わる航空宇宙環境との相互作用、航空宇宙機の推進とエネルギー、航空宇宙機の材料・構造強度、航空宇宙機のシステム・制御などを研究ってところかな」
とサラサラと難しいことを言う三島さんに私は何も言うことが出来なくなった。
「あっ……つまりは宇宙の中で行われている作業を知る学科っていうか」
と慌てて話す。そんな仕草に思わず吹き出してしまった。
「弱ったな」
と頭をかく三島さんが可愛く見えた。
「三島さんって面白いですね」
「あの時は、ちょっとぶっきらぼうすぎたって反省してる」
「良いんですよ。多分、無理やり誘われたんだろうなって思ったし」
「そうなの?」
「私も行くよって二つ返事をしたのは良かったけど、本当は断ればよかったって思いましたもん」
と言った。すると三島さんは少し笑ったように見えた。
「そうか、良かった」
と言って信号を回ると、大きな博物館が見えてきた。
「ここ?」
「そうここ。ここは宇宙科学館って言って、プラネタリウムもあるんだ。渡辺さんって地質学が好きなんだったら、ここの二階に地質館って言って、いろんなところの地質を再現したところがある」
と言って中に入っていった。私は合コンの時にちゃんと見られなかった三島さんをよく見てみると、服装はダメージジーンズに緑色のパーカー。顔は三好とは違って古ぼけた犬のような顔をしていた。髪もふわふわと天然パーマでいかにも学生だった。
「チケット買ってきます」
「前に教授からもらったからいいよ」
と言ってパーカーのポケットからチケットを二枚出して入場口へ向かう。
「あ、ありがとうございます」
と言いながら私はスタスタと歩いて行ってしまう三島さんを追いかけた。
「いや、良いんだ。あんまり話が合う奴いないし、俺は」
と言う。このチケットも二枚もらったものの、一緒に行く人間がいなかったから私を誘ったらしい。私は福井県の地質を見ながら説明書きを事細かく読んでいく。
「私もこんな研究がしたかったな……」
とつぶやいた。そして宇宙館に言ってプラネタリウムに入る。私は昔からプラネタリウムに入ると眠くなるが、今日だけは違っていた。三島さんが傍にいることで緊張していたのかもしれない。ただじっくりとプラネタリウムを見ている三島さんの目は輝いていて、どこか少年のようだった。一時間の上映を終えて、出てくるともうお昼をとっくに過ぎていた。
「腹減ったな」
「確かに」
と二人は笑った。初めて三島さんの笑顔は、優しくてどこか懐かしい感じがした。私たちは近くの蕎麦屋に入る。蕎麦を注文して待っている間、三島さんは急に話しかけてきた。
「さっき言ってたことだけど」
私は自分が言ったことなどすっかり忘れていた。
「どうして地質学が好きなのに、学部は文学部、しかも日本語なんて専攻してるの?」
私は自分が落ちて滑り止めで入ったことを誰にも言っていなかった。唯一、言っていたのは三好ぐらいだった。
「いや……その」
と言うと笑みを浮かべながら「ま、いいか」と言う。
「いえ、簡単なことなんです。私は受験の時、理工学部を第一希望していましたが、悉く落ちてしまい滑り止めで受けた文学部に引っかかったというわけです」
「浪人は? 考えなかったの?」
「うちには妹もいますし、そんな余裕もありません。正直、予備校にも行けなかったですから」
と言うと「そうか」と言ってお茶を飲んだ。私はその場の和やかな雰囲気を台無しにしてしまったと思い、「すみません」とだけ言ってお茶を飲んだ。
「でも文学部のほうを選んだってことは、文学部も好きだったからでしょう?」
と三島さんは切り出した。
「はい、まぁ~本を読むのは好きでした」
「じゃあ、自分が好きだと思ったことと、合っていたことが違ってただけだよ。だから選択肢としては間違っていない」
と言った。私は微笑んで三島さんの話に頷いたとき、蕎麦が届いた。
 それからは時々三島さんから連絡が来たり、私から連絡を取ったりしていた。だが、どこか三好への思いが残ったままだった。
 その頃、真理から連絡がきた。近くに住んでいながらも講義の時間も違うし、美大は研修旅行などが入学当初にあるため、なかなか二人で会うことが出来なかった。もう季節は夏に差し掛かっていて、京都の夏は盆地のため暑さが染みる。待ち合わせのかき氷屋の前の自転車置き場に自転車を置いて、店先に行くと店内で手を振る真理がいた。
「久しぶり!」
と駆け寄ると真理は髪を赤色に染め、服装も奇抜なパンクロッカーのような服装をしていた。
「久しぶり!頼子も元気そうでよかった」
「どうしたの? その髪色」
「へへ、染めちゃった」
と笑いながら照れていた。
「似合ってる! いい感じじゃん」
「でしょう? 思い切っちゃった。頼子もワンピースがよく似合ってるよ。ちょっと痩せたんじゃない?」
確かにそう考えてみるとちょっと痩せた気がする。正直、自転車生活も長かったし、電車を使えば電車賃もかかるため、大抵のところには自転車移動をしていたし、バトミントンサークルのおかげもあるかもしれない。
「バトミントンサークルと自転車のおかげかな?でも自分ではそんな実感はないけど」
「いや、痩せた!」
と言って二人は笑った。真理は外見は変わっても中身は素直で優しい真理のままだ。二人はかき氷を頼んで、少し話す。真理はくにちゃんと別れて、同じ大学の先輩と付き合っているらしい。
「名前は佐藤芳樹。通称、よっちゃん」
と真理はよっちゃんのすべてを教えてくれるから、まだ会ったこともない人なのに、急に親近感が沸いてしまう。笑いながら聞いていると、真理は私のほうを真剣に見つめて
「頼子は三好先輩とまだ続いてるの?」
と聞く。私は「うむ……」と言いながら首を傾げると注文していたかき氷が届く。
「どうか分からない。なんか距離置こうとか言って距離置いたまま連絡も来ない」
と言うと真理は、かき氷を口に頬張りながら「それはだめだよ!」と言う。結局、こっちに帰ってきたときのつなぎとして思われているんじゃないかと真理は三好を疑った。私はこのまま自然消滅でも良いと言って三島さんの話をした。
「いるんじゃん! いい人が」
と真理は元気になった。
「その人と、もううまくやっちゃえば?」
「うまくって、向こうはそんな気ないだろうし、きっと友達だと思ってるだけよ」
「そうかな? 私は気にならない人だったら誘わないけど」
と言う。私の喉をすっとかき氷が解けて流れていった。
 夏休みに入り、久しぶりに実家へ帰省した。実家の最寄り駅には母が祖母と一緒に迎えに来ていた。
「お帰り」
「ただいま。これ、京都のお土産」
と言って手渡した。
「疲れたでしょう?」
「いや、全然。座席座れたし」
と言って荷物を後ろのトランクに入れて祖母の隣に座る。祖母はまた大きくなったように思った。
「頼子、あんた痩せたんじゃない?ちゃんと食べてるの?」
「そんなことないよ。食べてるし、バイト先、パン屋だから食べさせてもらってる」
と笑った。今日は祖父のお見舞いに行くことになっていた。祖父は一年前から足を患っていたが、車にも乗れるし元気だった。ただ、今回は階段から転んで腰を強打したため入院していた。病院は駅から近くてすぐについてしまった。
「おじいちゃん、久しぶり」
と病室を除くと隣の人と将棋をしながら楽しんでいる祖父がいた。
「おぉ!頼子、元気にしてたか?」
と明るく聞いた。この季節の入院は汗ばむし、きついだろうと思っていたが、そうでもなさそうだった。「うん、元気だった」と言いながら隣の人たちに挨拶をして、お土産を渡した。他愛もない話をして少しすると母に帰るように促された。祖父に「またくるね」と伝えて帰ろうとするとそっと手に一万円を握らせる。
「ダメだって!」
「良いから、何かに使うだろうし」
と言って握らせてくれた。祖父は私にはとても甘かった。父は長男で、私は初孫、本当は祖父も祖母も跡取りである男の子を望んでいたが、私は二人にとって初孫と言うのもあり、とても大切に、いや大切と言うよりは甘やかして猫っ可愛がりをしてくれていた。家に帰ると、妹がドタバタと二階から降りてきた。
「お帰り!お姉ちゃん、お土産は?」
「はい、あんたこれ好きでしょう?」
と言って京都の八つ橋と阿闍梨餅というお菓子を渡した。すると自分の手に抱え込んで胸で抱きしめた。妹と私は六つも離れており、まだまだ子供だった。そのため怒る気にもなれなかった。すると後ろから母が「ちゃんとお供えしてからよ!」と言う。渋々、妹は神棚にお添えに行った。そして私は手を洗いうがいをしたのち、部屋着に着替えてリビングに向かうと父が帰ってきていた。
「今日は頼子も帰ってきているし、外でバーベキューだぞ」
と言ってバーベキューコンロを温めていた。
「本当はね、昨日からワクワクしてたのよ。貴女が帰ってくるの」
「どうして?」
いつもの父はあまり私に話すこともない。
「だって貴女が帰ってくるのを口実に美味しいものが食べれるでしょう?」
「どうして私が帰ってきたら美味しいものが食べられるの?」
「だって、久しぶりに娘が帰省してきたら親心としては美味しいものを食べさせてやりたいもの」
と言って母は笑った。すると父が外から大声で
「まだか?」
と聞いた。「はいはい」と言いながら母はお肉や野菜を外へ持って出る。バーベキューが終盤にも差し掛かったころ、父は外で一人で飲んでいた。猫の「にゃおー」を抱きながらぼんやりとするのが好きらしい。私は母の片付けの手伝いをしていると、妹が近寄ってきた。
「ねぇ、どうしてお姉ちゃんはあの大学を選んだの?」
と聞く。そういえば妹にそんな話をしていなかった。かくかくしかじかとみんなに話しているわけを言うと、妹は「でも周りの人はそんな風に言ってなかった」と私に言った。確かに私は三好に教えてもらったように勉強をして、三好には遠く及ばなかったが、周りからすると関西では名の知れた私大に行っている。よくよく見てみればその大学の偏差値も文学部のほうが上ということを妹が語った。
「偏差値なんて見てなかったな」
と言って微笑んでおいた。すると母は「もう少し自信持ったら?」と笑う。そんなことを言われても自分が行きたかった学部でもないところに言って他力本願で勉強をしている私からは何の自信も生まれなかった。
 久しぶりに自分の部屋に戻ってくると、何もなくすっきりとしていて、所々、母の荷物が置いてある。本棚はそのままだった。今になって思うがこんなに読んだのかと思うぐらい本棚は埋め尽くされていた。今は節約のため、図書館で本を借りて読んでいるが、昔も今も本を読む量は変わっていなかった。ぼんやりと眺めていると、携帯がいきなりなる。ディスプレイには三好のお母さんからだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?