失恋日記⑵

#小説 #恋愛 #セーラー服 #青い春

トイレでの一方的な出会いの後、特にまゆみと接点は無いまま二年のクラス替えで同じクラスになった。
新しいクラスにも慣れてきた夏を少し前にしたある日の放課後、私はまゆみと不思議な時間を過ごした。

授業を終え自転車置き場に向かう途中、体育館に筆箱を忘れたことを思い出した。テストを翌日に控えていたので早く帰りたかったが、筆箱の中に暗記カードを入れていたこともあり、私は筆箱を取りに学校に戻った。
その日は職員会議の日で、生徒は午後四時には学校から出るようにと指導を受けていた。職員室で体育顧問に事情を話した後、鍵を借り急いで体育館に向かった。
放課後はいつも部活動が行われていて学校内のどこも賑やかなのに、あの日は誰の声も聞こえなかった。校舎の裏を流れる大きな川の音と、風で草がかすれあうカサカサとした音が耳の中に流れ込み、毎日見ている学校がなんだか見慣れない不思議な場所に思えた。   

小走りで体育館に向かい、鉄製の古い扉を開けると、女子生徒が寝転がっている。とりあえずステージ上に置き忘れていた筆箱を鞄に入れ、床に寝ている生徒のもとに近づいてみた。
窓から射す西日が床と彼女を照らしていた。
女子生徒は体育館の真ん中で、仰向けに寝転がっている。胸の上で祈りをささげるように両手の指を組み、顔には日差しを遮るためか、タオルを乗せていた。タオルで顔は見えなかったが、床に広がる綺麗な黒髪を見て、目の前に寝ている生徒が誰なのかは見当がついていた。
恐る恐る「大丈夫? 具合悪いの?」と声をかけると、ピクリと指が動き「・・・大丈夫」と返事をしながら、顔の上にあるタオルを白く小さな手が掴んでどけた。タオルの下から大きな瞳が現れた。一斉下校のこんな日に体育館で一人寝転がっていたのは、まゆみだった。

タオルをどけ私と目のあったまゆみが「どうしたの?」と聞いてきたので、忘れ物を取りに来たのだと伝えると「そっか~」と夢見心地のような不思議な明るさで返事をしてきた。
「私は体育館の前を通りかかったら、誰もいなくて、ちょっと横になってたら寝そうになってた」と笑いながらまゆみが話す。
特に慌てる様子もなくゆっくりと体を起こし、白い腕を頭上に伸ばした。欠伸をしているところを見ると、寝そうになっていたのではなく、本当に寝ていたのだろう。

体育館にいる私たちを西日が照らす。
まゆみの長いまつ毛が彼女の頬に影を落としている。

外では川と草の音が響いていたが、体育館の中は一切の音が無くただただ静かだ。
「せっかく起こしてもらったんだから、先生に見つかる前に早く出なきゃだね」と沈黙を破るように笑顔でまゆみが言った。
大して仲良くないクラスメイトにもこうして自然に振る舞うことが出来るのが、まゆみの長所であり、みんなに好かれる所以だろう。
クラスでグループを作る時、いつもそこまで仲良くない子とグループを作ったり、そうかと思ったら休み時間の間ずっと空き教室の窓から外を眺めていたりする。掴みどころがなく、どこにでも現れてどこにでも行ってしまいそうな彼女の不思議さを知るたびに、私は彼女の引力に引き寄せられ、もっと彼女を知りたいと思っていた。
時計をみると下校時刻の午後四時になろうとしている。
「私は戸締りしてから職員室に鍵を返しに行くけど、下校時刻になるから早く学校出たほうが良いよ」と、まゆみに伝えると「そうだね」と言って立ち上がり、膝上まで上げた短いスカートの後ろに付いた埃を、小さな手ではらった。女子はみんな校則の【スカートはひざ丈まで】なんてものは守っていなかったが、その中でもずば抜けてスカートが短かったのはまゆみだった。

私は制服姿の彼女を見るたびに、まゆみの着ている私と同じはずの制服を着たいと思っていた。
彼女の持つ不思議な魅力は身に着けているものすべてを輝かせた。生徒を統一させる制服でさえ、彼女にかかれば他者と彼女は違うことをより証明するものになっていた。

まゆみがタオルを鞄にしまい、二人で体育館を出て鍵を閉めた。職員室と下駄箱にそれぞれ向かう私たちはそこで別れることにした。別れ際にまゆみが「またね」と手を振ってきたので、私も思わず手を振りかえした。
短いスカートを揺らしながら彼女は下駄箱に向かっていく。
初めてまゆみと二人きりで話が出来たという嬉しさが段々とこみ上げてきたが、明日はテストがあるということを思い出し、急いで自転車を漕ぎ家に帰った。
あの時のテストの結果が良かったのか悪かったのかは、今でも思い出せない。
その後も中学の卒業するまで同じ学校で生活を送っていたが、まゆみと関わったことは数えるほどしかない。彼女にとって私は何百人かいる同級生の一人だっただろうけど、私はずっと彼女の引力に引き寄せられていた。

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