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ちいさな物語

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#物語

キャンバス #シロクマ文芸部

目の前には一枚のキャンバス。 題名と作者は、わかる。 けれどそこに描かれてあるものが僕にはわからない。 そこにあるのはただ真っ黒なキャンバスだけ。 時折人が来てはその黒いキャンバスに見入っている。 どうやら他の人には見えているらしい。 「美しい」「色がいいね」 そんな会話が聞こえてくる。 誰よりも長くキャンバスを見つめている人がいる。 僕は聞いてみた。 「ここには何が描かれているのでしょうか?僕にはただ真っ黒にしか見えないのですが」 「おや、そうですか。今あなたには季節

逃げるチョコレート #シロクマ文芸部

チョコレートが、逃げた。 「待ってよ。何で逃げるの」 逃げたのは昨夜私が作ったチョコレート。 なのにチョコレートは平然と私の声を無視する。 私にとって記念すべき初めての手作りプレゼントになるはず、だった。 といっても料理は上手じゃないから、溶かしたものを型に流して 固めただけのチョコレート。 それでも大好きな先輩の為に心を込めて作ったものだった。 でも何故か今私はその自分の作ったチョコレートを追いかけている。 どんなに頑張っても逃げ足が速くて捕まえられない。 (自分で

【絵本】 お星さまの穴

ある夜のことです。 おふたりさんはいつものように夜のお散歩を楽しんでいました。 すると空からキラキラと光るものが地面に落ちるのが見えました。 ふたりが急いでかけよると、そこには 見たこともないものが二つ並んでいました。 すると相棒さん。 突然そのお星さまを すぽっ! するとどうでしょう。 お星さまのキラキラが少し強くなりました。 それを見ていたねじりさんも同じく すぽっ! こっちのお星さまもさっきより少しキラキラが強くなりました。 おふたりさん、まずはほっと一安

「食べられる夜」 #シロクマ文芸部

これは僕たち夫婦にとっての合言葉みたいなもので 「食べる夜」を選ぶと「晩ご飯を作らない人」で 「食べられる夜」を選ぶと「晩ご飯を作る人」と、なる。 初めて妻からこの質問をされた時はよく意味が分からず 楽そうな感じのする「食べる夜」を選んだ。 すると妻は「はいよ~」とにっこり笑って 鼻歌を歌いながら夜ご飯の準備を始めたのだった。 それからというもの、時々妻からこの質問をされるようになった。 しばらくは僕もその質問には決まって「食べる夜」を選んでいたのだが 妻があまりに楽しそ

迷子の迷子の 【#シロクマ文芸部 】

「消えた鍵」とは、恐らく僕のことなのでしょう。 僕のご主人様は突然、僕の前からいなくなってしまいました。 いや、ご主人様からするといなくなったのは僕の方… なのでしょうね。 ご主人様は道端に僕を落としていってしまったのです。 すぐに大声で呼びましたが、僕の声は届きません。 追いかけようとしましたが、それも無理な話です。 僕はご主人様と離れ離れになってしまいました。 ご主人様には僕がいないとダメなんです。 すごくすごく困るんです。 だって、お家に入れませんから。 けれど僕に

やさしい声 【#シロクマ文芸部 】

私の日。 ついに「私の日」がやって来た。 私の新たな出発の日。 ここで随分のんびりさせてもらっちゃった。 居心地がよくて本当はもっとここにいたいくらいだけど でもそれもすべて今日で終わり。 早く会いたいって毎日やさしい声をかけられて さすがの私も根負け。 でも本当は私、外の世界がすごくこわい。 ここからは何も見えないし外のことなんて何も知らない。 正直にいえばずっとこのあたたかな場所で 安心して暮らしていたい。 でもね、それでも思うの。 このやさしい声の主に会いたい

パトロール 【#シロクマ文芸部 】

街クジラはいつも願っています。 「今日も街が平和でありますように」 街クジラはこの街でパトロールのお仕事をしています。 毎日空を泳ぎながら街全体を眺めます。 街クジラはこの街が大好きです。 街は今日も変わらず平和です。 大きな街クジラは一日中、空をゆっくり回ります。 ですから街クジラが通るときは大きな影ができるので みんなは街クジラが上を通過するタイミングがわかります。 そして街に住む人たちはみんな その影が大好きなのです。 「本日も異常なし」 街クジラは日々こうし

海砂糖 【#シロクマ文芸部 】

「海砂糖はじめました」 とうとう今年もこのタペストリーに出会う季節になりました。 「海砂糖」は 角砂糖 にちょっと似ています。 立方体に固めたあの角砂糖のように、この海砂糖も 海に住む生きものたちの形に砂糖を固めています。 ただし、砂糖以外の成分については秘密なので 詳しいことは僕にもわからないんですけどね。 ちなみに海砂糖といえばこの辺りでは夏の定番で 大体この時期になると色んなお店で見かけるようになります。 そして夏が終わる頃、そこら中にあったタペストリーは いつの

ねずみ屋【#シロクマ文芸部 】

「銀河売りのねずみたち」のお話はじまりはじまり〜。 *  長年愛されてきた「ねずみ花火」 そのねずみ花火を作っている会社「ねずみ屋」では 毎日沢山のねずみ達が花火作りに勤しんでいる。 ここでは働く誰もが花火作りの仕事に誇りをもっていた。 ありとあらゆる花火を作っているねずみ屋は 足元でくるくる回る「回転花火」も作っていた。 今でこそ知らない者はいないこのねずみ花火だが 実は元々はこの名ではなかった。 「銀河」 これが回転花火に最初につけられた名だった。 中心に渦を

先生も知らない【#シロクマ文芸部 】

ガラスの手だよ、これ。 いいや、これは絶対に足!あし! 違う違う。これは葉っぱだよ。 だーかーらー!花だってば〜! …………。 * 今は美術の時間。 生徒はみんな、目の前にある 「ガラスの置物」を描くのに集中している。 そのうち、描くのに飽きた誰かが この置物は一体何だ?と言い始めた。 不思議な形をしたこのガラスの置物について それぞれみんな自分の考えを主張している。 そしてそんな生徒たちのことを私は 少し遠くから静かに見守る。 手、足、葉っぱ、花、などなど。 他にも

猫と僕と恋と【#シロクマ文芸部 】

恋は猫のようだと 僕はそう思っている 恋は猫 彼らはいつも突然 僕の前に現れる そこの路地から あそこから 向こうから 音も立てず静かにやってくる それは何の前触れもなく ひっそりと しっとりと 恋は猫 彼らがいつ現れてもいいように 決して油断をしてはならない ぽけっと気を抜いていたら 彼らはいつの間にかふっと いなくなってしまうのだから 恋は猫 こちらがどんなに見つめていても 彼らは気がつかないふりをするだろう だって自分のペースを乱さないのが お決まりのスタ

手作りカルタ【#シロクマ文芸部 】

咳をしても金魚。 ばしっ! テーブルを叩く音が病室中に響き渡る。 その瞬間、律の残念そうな顔が私の目に映る。 「はい、取った!それにしても『咳を…』って変だよね?」 「うん。でも好き。咳だから、仲間だもん」 カードを見ながら律は少し寂しそうに言う。 「このカード、ママの手作りなの?」 「うん。ママがこれ律に渡してって」 ママ手作りのこの不思議なカードは 文字カードと絵カードの二種類に分かれており 文字の方には全て「咳をしても○○」と書いてある。 他には「咳をしてもゾ

氷の鎧 【#シロクマ文芸部 】

凍った星をグラスに。 それしか方法がないと思った。 凍ったお星さまをグラスに入れてぬるま湯を注ぎ、氷の部分を溶かす… そうすれば氷の中に閉じ込められたお星さまをすぐに 助けられると思っていた。 「氷の鎧」 この鎧はお星さまが自分の涙で作ったもののようで 何者かによって氷の中に閉じ込められたわけではなかった。 ならばなぜお星さまは、こんなに冷たくて堅いもので 自分を覆っているのだろうか… 私にはお星さまの気持ちがよくわかった。 それは私にも昔、同じような経験があったから…

手紙遊び 【#シロクマ文芸部 】

透明な手紙の香り。 それは少し甘くて優しい花の香り。 君と僕の思い出の香り。 * さっちゃんはいつも僕の目の前ですらすらと透明な手紙を読み上げる。 まーくんはかっこいいね、優しいね、とか。 手紙の内容は時々変わる。 お菓子をくれてありがとう、とか 一緒に遊んでくれてありがとう、とか。 さっちゃんが読んでくれる手紙はいつも透明だった。 僕はさっちゃんのそのいつもの「手紙遊び」につきあう。 透明な手紙を読みあげた後は必ず僕にそれをくれた。 僕が手を出すと「はい」と言って