#会話記録の感想

『I~V』から選ぶなら、II番とIV番が好きです。

この感想文はr-906さんによるコンセプトアルバム『会話記録』を構成する楽曲群および小説作品のネタバレや、筆者による先走った感情のもにょもにょした言語化を多分に含みます。
ご留意ください。


Boothから小説とアルバムが発送をされるのを待って、ライブ映像の視聴をした。

全てを通して鑑賞した率直な感想としては、少しだけ痛みを覚えたと同時に、選択して前に進む勇気をもらった。

なぜそのような感情に至ったのか、作品と著者、そしてそのような感情を持った私自身に敬意を払い、可能な限り言語化したいと思ったので筆を取った。

先に私自身の話をすると、r-906氏の楽曲に出会ったのは、コロナ禍中のこと。Youtubeのレコメンドで流れてきた『ノウナイディスコ』が切っ掛けだった。

鬱々と在宅で仕事とゲームに打ち込んでいた自分にとって、『ノウナイディスコ』は熱を出して学校を休んだ日に見たテレビで知らない番組と出会ったような、心地良くも知らない世界を教えてもらったような、まさしくキャッチーな一曲だった。

ノウナイディスコを皮切りにしてアーティスト : r-906を追うようになり、並行して流行りもニッチもオールタイムベストも引っくるめて、多くのボカロPの楽曲を聴くようになっていった。

これまでのお気に入りを敢えて挙げるなら、『ノウナイディスコ』『まにまに』『-ze 2021』『モノクロセンス 2021』『怪電話』『ボイドロイド』。


今回の『会話記録』は、コンセプトアルバム『会話記録』と、その一部として制作された、氏による短編小説だ。

小説では、毎朝駅のホームで目覚める『■』と、彼女の友人『あの子』との会話記録が、『■』の持つ5つの人格ベースで展開されていく。

小説『会話記録』の本文の初出は、2023年に発表された楽曲『Catchy!?』のMVにある。

本楽曲は小説→歌詞の順に制作されたものであると作者本人から言及があり、MV中に一瞬映り込む文章群は今回発表された『会話記録』の中で実際に組み込まれている。

作中において『4番線のわたし』:人格IVは上記の楽曲をまさに体現するような明るい人気者の優等生で、人当たりの良さも相まってみんなから好かれている。

その一方で仲が良かったはずの『あの子』との会話は心地よく行うことができず、久しぶりの会話で自分に伝えられた『キャッチー』という3人称に戸惑いを覚える記録を残す。

小説内で登場する『I』~『V』の人格の見た目は挿絵のほか『あなたしか見えないの』のMVで確認することが可能なほか、MV中に使用された素材は個別に公開されている。

V番ちゃんかわいいね。。。


そして、小説とアルバムがニコニコ超会議で先行販売された約2週間後、オンラインライブがYoutubeで配信された。

ライブ映像『観測記録_240509』の最後、『あなたしか見えないの』のMVを彷彿とさせるような投影映像と黒塗りの『わたしたち』が映されたのち、r-906本人とIV番の投影映像が重なっていく最後の演出で胸が痛くなった。

『会話記録』は■と『あの子=あたし』が会話をした記録であり、『I』~『V』の人格は全て■が持つ『わたし』で。
『IV』は確かな人気と『みんな』からの期待、『キャッチー』さによって、きっと■にとって必要な力になっていて、『IV』を主人格として据えるのは今後生きていく上で自然な淘汰として受け入れることができるかもしれない。

その一方で、『I』~『V』の全てを認識して会話をしてきた『あたし』にとっては、『IV』に■が統合されていく変化の過程は『見えなくなってしまった』他人格が消えていくように映り、それは今までのような会話が棄却され、これからは『IV』だけとの思い出のみが記録に残っていくような、そんな変化に対する痛みを感じてしまう。

『あの子』が認識しているタイムラインには『I』~『V』がいて、それぞれと会話した記録が確かに残っている。
『あなただけしか見えないの』でこの観測記録という物語が閉じていくのは、軽やかさとキャッチーさの裏にあるもどかしさや痛みが取り残されてしまう。

ただ、『会話記録』にはその先がある。
アルバムの楽曲『VI』と小説の終盤で、変化に向き合う切っ掛けが用意されている。

『VI』は『I』~『V』を全て内包しているような、明るさと静かさどちらも感じられる楽曲だと思う。
薄明を連想させる軽やかなシンセサイザーのメロディーラインは近未来的で、小説内の中盤までの会話記録からなる内省的な重さを解放し、視線を前に向ける力がある。
個人的に、『I』~『V』はそれぞれが持つ個性やムードについて今の思いのまま、その感情で踊り揺れることができるもので、それらと『VI』は制作意図として狙っている時間軸や感情が異なるのではないかと感じた。

小説の終盤、『■』と『あの子』が会話をして、たどり着いた先で明日の朝のことを考える。
それは■にとってもあの子にとっても大切なことだ。
■が『I』~『V』を選んで日々が続くのではなく、■とあの子が会話をして、■として今まで存在しなかった『VI』を現実のものとして生きていく道筋がそこにあるのではないかと考えずにはいられない。

そして、『Catchy!?』の歌詞『"So, you are catchy."』の『catchy』は言うまでもなく『キャッチー』のことであるが、素直な発音をしていない。
どこか『勝手』のようにも聞こえるこのフレーズは、IV番が持つ『みんな』に対する反骨心のようにも、『あの子』が■に抱く身勝手さや奔放さを代弁するかのようにも捉えられる余白になっているのではないだろうか。

『キャッチー』というフレーズで『■』と『あの子』の会話が終わっていたらきっと『VI』が生まれることはなかったし、これからも両者の会話は続いていくはずだ。

今後の会話がどのように記録されていくのかはまだわからないし、わからないからこそ、これからも未来を選択して、その未知を楽しみに生きていけるのだと思う。

いい作品でした。アーティスト:r-906とボカロを追っていて良かったです。


蛇足:

繰り返しになるが、『あなたしか見えないの』と『会話記録』における作品世界は、冒頭の楽曲『Catchy!?』およびその底本となった小説を下敷きにしている。

今回の『会話記録』を受け、改めて『Catchy!?』のMVを見返してwowaka氏の楽曲『ローリンガール』を連想した。

私は当時ローリンガールやボカロ楽曲を熱心に聴いていたわけではないが、そのキャッチーなフレーズやメロディー、ファンメイドの手書きPVになんとなく惹かれて原曲や関連動画を視聴していたし、音ゲーなどを通して馴染み深い楽曲になっていた。
当時もニワカなりに大好きで、ボカロに嵌り直した今となっては改めてその偉大さに敬意を払う対象となっている大切な楽曲だ。

『Catchy!?』内でIV番がサビで回転しながら右から左へ何度も通り抜けていくのは、IV番が『あの子』に見せる『私は今日も転がります。』であったのではないのだろうか。
なんの根拠もないけど、なんとなくそんな気がした。

そして、私自身はIT分野でしがない日銭を稼ぐ一般人であり、学生時代はサークルや研究で文字を書き、趣味のゲームコミュニティの端で静かに暮らし、最近は絵を描き、突出できない仕事のスキルやキャリアに悩み、今後の自分の生き方に悩んでいる現状がある。跡を濁さぬためにライフサイクルが変化するたびに個を消し、目立たず、適応し、信念はあるが感情を出さないような、そんな活動を全ての行動において是としていた。

今回の作品群を通して、応援している1人のアーティストによる内省と自己分析と選択の過程を垣間見ることができた。
それは「じゃあ私は何をして何になっていくの?」と悩んでいる自分にとって、共感による痛みと、その過程すら作品へ変えていく力強さへの羨望と、勇気と、要は正負両方の感情を喚起させられた。

思うに、この作品を受け取った私は、私自身をちゃんと再定義して、向き合って、私が知覚している『あの子』のために動かなければならない。

私がどのように回転しどこに目線を向けられるのか、そして何になっていくのか、いま目の前の会話から逃げずに明日に進もうと思った。

以上、蛇足でした。
最後まで読んでいただきありがとうございました。

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