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居場所としてのアトリエへ。




最近文章をしっかり書くことをしていませんでした。
私は脳が多動で浮かんでは消える思考をこうして書き出さないと
頭がいっぱいいっぱいになってしまって、停止してしまいます。


先日「気まぐれ八百屋だんだん」さんの紹介記事を読みました。
八百屋さんが子ども食堂を運営しているのだけど、
食堂だけでなく、寺子屋だったり工作だったり、いろんな催しが開催されているんですよね。子どもが集いやすい、集いたくなる仕掛けがたっぷりありますし、保護者の拠り所にもなっているようです。

子ども食堂は、今は「居場所」としての意味合いがとても強いように感じます。その中に貧困や経済的不安、複雑な家庭などの事情を抱えた人ももちろんいるでしょうし、そういう方々のセーフティネットであって欲しいと思っています。

私が最近考えていることは、
この「食堂機能」はおまけで、
地域や大人による子どもへの環境提供を中心に何かできないかということです。
子どもたちに何かできること、子どもが集って育っていける場所になれないかな〜と。

原点になる話がありまして、ちょっとそれますが、書きますね。

ご存知の通り、積み木の教室を運営しています。
積み木そのものは、すべての子どもに出会って欲しいものです。
一方で、積み木はどんどん高騰し、お教室にもくる子は限られてくるでしょうし、積み木に触れることなく大人になる子が減ればいいなぁといつも思っていました。

とはいっても、積み木遊びに来て欲しいがために、参加費を下げたり、無償で解放することは正直できません。
より良いプログラムやカリキュラムを子供達に手渡したいと思えば、今の金銭的対価をいただくのは当然だと思っているからです。また自分自身の生活もありますよね。

そういった「積み木遊び」と「子どもの健全な育ち」に関係のないところに、運営者として主宰者としての悩みがあるのです。


こういう悩みは、私に限ったことではないと思います。
英会話、ヨガ、体操、なんでもいいのですが、
「これは人々に伝えたい!」と思うことを生業にしている方々は、
みんなに伝えたいという目標のために、低廉または無償にしてみんなに来てもらう、とは訳が違う、というのは当たり前ですよね。

なので、生業として行うところはしっかり行なって、
でもたまには、月に1回くらい、ただただ楽しむ日、というような「輪」になるような時間があってもいいんじゃないかな…って思うんです。


それが、最近ぼんやり考えている、
みんなが自分の「伝えたいこと」「伝えられること」を持ち寄る「居場所」です。

子ども食堂からそのような形に派生するケースはよく見ます。
学習支援につながるパターンも多いですよね。

ちょっと宿題の支援します、勉強教えます、英会話教えます、でもいいですし。
ワンコインで集える場所があったら…もちろんそこから自分のお客さんになる人だっているかもしれませんし。


子ども食堂とは違うな、と思う点は、
貧困対策や困窮家庭対策がベースではないという点です。
どちらかというと、活動者側の生業としての自分、
地域の中の一員としての自分、子どもたちに良いものを手渡したいと願う自分を両立されるための仕掛けというか…



話が長くなりましたが、

・子どものために残したい未来がある
・子どもと遊ぶのが好きだ
・地域と子ども、大人をつなぐ関わりをしたい
・子どもに手渡したいスキルがある
(勉強、栽培、実験、アート、料理、なんでも…)
・300〜500円以内の活動費で遊べる。
・月1回くらいアトリエで活動できる。
・利益にはならないけど、居場所と仲間ができる。

この辺にピンとくる方がいたら、
お話ししたいな〜と思っています。

私自身は、上記のような思いと並行して
「子どものアート嫌い」を減らす目的で
小学生を集めて試験的に「遊びのじかん」を開いています(現在非公開で行ってます)
子どもが図工や美術を苦痛に思うのはなぜか、
もっと日常にアートを置けないのか、を考えてのことですが、
今日お話しした、ただ集って遊ぶ、のなかに取り込むことも可能なことだと感じています。

まちかどアトリエNeiroは
親と子が育つ場所として方向性を保ちつつ
いろんなことに挑戦したいな、と思っています。

最後になりましたが「居場所」という単語が苦手なので、
何か他の言葉がないものかと4年くらい模索しています 笑

ではまた!

お問い合わせ:mail@neirokirara.com
担当:ひおき

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