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2021ルヴァン杯プレーオフステージ 札幌1−1横浜FM 所感

■試合概略

 ・ボールと、プレッシャーラインの背後のスペースの奪い合いが続く好ゲーム。ラインを越された直後の規制力の不足で札幌は徐々に下回った
 ・横浜の右サイドからのビルドアップの巧みな設計。札幌の守備の仕組みに慣れていない青木を狙い撃ち
 ・札幌にとって複数人の負傷離脱は結果以上に痛い。良い流れに水がさされたか

■布陣概観

 札幌は、直近のリーグ17節柏戦でスタメン復帰を果たした荒野を満を持して「本来の」前線に起用。持ち前の運動量と対人守備能力、スペースへのランニングで十分な貢献を示した。また、青木も柏戦に続いて左WBでの先発。先制点に象徴されるように攻撃では十分な働きぶりを見せるも、後述するアクシデントによる前線への配置換え後は、プレッシング時に標的を定めるのにやや時間を要してしまい、彼の近くからの前進を許していた。
 横浜は直近のリーグ戦に続きセントラルMFを岩田・渡辺で構成。互いに位置と役割とを交換できる関係の良さを披露した。彼らと、右SB小池とが織りなす自在のポジション移動は札幌のボール奪取アクションの発動を遅らせる効果があり、前進を助けた。両ウィングがいずれも大外を主戦場とするタイプだったこともあり、速攻からのサイドの深い位置への運びそのものはリーグ戦での対戦時よりも完成度が高かった。

■晴天下13時KOの試合で繰り広げられたプレッシング合戦。光った荒野の推進力

 序盤から両陣営がそれぞれのアイデンティティと言える手法をぶつけ合い、ボールとスペースを奪い合う展開になった。
 札幌は荒野を最前線に起用、荒野-小柏、駒井-深井の4名で横浜の2CB+2セントラルMFのプレイを規制、左SBティーラトンへの横パスをスイッチとしてサイドでのボール奪取を狙う。荒野が前線に入ったぶん、CBへの規制後であってもボールサイドからの展開を狭くするためのアクションが迅速になることで、より高い練度となっていたように思う。

 尤も、横浜もプレス回避については慣れたもの。ここ数試合では敵の順位や志向性も手伝ってあまり観測されていなかった「楽園」への侵入(しかも小池による所謂「偽SB」)でしばしばプレッシングを空転させる巧妙ぶりを見せた。例は11分14秒。これは持ち場を捨てる好判断を見せた福森が迎撃。

   一方、札幌のビルドアップに対する横浜のプレッシングは、4-2-3-1の基本配置でまずはアンカー、この日は主に深井を消し、GK菅野へのバックパスをスイッチとしてセアラとジュニオールが横並びの2トップに変形して両CBを同時に消すところから中盤ラインはフラットに上がる形が主。中盤ライン自体が高いうえ、ワンサイドにスライドできる体の向きが作られているので、札幌の最後尾は中央、具体的にはインサイドMFを視認できてもなかなかボールを差し込めない。

 岩田と渡辺はいずれも機動性に優れ、このアクションがとにかく速い。サイドにボールを誘導してからの横スライドについても同様。この点はこれまでスタメンで起用されていた選手、特に扇原との明確な違いだろう。しかし、札幌はこれに対しても冷静に対処。8分42秒の宮澤が深井を越すパスで駒井を活かしたシーンは光った。深井の立ち位置がやや宮澤寄りになることで横浜の2トップはスライドしてくるが、ジュニオールにスライドにやや遅れが見られ、宮澤はそれにより駒井を視認することができた。

 このようなハイテンポなボールへのアクションと、それにより不可避に生じるスペースの目まぐるしい奪い合いが続くなか、拮抗した状況を動かしたのは前線の選手の推進力だった。

 札幌は岩田と渡辺の間、或いは背後のスペースを荒野が目ざとく見つけ侵入→単騎での前進に繋げる。これまで、このタスクは専ら小柏のものだったが、この日はドリブルでの前進は荒野が主に担い、小柏は裏抜けを敢行するシーンが目立った。駒井はこの2名のやや手前の狭いエリアでボールを受ける役回りになっており、個々の職域もしっかりと整理されていた印象だ。青木が後述する深井の負傷交代まではWBに配され、主に大外での突破を主任務としてたことも、これを後押ししたと言えるだろう。先制点も、自陣でのボール奪取から速攻を推進したのは荒野である。先期のピーク時に比べてボール奪取アクションの連続性に乏しいようには映ったが、十分に「らしい」仕事ぶりだった。もし荒野にフィニッシュワークの技術が伴っていたならば、とうの昔に日本代表にも選出され欧州にも進出、そのプレイスタイルからトーマス・ミュラー🇩🇪と比較されていたはずだ(背番号も2しか違わない)。

 この荒野に比して、セアラはいかにも存在感に乏しかった。婉曲的な言い回しで評するならば「フィニッシュワークに特化したタイプ」とでもなるのだろうが、オナイウや前田が行っていた後方からのパスの受け手になるアクションが少なく、さりとてジュニオールのためにスペースを提供するでもない。組織にメリットをもたらす戦術的アクションに乏しいという印象が拭えなかった。

■忘れかけていた悪夢。深井の負傷による配置転換が生じさせた種々のエラー

 あまりに美しい軌道を描いた青木の先制点がもたらした歓喜は、横浜にとっては落胆をもたらした。ところが、あたかもこれを埋め合わせるかのように、前半の終盤から後半の中盤にかけ札幌にとってはネガティブな事象が相次いだ。
 まずは32分、深井の負傷退場。札幌ファンが長く忘れかけていた悪夢の久々の再現であり、それゆえにチームの雰囲気を冷ます効果もあったことが予想されるわけだがそれはさておき、戦術的な面にフォーカスすれば、プレッシングの精度に狂いを生じさせることになった。菅が彼に替わり、駒井が前線からセントラルMFに、青木が左WBから前線に移動したのだが、この横浜にとっての右サイドは、左サイドとは幾分設計思想が異なっており、その効果が、札幌のプレッシング手法への馴染みが相対的に薄い青木を直撃することになった。
 これは深井の負傷以前から発現自体はしていた現象だが、横浜の右SB小池、セントラルMFの岩田と渡辺は相互にポジションの互換性を有している。岩田と渡辺はビルドアップ時には頻繁に左右を入れ替えるし、そもそも同じ高さにいない。そして、いずれかが右SBの位置に入ったかと思えば、SBの位置にいた小池は同サイドのハーフスペースで福森を牽制していたりもする。とにかく頻繁に位置とタスクが入れ替わるのだ。青木にとっては、自分が取るべきアクションを決めるのにやや時間を要する状況だったのは想像に難くない。まずは31分35秒、マルチンスからの縦パスを受けられる体勢の岩田と小池が、青木を挟むようにポジショニング。パスは小池に出るが、後方から福森がナイスフォロー。

 続く35分46秒。やや内側に位置取った小池の運びに青木がアクション。渡辺が、敢えてこの青木の近くで、尚且つ彼の視野の外でボールを受けた。このとき、もっと前に立っていたら、福森の射程圏内に入るところだったが、敢えて青木から離れなかったことで福森から逃れた形。既に他選手へのアクションを起こしている選手の近くー札幌の「マンツーマン」の1番の急所といえるかもしれない。

 青木がWBを務めているうちはまだよかった。前方か後方かによらず、原則的には大外にいる敵選手をどちらがケアするか、という判断のみが必要になるからだ。小池が内側にいて福森を牽制しているなら、自分は仲川をケアすべし…というように。
 ところが、前線に上がることにより、青木はこの小池・渡辺・岩田のうち誰かを、状況に応じて適宜ケアしなければならない役回りになった。リーグ柏戦でのPK献上のシーンのように、初速で抜きにかかられた場合の対応が得意とは言えない彼にとっては、ときに仲川をケアせねばならない役回りからの解放は好都合であるようにも映るが、実際には、上記の3名のうちの2名に挟まれアクションを決めきれず、組織的なプレッシングの一部として機能できない状況が生じてしまっていた。言うまでもなく、これは彼個人の責任では全くなく、組織運営上の問題である。

 この配置転換以降、後半も通して横浜は明らかに右側からの侵入を増やしていく。同点弾こそ左側からのビルドアップが端緒だったが、ホットゾーンになったのは右側だった。

■不在が際立たせた小柏の存在の大きさ。持ち前の戦術眼でフェルナンデスはチームを助けた

 札幌にとっての不運はさらに続く。
 まず、59分に小柏が負傷交代。フェルナンデスが投入され右WBにシフト、金子が前線に移動した。アプローチの連続性、裏抜け、そして中盤での「間受け」。これらの武器を一気に失うことで、札幌は各人がプレッシング時には少しずつ無理を強いられるし、攻撃をフィニッシュまで繋げる手段もより限定的になる。金子はどうしても右外に流れる傾向があるので、センタリングのターゲットも減る。
 極め付けはその3分後の福森のアウトだった。ただでさえ、前線のメンバーが足元に精緻なボールをつけなければ活きない選手に替わっていたところ、その精緻なボールを出すことのできる選手が不在になってしまった。さらに、福森はしばしば本来のマーカーである仲川を捨てて中央でインターセプトやセカンドボール回収にも絡んでおり、上記の通りこれが最前線のファーストプレスをかわされた場合の予防線にもなっていた。そして、この福森が不在となった位置に高嶺を下げたことで、彼の主任務はより後方でのボール奪取アクションになる。攻められず、それでいて高い位置でボールを奪い返す強さも下がってしまった。

 走っても成果は出にくい構造になってしまっていたところ、健気に走り続けることで札幌の選手はより疲弊していくのだが、この状況下で最大限、効率的に攻めようとしてはいたと思う。特に光ったのは金子とフェルナンデスとの関係。72分52秒の高嶺によるボール奪取から始まる攻撃では、フェルナンデスが横浜の右側からのビルドアップに対してしっかり絞りティーラトンを牽制できる距離を保ちつつ、青木からのボールを受けてからドリブルできるだけの空間的余裕も得られる絶妙の立ち位置。後方からフォローしてきた田中にボールを預けると、右外に開いた金子のポジションニングに合わせて自身は中央にランニングした。

 金子が自身を追い越したフェルナンデスを近距離でフォローしないことで彼から戻ってきたパスを受けてドリブルするスペースを確保していた78分30秒のシーンも然り。組織としての狙いというよりは彼ら同士の感性に則った連携での崩しは見ることはできた。

 すっかり右WBの定位置を争う関係が定着している2名なのだが、先期はむしろこの試合でのように同サイドでコンビを組む機会が多かった。いまだに魅力的なコンビであることに変わりはない。

 飛車角を欠くことになった札幌に対し、あたかもマウンティングをするかのように、横浜はまず水沼、次いでオナイウ、天野、扇原といった他クラブが羨むであろう豪華な控え選手を投入し、試合を決めにかかる。殊に天野と水沼の投入は逆転を許したリーグ戦でも見られたベンチワークで、前半に引き続きホットなゾーンであり続けた右サイドからのセンタリングからの得点を狙う意図があったことは容易に想像できた。
 天野は右サイドでのローテーションには関わらない。そのぶん、仲間を置き去りにするほどの高速スプリンターである仲川と異なり、運動量とクロスが持ち味である水沼がこれに加わり右深くにスペースを作ったうえで、そこにオナイウを走らせるアクションが目立った。オナイウがサイドに流れれば、中央にはジュニオールが入ってくるというように、彼らはタスクを自在に交換できる。この種の戦術的アクションがセアラのレパートリーにはまだ無いことが大いに札幌を助けていたことが、このベンチワークで明らかになった。

■好ゲームの代償としてはあまりに大きい負傷離脱。求められるより安全な試合運び

 両陣営がスペースとボールをアグレッシブに奪い合う好ゲームであるとともに「楽園」番としてのCBの飛び出しが、右の田中のみならず左の福森によっても実現できることが明示され、組織としての成長を示すことができた。尚且つ、複数の負傷者という重い代償を支払ってしまったので、それゆえに勝ちたく、勝つチャンスも十分あった試合と断言できる。
 惜しむらくは純粋に技術的なエラーといえる荒野のPK失敗。彼が最良のキッカーであるというチーム全体の判断があってのこととこちらは判断するしかないので言いにくいが、他のキッカーがいなかったのかという気にはどうしてもなる。彼がPKを蹴ったことはこれまであったろうか。荒野本人は他の局面では素晴らしい働きを見せてくれたし、組織全体としてもアクティブにアクションを続けることのできた清新な印象の試合だったので、このどこか粗雑な匂い、「ノリ」や「勢い」で適当に担当が決まったように邪推したくなるPK失敗は真っ白な洗い上がりのシーツの上のシミのような悪目立ちぶりだった。在道メディアのスターシステムにおいてなら、それも含めて荒野らしいとか評価されるのかもしれないが。
 小柏の離脱期間が如何程かは未だ公式発表されていないが、負傷離脱が開幕から4ヶ月で3度というのはいかにも多い。致命的に大きな負傷こそしないものの週単位での離脱を強いる小さな負傷が多いところはハリー・ケインやアーロン・ラムジーを思わせるが、短い距離を方向転換しながらのスプリントが多いそのプレイスタイルを考慮すれば致し方ないのかもしれない。とは言え、上記したようにインサイドMFとストライカーとしての二役を演じる多芸ぶりが欠如するのはあまりに痛い。いなくなるのは小柏という1名でも、無くなる武器は複数なのだ。ライン間でパスのターゲットになることそのものは駒井にも青木にも代行できるが、そこから瞬時に加速し初速で敵をちぎってしまえるのは彼しかいない。仮に、これに深井の欠場も重なり中盤での圧力が低下するとすれば、ロングボールやスピードのあるパスを減らしてより安全を意識したボール保持の時間を増やすことで時間を消化するようなアプローチも必要になるだろう。中盤でのボールを奪いきれなければ最後尾までの背走を余儀なくされ体力を空費する。今後、暑さが本格化することも踏まえれば、ボールロストそのものを減らすことを優先するアプローチがあっても良いはずだ。まして、この試合で横浜に多くのチャンスを与えずに済んだのは前述したセアラの戦術的アクションの不足にあり、後方にスペースを作ることを躊躇しない札幌の守備手法は依然としてリスキーであることに変わりはないのだから。

 セカンドレグの結果は楽観視できない。肉を切らせて骨を断つ覚悟で勝利を求める姿を期待する向きはあるだろうが、まず重要なのはリーグ戦で安全圏に到達するための勝点確保と、それへの道標となるような試合内容の提示である。多くの試合をベストメンバーで戦えた5月が随分と遠くに感じられてしまうが、無い物ねだりにも詮無いというもの。現実的に提示できるものからリアリスティックに結果を得られるだろうか。

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