見出し画像

2023年J1第3節 新潟2-2札幌 所感

■布陣と試合概略

 開幕からの2節を「負けなし」で迎えたホームチームと、「勝ちなし」で迎えたアウェイチーム。一方がJ1にいるときには他方はJ2に入ることが多く、特に00年台に入ってからは対戦自体がレアだった両陣営だが、札幌が「マンツーマン」を、新潟がそれをかわす低い位置からのパスワークを、というように、戦術的なアイデンティティを表現し合った結果、ボールが前後に行き交うハイテンポな内容の試合を演じた末、勝点1を分け合った。

 さて、札幌のスタメンでは、誰もが待ち望んでいた小柏の復帰が、何といっても目を引く要素だ。小柏はこの日も代名詞たるスピードはもちろんのこと、中間ポジションの見つけ方やそこでのボールコントロールの確かさなど、あらゆる面での質の高さを披露した。スタメンに復帰した金も最前線で奮闘、逞しさを増しているようだ。この彼に対してベンチスタートとなった浅野が、ゴールという成果を出したことも好ましい。また、初先発となった前節では前半のみでベンチに退いた馬場は、この試合では途中出場でしっかりと任務を遂行した。試合の趨勢を札幌側に傾ける要因の一つと評してよいと思う。

 新潟は、主将にして札幌と縁の深い左SBの堀米を欠いた。彼に替わった渡邉は、堀米ほどのタフさはないものの、後述する前進工程では高すぎない位置を取ることでしっかりと貢献。前節はベンチスタートだった右CBの舞行龍も、持ち味のキック精度を見せつけ、低い位置でのパス交換→前方へのスペース形成という工程の出発点で確かな仕事をした。

■ポイント1:復活の小柏。右ハーフスペースを狙う矢に

 試合後のインタビューで、札幌のペトロヴィッチ監督は、過去2試合に比して内容面での改善がなされていたことを認めた。個人的には同様の認識だ。その背景のひとつとして、札幌がこれまでの2試合以上にボールを保持できたという事実がある。

 新潟にはハイプレス志向がなかった。鈴木・伊藤の2トップが縦関係になり中央を塞ぐものの、ウィングは田中と福森と正対しながら下がっていくのが基本だった。よって、前2節とは比較にならないほど、札幌の後方ユニットは余裕を持つことができていた。なお、前2節と異なり、最後尾に下がった宮澤が、左CBでなく右CBに回るケースが多かった。

ボール非保持時の新潟は、ハイプレスを指向せず、荒野のいる中央へのパスコースを消して、
全体的にローブロックを構える形だった

 この中で活きたのが小柏だ。左側で余裕を持って前進してからの右側への展開といういつもの工程で、金子にボールが渡る機会が多く、それを受けた小柏は持ち場となっていた右ハーフスペースで果敢に裏を狙う。裏を狙う以外にも、ライン間でボールを受けるためのポジション移動と次のアクションへの移行がキビキビとしており、状態の好さを伺わせた。キャンプ中の肉離れに起因する離脱が2試合続いていたわけだが、この試合でも70分で下がっており、あまり長時間の酷使をせずに慎重に使う必要があるだろう。

CMFのボールサイドへのサポートにより、SBを絞らせつつ数的優位を形成、
この状態で小柏がハーフスペースを縦にランニングするのが効いていた

 ボールを持ててはいた札幌だが、荒野をアンカーの位置に置くことにより、どうしても自陣でのボール逸が散見されはした。前述の通り、新潟の2トップが中をしっかり閉めていた。これにより、已む無く下がる→しかし出しどころはないので仕方なく運ぶ、という工程の中で寄せられてからの、やらずもがなのボール逸もあった。小柏が裏を狙うのに対して下がってくることが多い青木が、珍しくボールコントロールのミスをしていたこともあって、ハイプレス指向でない相手に対しても札幌の前進はベストの出来だったわけではない。金が前2節とは異なり、対峙する両CBに対してしっかり競り勝てていたので、ハイプレス指向でない敵相手に対しても自分たちからリズムを崩してしまったのは残念だった。

■ポイント2:機能した「マンツーマン」とその反動

 では、札幌の戦術的アイデンティティのもう一点「マンツーマン」の効き具合はどうだったか。これまた、よく機能していたと思う。ただ、それによる反動もあった。

敢えて用意するまでもないが、原則的なマークの関係図

 新潟は、札幌のやり方そのものは十分に理解していたようだ。試合を通した彼らの狙いは、伊藤という「磁石」としてこれ以上ない適性を有するタレントを利用して、ミドルゾーンの中央に選手を一度集結させることによって、札幌の3CBのうち田中、あるいは福森の眼前に、WGが存分に一対一を仕掛けられるだけのスペースを確保することにあったと思われる。

 引いてポストワークを試みる鈴木についていく岡村と、フリーに動く伊藤を追尾する宮澤。彼らが職務を忠実に実行すればするほど、田中と福森が絞り気味になる。特に、ボール保持時に自由に動き回る福森に対して、自陣に残りがちな田中が、特に狙われることになった。三戸はスピードあるドリブラーだが、幾分絞り気味の位置を取ることによって、ゴールに直結するスペースを直撃することができた。

 これの前提として、効果的だったのはSBによるフォローだ。所謂オーバーラップを控え、低めの位置で幅を取って札幌のWBのマークを引きつける。札幌の陣形が全体的に横ずれすれば、中央でCBやCMFが時間を得ることができる。特に、舞行龍が長距離のボール、千葉がショートパスという職域区分があるCBのプレイは光った。前者は同点弾の起点になっており、後者もCMFを越して伊藤の足元に直接パスを供給することで宮澤への過負荷を強いた。また、どうしても名前を「きょうすけ」と読みたくなるGK小島のキック技術も戦術に組み込まれているようだ。そして、序盤には、左外にボールがある状態で、右WGだった太田が中央に侵入し、福森のマークから自由になった状態でボールを受けるシーンが続いていたことにも触れておきたい。

新潟の仕込んでいた策のあれこれ。
教義に忠実であれば、それがハマることもあるし、裏返されることもある

 どのような経路を辿るにせよ、「マンツーマン」に対応しながら「三戸を走らせる」ことに新潟は活路を見出していった。これ自体は敵陣での「マンツーマン」が機能しているがゆえの反動とも解釈できるので受け容れざるを得ない。ただ、自陣ゴール前での「マンツーマン」に脆さを見せる選手が何人かでも出てしまえば、敵のシュート数は少なくてもそれをゴールに結びつけられる危険は増す。札幌の前半の2失点は、被速攻時にそれを自陣深くで止められなかったことと、無理やり止めたがゆえに起きたものだ。

■ポイント3:新任の門番・馬場と、存在が大きすぎる伊藤

 後半もこの流れがしばらく続くが、札幌による「マンツーマン」の関係性のなかで、伊藤-宮澤の関係がまず壊れていった。あまり横には動かないが、ショートスプリントを多く繰り返すことができ、しかもそのうえでターンが巧みな伊藤に、すっかり疲弊させられてしまったのだ。前半、前2節と異なりボールを持てていたものの、被速攻も多かったことで、前後の動きが多かったことも関係していたかもしれない。

 ゆえに、馬場の投入は必然だった。投入直後に、まさに伊藤に対してのファウルで警告をもらいはしたものの、彼の速さについていくことができていたし、彼へのマークよりもCBとしての位置に入ることが優先されるべきシチュエーションも見極められていた(「本職」経験の有無はこの点に如実に顕れるものだ)。その状態でのボールを跳ね返す強さも感じさせた。

宮澤に替わった馬場が伊藤担当に

 ボールを前向きに跳ね返すことができるようになってくれば、後半開始時点から投入されていた浅野の能力が活きてくる。金の後方の2名がいずれもスピードあるタイプで、しかも順足配置されていることで、札幌も縦に速い速攻を繰り出すことができるようになってきた。浅野は小林投入後にはいつもの右側に移動し、内向きのワンツーからの左足シュートで同点弾を挙げている。高名な兄に比べると、いくぶんプレーメーカー色がある選手のようだが、あまり下りてきてのプレイを好まない点は、彼に替わって退いた青木との違いだろうか。

馬場対伊藤のところで優位性が出たことで、ボールを前向きに跳ね返せるように。
田中・福森が高い位置を取り、尚且つ順足配置された二列目の両名がハーフスペースを
縦に狙えるようになっていく

 ベンチワークが「ワーク」した札幌と異なり、新潟は途中出場の選手がうまく試合に入れなかったように映った。クオリティが絶対的に高い伊藤を、それゆえに下げられないというのは新潟にとってはジレンマだ。前線の選手の序列も彼との関係性を作れるかどうかで多くが決まってしまうのではないか。直線的なドリブラーである小見は、この点で少しだけ弱みを持っているように見えたし、谷口は鈴木と同タイプであるうえで、特に強さが少し鈴木より下のように思えた。

 正しい手当てをした札幌と、返す刀で速攻を狙う新潟。双方の狙いが噛み合うことで、特に70分以降のハイテンポぶりは甚しかった。ただ、同点に追いつき、すわ逆転かとも一度は思わせた札幌だが、その実、やはり新潟にブロック形成を許した状態での崩しの道筋はまだまだ見えない。とはいえ、金子のクロスに対して、左WB菅が新潟の右SB藤原の背後から飛び込み、ヘディングシュートを見舞ったシーンが二度あったことには触れておきたい。菅は前述の「すわ逆転か」のシーンでは得意技(ルール自体を失念しているのかと思わせるほどに、ベタなオフサイドへのかかり方をすること)を披露したが、試合を通して持ち前のタフな上下動はもちろん、絞りの位置も的確で、非常に高い貢献度を示していた。

■総括:ハイテンポ化の中で見えてきた「強度」基準での序列

 まず、新潟について触れておく。試合を通して彼らから感じたのは、伊藤という選手の「目の保養」ぶりと、それらを中心として構築されたやり方が内包する危うい魅力である。

 伊藤は、サイドに流れることなく中央で、しかも左右どちらにもターンできるようなボールの置き方をしたうえで、スムーズにターンできる。鮮やかなノールックのスルーパスも、事前に周囲の状況に関する情報処理を行えているからこそ可能なものだろう。ドリブルのコース取りが最短でゴール方向に向かっているところにも、スピードある前進を指向するにあたっての無駄な要素が取り除かれた、現代風のテイストを感じさせる。代表レベルかと問われると答えに詰まるが、ローカルヒーローに留まる器でもなさそうには見える。

 そして、この伊藤を取り囲む選手たちにも総じて俊敏性があるので連動できるし、彼らへのパス出し役としての島田、フォロー担当としての高というCMFの関係もよく作り込まれているように映った。ただ〜新潟を定期的にウォッチングしていたわけではないので的外れな見方だとは思うが〜伊藤が非常に高いクオリティを持っているがゆえに、対戦相手のレベルが段違いに上がるJ1では、彼にボールが納まることと、それにより周囲の選手にスペースが提供されることとが戦術上の必須要件になるのかもしれない。かつての札幌にとってのチャナティップと同じで、いちピースとしての存在意義を越えた存在になると、離脱された場合の戦い方に難しさを抱えはするだろう。

 さて、我らが札幌についてだが、例によって開幕前には上位進出を目標に掲げながら、これで開幕3試合にして未勝利、しかも昇格組と互角の勝負を演じたという点に、ストレスを感じるファンもいるだろう。ただ、J2時代からの着実な積み上げの結果としてJ1に到達し、その中心にいた戦力もキープできている新潟に対して、札幌は、積み上げてきた積み木が老朽化していたり、あるいは壊されたりしている立場だ。昇格クラブを格下扱いできる資格はない。

 実際に、この試合では、札幌と新潟、それぞれが持つ戦術面での旗印が、あくまで「互角」にぶつかり合った。その結果が、あのかなりハイテンポな、第三者が観るエンターテインメントとしては良質な試合内容である。そして、新潟がハイプレスを指向しなかったことで、札幌はボール保持こそ一定の安定度で行えたものの、それを崩しに直結させることはまだまだできていない。ボール保持状態での崩しの手段は第一にセンタリングからのヘディングだが、金子のボール供給には例によって大きな問題がある。改善ポイントは多くあるのだ。

 そして、試合後のペトロヴィッチ監督のインタビューからは、負傷者を多く抱えるという事実が、単なる頭数の問題だけに留まらない重みを有していることを強く感じた。

 (とてもチャーミングな)インタビュアーに「今後の積み上げとなる要素」を問われた同監督が真っ先に挙げたのが、小柏の名前だった。それ以外に挙げられた駒井や深井は、まさに開幕節や、この試合のようなハイテンポの試合で強度を保証できる武器を持った選手である。フィジカルの強さこそないものの、それを補って余りある判断の速さを持つフェルナンデスも同様の重みを持っているだろう。

 各クラブの戦術レベルが保持/非保持の両局面で上がり、その戦術遂行を食い止める相手方との駆け引きの結果によって、各種の局面の高速化/シームレス化が進む中、あらゆる面での強さや速さを含む「強度」の要求レベルは急速に上がっている。そもそも、札幌の旗印である「マンツーマン」を遂行するためには、その「強度」が必要だ。ただ、札幌は元々それのために最適化されていない選手であっても、敢えて使ってきた。そのトライが、起用されてきた選手を鍛え、レベルを上げさせてきた。その成長の過程自体は価値あるものだ。しかし、対戦相手のレベルが満遍なく上がってくれば、その「鍛え、レベルを上げさせ」ている余裕自体もなくなっていくかもしれない。最低限のレベルそのものが上がっているのだから。

 馬場の投入は明確に改善をもたらしたし、出場時間は短かったがスピードとパワーを確かに表現し、キックの質も上がってきた中村からも「お客さん」の色合いは薄まってきた。まだ3節、これから他の相手と対戦する過程で、札幌にむざむざとサッカーをさせてくれる相手がいよいよ減ってきたという現実を目の当たりにしたとしたら…これまで重要な働きをしてくれてきた選手を見切らねばならないタイミングは訪れるだろう。昇格クラブですら、これほどの完成度を持っているのだ。

 これまで何度か述べてきたように、札幌は選手を使いながら成長(型が歪なので「成長」と解釈しない選手もいるだろう。そのような選手は出ていくことになるはずだ)させなければならない。そんな現実と、他クラブの成長度合いとの追いかけっこが、一層スリリングになりそうな予感を強くした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?