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2022年J1第27節 浦和1-1札幌 所感

■布陣と試合概略

 本来であれば8月に予定されていたところ、浦和がACLに出場していたことで10月に延期された試合。この試合が予定通り行われていた場合、札幌は8~9月の4試合を続けてホームで戦うことはなかった。その4試合で稼いだ勝点が6であることを踏まえれば、浦和に感謝したくなってくる。果たして、札幌は押しの一手が出ない展開から幾分ラッキーな先制点を挙げ、その後の反撃を一点に留めて勝点を持ち帰った。この試合で残留が確定しなかったこと自体は残念だが、続く2節に、残留争いの当事者たちの直接対決があることを踏まえれば、勝点で上回られる事態は想定し難くなった。

 好結果を得はしたものの、2万人を割った埼玉スタジアムの雰囲気には〜00年の駒場を知るものとしては尚のこと〜若干の寂しさを禁じ得なかった。試合内容についても、特別な驚きはなかった。おなじみのユンカーと、この試合で3試合目の出場となった浦和の新外国人リンセンという2トップの活かし方の有効性は際立っていたが、想定外というほどでもない。ローブロックを敷いているときの浦和の一糸乱れぬDFラインの動きも見事で、手札の種類を欠いている札幌が、ボール保持こそ見せるものの決め手を欠く展開も、十分に想定できた。

 両軍のスタメンだが、CMF担当者の負傷離脱が相次いでいた札幌においては、荒野の復帰が喜ばしい。宮澤もようやくベンチに戻ってきてくれた。契約上の問題で、浦和との試合に出場できない興梠に替わり、ワントップにはシャビエルが入る。浦和は、前述の通り前節の鳥栖戦と全く同じ11人を選択。ユンカーとリンセンとの2トップ、すなわち、ライン間担当を置かないという人選だ。

 試合は、札幌が4-4-2の浦和に対する4-1-4-1の優位性が教本のように示された
前半20分までと、浦和が札幌の前進にアジャストしたそれ以降の時間帯とに分けられる。非保持のフェイズでは、札幌の前進路の閉鎖手段を前後両側で用意、保持のフェイズでも、2トップの強さと速さを、岩波・ショルツ・岩尾という後方のパス出し担当によるロングボールで活用してきた。では、それはどう作用したか。

■ポイント①:ユンカーとリンセンの活かし方

 DAZNの見逃し配信で試合を見直していると、放送席から驚きの情報が流れた。今夏加入した浦和のオランダ人・リンセンの身長が、170cmだというのだ。調べてみると、確かにその通りである。

 これを「驚き」というのは、ロングボールに対する彼の強さが際立っていたからだ。

 序盤から浦和は蹴ってきた。ユンカーの十八番は、スピードとストライドの大きさを活かしたスペースへのランニングだ。そして、リンセンは、主にヘディングでの競り合いを担当しつつ、これまた精力的なランニングを披露した。低身長ながら身体には厚みがあり、相手を「飛ばせない」ことができる彼は、非常に上に強かった。高嶺とのデュエルは見応え十分。岩波・ショルツ・岩尾。浦和の後衛には有能なパス出し屋が多い。2トップの個性は、彼ら後衛のパス供給源の個性とも見事に調和していた。

 単に長いボールが蹴られるだけならまだ問題は小さいのだが、この策は両SHの内側侵入とセットで運用される。右の大久保は、タッチライン側からのカットインを見せることもあるものの、左の小泉はむしろ左にいることの方が少なく、どんどん中に入ってくる。田中を引き連れることで、左側の深い位置にスペースを作ることも企図されていただろう。前述のリンセンは、一度競り合ってから走り始めるまでの移行が桜木花道のように早い。このため、こぼれ球を作られるとフリーで前方に走られやすい。

リンセンを使った中盤のスペース拡大策。伊藤の飛び出しに対して荒野が後追いになることも、
大久保・小泉の職域拡大に関連していた

 「人」を基準にしてDFのポジションがどんどん変わる札幌に対して、江坂という「ライン間担当」が必要ない、あるいは必要性が薄いというのはなんとなく理解できる。決められたマーキングの関係に囚われず、絞るところでは迷わず絞ることのできる菅のポジショニングセンスがなければ、もう少し決定機の回数を増やされていたかもしれない。後半になって、2トップが松尾と明本という組み合わせになってからも、前者がドリブル&スペース攻略担当、後者がバトル担当という区分が共通しているようだった。

 この試合での、札幌による浦和の選手へのマーキングの関係は概ね下図の通り。大目的の一つである、敵のCMF潰し自体は、成功してはいたと思う。ただ、彼らはハナから、中央を使って前進することを目論んではいなかった。前回対戦時にはむしろ主たる前進手段だった、SBからのパス出しも無かった。

マークの関係は、原則的には以下のように定められていたと考えられる

■ポイント②:札幌の前進に対する浦和の順応

 もう一つ、触れておく必要があるのは、4-1-5(4-1-4-1)の並びでボールを動かしてくる札幌の前進過程に対する浦和の対処である。

 20分前後まで続いた札幌のボール保持は、4−4−2の並びに対する4-1-4-1の並びでの有効なボールの動かし方の教科書的モデルだったと思う。高嶺と岡村が開き気味に立ち位置を確保、荒野がその前に立つ。浦和は2トップの一方が荒野の近くに位置するとともに、他方がボールを持っているCBにアプローチ。両SHはハーフスペースを封鎖、という、よくある手法。これに対し、札幌は青木がライン間、しかもハーフスペースでその場所を取ることで、自身に浦和の選手を「吸着」させるタスクを担った。そこからの展開は、フェルナンデスを使うも、菅に預けて自身は裏を狙うも、さらに中央に入るのも、思いのままだ。CBが2トップの脇を取り、サイドチェンジのボールを自由に蹴ることができたのも、よくある光景である。

マグネットマン青木のいつもの仕事。高嶺をサポートする位置に下りインサイドMFとして振る舞う。
これが大久保と酒井を絞らせ、伊藤をスライドさせる

 浦和は、2つの変化を経てこの札幌の前進路を狭めていった。

 まず、大久保の立ち位置の修正だ。彼がDFラインに吸収されることで、フェルナンデスの使えるスペースが縦横ともに狭くなる。即ち、「磁石」担った青木にとってのオプションが、ひとつ減る。高嶺の運びに対しては、大久保の立ち位置が低くなったぶん、伊藤が早めにアプローチ。岩尾はその伊藤に対し縦の段差を維持することで、青木の職域たるライン間を縦方向に狭める作用も何とか維持された。

20分過ぎからの大久保の立ち位置修正による形状変化。伊藤・岩尾・小泉がL字状になっているのが肝

 これを下敷きとして、効果的だったのがハイプレス時の修正だ。具体的には、伊藤を荒野番にさせた。荒野というオプションを奪われたCB、特に岡村にミスが増え始めた。小柏が助けに下がると、すかさずショルツがついていく。高い位置でボールを引っ掛けられば、CBと荒野が散開している札幌陣内には広いスペースが用意されている。この状況は、当然ながら前述の2トップを利することになる。

25分過ぎから、浦和は伊藤をハイプレス要員に加えて札幌の前進に積極介入。
より狭い横幅の中に札幌を押し込めることに成功する

 このように、ハイプレス敢行時においては「人」を、ローブロック形成時には「スペース」を、それぞれ管理する手段を浦和は増やしてきた。大久保を試合開始時点から最後方に下げるプランを採らなかったのは、いくら何でもそれではボールを持たれすぎる、との懸念があったからだろうか。

 札幌は、高嶺のサイドチェンジと、青木とシャビエルのボールキープ力を使いながら、前半はなんとかボールを前に進めることができた。しかし、徐々にその数が減り、何より、前進の準備をし始めたところでボールを引っ掛けられる回数が増えたことで、後退の回数が増えた。そうでなくとも両CBが2トップとのスピード/フィジカル面でのバトルで疲弊しているところ、後退の増加で足を使わされたことは、言うまでもなく札幌の面々を疲労させ、後半の展開に影響を与えることになる。

 後半も終盤に差し掛かったところで、このやり方のキーマンだった伊藤に替えて、よりボールを動かすことに長ける柴戸を入れるあたり、ロドリゲス監督も、札幌のベンチの短さをよく理解していたのかもしれない(柴戸が入り、元々の傾向として小泉もかなりインサイドに入ってくるので、彼が入って以降の浦和の布陣は4-3-3のようにも見えた)。デュエルを続けられなくなった時点で彼のようなタイプが入れば、彼により自由に仕事ができる環境を与えられるからだ。大久保に替えて、よりFW的な特徴を持つモーベルグをとどめを刺すために使えることも、それ自体が羨ましい。

■ポイント③:際立った札幌の武器の少なさ

 徐々にルートを狭められていったことで、札幌の前進からのゴール強襲の勢いは明らかに萎んでいった。ただ、ここまで厳な対策を採らずとも、同種の武器を放つ回数を稼ぐしか無かった札幌の攻撃が停滞していた可能性はそれなりにあったと思う。

 興梠の欠場は契約上の縛りなので受け入れるとして、それにしても札幌のゴール強襲手段の少なさは、浦和のDFラインの見事な意思疎通ぶり〜具体的には、上げ下げの判断の統一と、段差を作らないことの徹底〜を下敷きにして評価されるぶん、どうしても目立つ。

 スペースへのランニングと、ペナルティエリア内でのダイレクトシュートという武器を増やしてはいるものの、ドリブルで直線的にゴールに向かうわけではないシャビエルの下がる動きは放置され、青木は伊藤・大久保・酒井により狭められた空間に閉じ込められた。換言すれば、シャビエルと青木は、スペースを管理する浦和の一連のアクションの中で自然と力を殺がれていった。

 彼らとは対照的に、小柏は前述のようにショルツとの対人戦で封じられた。札幌陣内に戻る動きにさえショルツはついてきた。これは、彼のところに入ったボールを下げさせるため。それが済めば、ショルツはさっと元の持ち場に戻り(あるいは岩尾がカバーをし)、とにかく中央を空けない。小柏をパスの受け手として機能させず、さらにその後に加速されることも未然に防ぐという仕事は難儀だったと思うが、スピードとパワーを兼備するショルツにしかこなせない仕事だったということだろう。

 このような、中央封鎖第一優先の状況下において、両WBのカットインはむしろ自滅的であり、さりとて縦をえぐることも、金子には期待できるがフェルナンデスには厳しい。西川の前にきれいなラインが2本ある状態では、どの地点からクロスを入れてもそれがグラウンダーである限りはどうしても引っかかりやすいし、逆足で上げる浮き球の軌道も、そればかりが続けば敵は慣れるものだ。

 頼みの綱は金だったが、小柏を無力化したショルツに、これまた無力化されてしまった。金は、ハイボールの落下点に入ること自体はできているのだが、そこでの競り合いで明らかに分が悪かった。落下点に早く入り過ぎて、ショルツに押し出されたシーンもあったほどだ。シャビエルとは距離を取った2トップ気味の配置になっていたので、コンビネーションを確立させにくいぶん、金には個人のレベルでショルツと渡り合ってもらうことが望ましかったのだが、相手が悪かった。

小柏に替わって金が入ると、シャビエルとの関係が少し変わったように見えた。
しかし、それを選手が感じられずに、中央をすっ飛ばすケースが多いように映った

 …と、このような有様だったので、フェルナンデスのシュートが決まってくれたのは実に幸運だった。酒井にすっかり圧倒されていたフェルナンデスは、カットインするとしても浅いところ止まり。ゆえに、右足で上げるボールの軌道に、西川は十分慣れていた。それが、幾分仇になったということかもしれない。やや伸び気味だったボールの軌道自体を、見誤っていたような節があった。

■総評:「歩留まりのよい」浦和。札幌の目線では羨望も

 勝点が3から1に減ったこと自体は、冒頭で述べたように残念だ。しかも、それが福森の些か不用意な手の位置に起因するものであれば、失点を「やらずもがな」と解釈することにも、一定の妥当性がある。

 とは言え、交替要員の人数以前に、ボール保持時の実効的な武器の種類が少なかった札幌にとって、非常に秩序だっていた浦和のDFラインを攻略するのが困難だったことと、前半の中盤からとにかく走らされたこととを踏まえれば、少なくとも「勝てた試合」とは見做し難い。得点にはラッキーな要素も含まれるだけに、勝点1はグッドポイントだ。

 浦和による札幌の前進への干渉の仕方は、育成年代の指導経験が豊富な指揮官に仕込まれたゆえか、非常に教科書的で、属人性が排除されたものに見えた。とくにローブロック形成時の各自のアクションの連動性はそうだ。札幌は、選手の配置も含めて、彼らにこれまでと違うアクションを取らせるためのバグを仕込みたかったことだろう。右足で外に外に行きたがるスパチョークを金子と組ませる途もあったように思われるが、その選択はなされなかった。前述の金とシャビエルの関係にも、浦和のCBと1対1の関係を作ることによって、青木や両WBに余裕を与えることが意図されていたかもしれない。それならそれで、グラウンダーのパスを中央に経由させる必要があっただろう。片手落ちの印象は拭えない。

 成熟段階にある浦和にとり、+αの要素は専ら個人の成長ということになるが、それをもたらしている伊藤と大久保、特に前者の充実ぶりは印象的だった。先期より重用されていた選手だが、ポジションを問わずボール非保持時の戦術行動に関する規律をよく守る点が評価されているのだと思っていた。この試合でも、大久保の立ち位置の微修正に連動して、高嶺の運びに対しスライドする役目をすぐに実践したし、ハイプレスでは荒野への監視を怠らない。これに加え、ボール保持時にはよりダイナミックに前線に飛び出していく、ボックス・トゥ・ボックスの仕事ぶりにも磨きがかかっているようだ。

 伊藤が評価されているという事実からは、浦和でプレイするに際し理解が求められるボール非保持時の戦術の緻密さのレベルが窺い知れる。ただし、戦術自体は奇天烈なものでもないので、省かれる選手が生じにくい。さらに、現時点で文句なしの代表クラスという選手こそいないものの、それゆえに彼ら同士の間のクオリティの差も小さい。ゆえに、ベンチワークによる変化が組織にネガティブな効果を生み出しにくい。

 他方、一般的にロドリゲス監督の手法の旗印とされている「ポジショナル〜」については、札幌の旗印である「オール…」によって、通常とは幾分異なる形態で現出した。後方から丁寧な繋ぎを経ることによってでなく、岡村に対してユンカーの速さを、高嶺に対してリンセンの強さとそれによる上への強さをぶつけることによって、二列目の選手が働く空間を整地するというプランには、明確な再現性があり、ハイプレスと絡み合って札幌の面々をいたく疲労させることができた。

 まとめると、浦和は攻守両面で、総じて「歩留まりのよい」チームであった。もう一枚、この土台に爆発力を加えることのできる選手がいたならば…結果は違っていたかもしれないし、それこそが来期の補強ポイントになるのかもしれない(監督の続投如何にもよるだろうが)。

 このような浦和に対して、前述のように足を使わされながらも、試合を壊さずに済んだ札幌の戦いぶりもまた、十分に称賛に値するものだ。岡村と高嶺はもちろん、スピードある選手への対応を会得した田中、元より備えていた戦術眼が、よりセンシティブな判断が求められるCBで活かせる菅、後ろに下がるべきときには下がって空間を埋めることを先期掴んだうえで、内側への絞りからのデュエルも躊躇わなくなった金子らの奮闘は胸を打った。尤も、これは多分に、戦略の大枠の中で戦える選手のそもそもの在否に依拠するもので、浦和のチームの造り方との違いを強く感じさせる。

 もちろん、何れの手法が正しいというものではないが、良質な選手の数が宿命的に少ないにも関わらず、習得が困難であり、新加入の選手がすぐに馴染めない手法を採り、しかも頼みの綱の選手たちを次々と負傷で失うという経験をしてきた札幌と比較して、浦和のやり方を高効率と評することは十分に可能だろう。自分を含めファンとは現金なもので、チームが作り上げてきた手法の強みがもたらすメリットなど、すぐに見慣れてしまい、これだけじゃ勝てない、あれもこれもできなければダメだ…と言い出すものだが、スペインのサッカーに傾倒している筆者は、むしろ浦和のサッカーと自身の好みが一致していることを改めて実感した。

 それが自分の主観においてポジティブなものであれネガティブなものであれ、積み上げてきたものがある、ということの重みはある。折しも、ペトロヴィッチ監督が来期も札幌の指揮を取ることは、確実なようだ。それは、同氏が広島と浦和を率いた年月と変わらない期間を、札幌で過ごすことになりそうだということなのだが、遠くない将来に、同氏と共に歩む冒険が終わったとき、その経験がもたらした成果は、何ということになるのだろうか。札幌とはかなり異なった色合いになっている、奇しくもペトロヴィッチ監督の前の職場であるチームのサッカーは、そんなことを感じさせた。そして、まだまだ修行の足りない自分には、その問いに対する回答をまだ言語化できないでいるのだ。

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