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2022年J1第19節 京都2-1札幌 所感

■布陣と試合概略

 結果自体に対しては、大変悔いが残る試合ではあった。しかし、札幌のファン、特に、酷暑の現地に観戦に訪れていたファンにとっては、満足とはいえないまでも、一定の納得はできる試合だったのではないか。戦術面も含めて細かな起伏が多くあった試合であるがゆえに、こちらが遂行できたことと、敵の策(ベンチワークを含む)とが明確に伝わる内容であり、ストーリーを味わいその中に身を置く体験として、中身の濃いものだった。

 札幌は、最後尾から中盤にかけての対人圧力と走力、さらにボール奪取後のスムーズな展開を保証する攻守の要人・高嶺が待望のスタメン復帰となった。後述する戦術的な事情と、復帰後初戦がよりによって酷暑の京都でのアウェイゲームであったことが影響してか、そのパフォーマンスはベストとは評し難い。今後の巻き返しに期待したいところだ。そして、高嶺がCMFに入ったことで、駒井が一列前に押し出された。この駒井は、菅野の退場後にさらに一列押し出されるのだが、それが、試合の趨勢を意外な方向に傾けることになった。

 他方、前節に本拠地で悔やまれる敗戦を喫していた京都は、中盤から前の人選に変化を加えてきた。川﨑・福岡といったボール扱いに長ける選手を置き、前線にもボールが足元にある状態で強みを発揮するタイプの選手を3人並べてきたのだ。この3名を使っての、「人」基準でアクションを起こす札幌の守備に対する攻略法は、よく練りこまれており、それが序盤から主導権を掌握する背景となった。

■前半:前回対戦時とは違ったウタカの役割、そしてそれを支えた大前

 序盤は一人ひとりがボールを受けようとパスコースに顔を出せていましたし、今日は(大前)元紀くんが前線の左に入っていましたが、ああやって(ピーター)ウタカの前に顔を出してくれたので、自分たちはパスを入れやすかったです。

Jリーグ公式サイトの福岡慎平の試合後コメントより引用。強調表示は筆者によるもの

 京都が、どのように札幌の最後尾を襲おうとしたか。それを説明にするにあたって、この福岡のコメントは非常に明確なヒントを与えてくれる。前線をフリーに動き回り、その所々でアイディアを発揮して周囲を使うプレイに長けるウタカは、前節でそうであったように、この試合での、札幌の最後尾の背後へのランニングを主に狙いとしていた。足元でボールを持ちたがる印象がどうしても強く残る選手なので、これまで気づかなかったのだが、実は初速も速いようで、失点シーンも含め、速度の見積もりを誤った札幌の後衛の選手たちが、一歩目で彼をコントロール外にしてしまうシーンは頻出していた。

 そして、その前提として機能していたのが大前だ。初期ポジションこそ左WGだが、実際にはかなり中央、それもウタカよりも後方に位置取る。彼が空けたスペースを駆け上がるのは荻原だ。このような位置変化自体は4月の対戦時にも頻繁に見られているのだが、この試合でのそれはちょっと目的が違っていた。大前の専任マーカーである田中を引っ張り出し(福岡がいう「ウタカの前に顔を出す」はこのことを指しているだろう)、彼が元いた空間を「ギャップ」に仕立てたうえで、ウタカと岡村を競争させること、がそれだ。

 そして、この狙いへの対応は、札幌に二次被害をもたらした。前回対戦時の特に前半には、田中が常時岡村の近くに待機し、ウタカ周辺の掃除役を担っていた。おそらく、この試合での札幌も、この「ウタカには2名で」という約束事を持って試合に入ったものと予想される。しかし、この試合では、まず田中が大前に掛かりきりにならざるを得ない状態がまずセットされてしまった。アイソレーションを好む古典的なドリブラー型である山田と福森の関係も完全に固定されている…となれば、なし崩し的に、その役目を担うのは高嶺になっていく。

 これが、前線でのプレッシングに問題をもたらした。そもそも、初期の布陣が4−3−3である京都に対して、前節と同じく3-4-1-2で臨んだ札幌の陣形は容易に整合するのだが、人が1名足りないのだ。もともと、ビルドアップ開始時に左CBに変位する高嶺は初期位置が低くなることが多く、前進が頓挫した場合に敵のMFを捕捉するためにかなりの距離を走ることになるのがデフォルトなのだが、この試合ではさらに特有の事情が彼を悩ませ、チームを狂わせた。

 少なくとも形式的には、高嶺がマークを担うことになっていたのは福岡だった。よりによって、この日の京都では最もボール扱いと球出しに優れる選手である。札幌は、川﨑担当だった駒井が彼へのコースを切ったうえで福岡も追ったり、福森が山田を捨てて飛び出したり…といったアレンジを加えねばならない状態になった。余裕を得た福岡は、存分に球出しと運びの技術を発揮した。知っての通り、札幌は10数分で失点と、正GKの退場というダブルパンチを喰らうのだが、その前提として、敵のCMFに圧がかからないという、「マンツーマン」を是とするチームにおいてはネガティブな状況が作られていたのだ。もし「高嶺問題」を起こすことまで含みで練られていた策だとすれば、曹監督の慧眼にはただただ拍手である。

京都の前進工程において、札幌のマーキングの噛み合わせは理論的にはこうなるが…
実際はこんな構図に。大前が作るスペースをウタカが狙う仕組みになっており、
尚且つ、田中-大前、福森-山田の関係が固定化することで、岡村の隣で高嶺がウタカ番を担うことに。
それが、福岡の高嶺からの「解放」を生むという流れになっていた

■前半:怪我の功名。駒井の前線シフトでむしろ向上した圧力

 菅野の退場という重大な結果を生んだ判定の是非に対しては言及しないが、10名になった札幌は、最もプレッシングに寄与できないシャビエルを下げ、中野を投入することになる。柏戦の再現か…とネガティブな気持ちが渦巻いたが、興味深い現象が起きたのは、実はこのあとからだった。つくづく思う。サッカーとは面白いものだ。

 「マンツーマン」を教義とするチームが1名減となれば、特定の敵選手を「捨てる」か、あるいは特定の味方選手に2名を追わせるか、といった種類の調整をすることになる。あるいは、教義そのものを「ゾーン」に変えてしまう場合もあるのかもしれない。いずれにせよ、何某かの調整をする必要がありながら、それに時間をかけ過ぎたことで、敵に自由を与え過ぎてしまったのが、大敗を喫した柏戦だった。では、この試合での札幌は、何をしたか。

 10名になった直後こそ、興梠を1トップとする5-3-1で戦っていた札幌は、ほどなく、駒井を興梠と同一高さに置く5-2-2(5−4−0?)に変位する。おそらく、ベンチからの指示はあったはずだ。札幌がかなりの時間にわたってボールを放棄することになったぶん、京都は最後方から前進の工程を進めていく機会が増えていくが、この微修正によって、駒井が右CBのアピアタウィアに対峙することになる。これが効いた。駒井はやや内側からアピアタウィアにアプローチするのだが、これは彼に川﨑と福岡、双方へのパスを躊躇させるには十分だった。必然的に、彼からのパスの出しどころは同サイドのSBになる。そうでなければ、人数減により後退を余儀なくされた札幌の最後尾を目掛けたロングボールが主だった。

 京都の前進経路を大外に限定することができれば、タッチラインという「最高のDF」が、1名減の苦境にある札幌を助けてくれる。逆サイドのSBを捨てるのは平素のことながら、より大胆に中央からサイドへの追い込みをせざるを得なくなったがために、札幌は「マンツーマン」における人数比の問題が露呈しない状態を維持することができた。まさに怪我の功名、1名減がもたらした選択と集中が思わぬ効果を生んだ。長い追加タイムを伴った前半を、札幌は1点差で乗り切ることに成功する。

駒井の鬼神の如き働きが、京都の前進経路をサイドに限定することで、試合はむしろ膠着した

■後半:持ち出す荒野、受ける駒井、切れ込む金子

 札幌はさらに割り切りの度合いを強めていく。後半開始時点で興梠を下げ、青木を投入したのだ。こちらの強みを出しながら前進し、攻撃しようとするならば、興梠の存在は必須であり、稼働時間超過以外の交替理由はない。その彼を敢えて下げるということは、ボールを敵に渡すことを許容したうえで、速攻からの得点に託すということを意味する。意外と、このストーリーを形にできたことが、試合を面白くしてくれた。

 その背景にもまた、色々な綾が隠れていた。ひとつは、前半の時点からそうであったが、京都のプレッシング陣形が、4−3−3を維持するものでなく、福岡がウタカと並ぶ高さまで進出する4−4−2へ変位するものだったことだ。SBに変位した田中と福森を、しっかり監視するという意図があったと推察されるが、福岡がCBに変位した高嶺にアプローチする間に、荒野と駒井がその背後でボールを受け取ることができた。ボールがSBを経由する場合でも、しっかりとそこからのパスを受け取るためのアングルを確保したポジショニングにより、上記のSB対策を掻い潜れていたのだ。

 高嶺の動きにキレこそなかったが、荒野の貢献は出色だった。CBとしてボール出しの第一工程を開始させたのち、さらにリターンパスを受け取れる位置に移動するのが迅速だった。荒野と駒井が中央で敵に先んじてコンビネーションを確立、ボールを受けてはさばくことを繰り返すことで、京都のプレッシング要員はむしろ後退を余儀なくされていく。駒井は、そこからさらにスプリントしてストライカーとしても振る舞う。下がって受け、サイドに捌き、サイドからのクロスを頭で合わせ、さらにまたスプリントしてプレッシングを開始する。

 そうして、自陣のペナルティエリア前からボールを逃した次のフェイズでは、より敵のゴール方向に前進していく必要があるのだが、その段階で気を吐いたのが金子である。単騎で距離を稼げるドリブラーとして、サポートを受けずに前進、前進。得点にこそ結びつかなかったもののクロスを上げ続け、同点弾を生むCKも獲得して見せた。

札幌が一意専心した前進の工程。駒井と荒野の仕事が入れ替わったり、荒野が高嶺の位置にいることも。いずれにせよ、最終的に距離を稼ぐのは金子に託された

 札幌は間違いなく健闘していた。京都の布陣との噛み合わせと、持てるリソースを最大限に活用し、勝点を持ち帰るための唯一の道をひたすらに進み続ける中での個々の選手の奮闘とが合わさり、非常に危うい状態でバランスを保ちながら試合を運ぶことができていた。しかし、京都も黙って見てはいない。大前→武田、山田→メンデスという交替を4分の間に続けざまに行い、最後尾の構成を3バックに変更してきたのだ。

■後半:人数減の前線に満を侍して投入された宮吉

 ビルドアップの初期段階の担い手の人数を増やしたことで、札幌の前線でのプレッシングは明らかに空転し始める。単純すぎるほど単純な策だが、1名減の札幌には十分に有効だった。メンデスからのパスの受け手になるのは、武富を押し出す形で左IMFに入っていた武田。ここでのパス交換が続いたことで、金子や田中といった、札幌の右側にいる選手たちは少しずつ引き出されることになる。

 もちろん、最前線の左に張っていた山田を下げてのメンデス投入だったので、前線は1名減になっている。ここに、スピード溢れる飛び出しを武器にする宮吉が投入されてきた。前半の「ウタカには2人で」を逆手に取った策といい、札幌が手応えを掴み、次の一手を考えそうな時間帯での3バック変形といい、そしてこの交替策といい、この日の曹監督の仕事ぶりには、札幌の弱みを突き刺す悪魔のような閃きが伴っていた。

 宮吉の実働時間は短かったものの、疲れ切っていた札幌の後衛のメンバーにとって、そのスピードに晒されることがストレスになったであろうことは容易に想像できる。結果的に、試合の終了間際に被弾したことから「あと少しのところで耐えきれなかった」という印象はつきまとうが、実際のところは、敵が3バックに変形した70分すぎからは、試合の多くの部分は彼らのコントロール下にあった。CKのボールをフリックする、という形も、札幌にとっての泣き所を容赦無く突くものである。

 札幌にできることは少なかった。キレを欠いていた高嶺に替えて、同じ仕事を担う深井を入れることは、試合の大勢に影響を与えるものではなかった。自分たちがボールを持つ時間を作るという点で、放置された状態でも何某かの仕事をできる西を投入するのは理解できたが、トゥチッチはさすがに何もできずに終わった。プレッシング時の振る舞いに迷いがあるのは相変わらずで、CBにタイミング遅れでアプローチしようとして、駒井にむしろ静止を促されるほどだった。とはいえ、ボールをキープする能力にまだまだ乏しい中島を投入するよりは、パスワークに連動してスペースに抜け出る能力の高い彼を投入したほうがベターであるという判断もまた、理解はできる。少ない手札をフルに生かそうとした、と評することは、辛うじて可能だ。

3バック化と武田の活用で京都はスムーズな前進を取り戻す

■総評:起承転結の中で得た学び。そして駒井に拍手を

 できることなら勝点を持ち帰りたい試合だった。札幌の勝点を増やすためというよりも、残留争いの中で現実的に相手になるチームに勝点を渡すのは避けられるべきだからだ。これで、京都には勝点では並ばれた。次節・次々節と、自分たちより順位が上の相手と対戦するが、そのうち1つは鹿島だけに、連敗の可能性も十分にあるだろう。特に、スピードと駆け引きに優れる東京の前線の選手が、中野と一対一になるところは想像さえしたくない。ゆえに、この試合はどうしても勝っておきたかった。

 とはいえ、胸を打つ要素が確かにふんだんに詰まった試合であったことも確かだ。多分に偶然も含んでいるとは思うが、持てるリソースから最大限の効果を出そうとする試みの中での選択と集中が、思わぬ方向に作用して試合を膠着させたのは興味深かった。

 個人的に、もともと懸念していたのは、シャビエルと金子とが組むこちらの右側に、京都がしっかり左利きの選手を配置していたので、彼らからのパスの受け手が大前になる、というパターンの頻出だった。しかし、むしろ札幌の左側からの前進が、福岡がいたことも手伝ってか多くなるものの、今度はそこに駒井が驚異的なハードワークで蓋をしたことで塞がれてから膠着が生じた。もちろん、麻田は麻田でときに素晴らしいフィードを披露したし、荻原は大外での突破よりも、むしろ所謂偽SBとして、札幌が3名のMFにプレッシャーをかけられない状態にあるミドルゾーンにダメ押しの数的優位を提供するという貢献を示してはいるのだが、それらは試合の大勢に影響を与えるものではなかった。敵には敵の都合があり、メリットを最大化するためのチームとしての狙いがあり、それを具現化するための戦術行動があるものだが、そのためのストーリーが予期せぬ要素(この試合で言えば菅野の退場)に干渉されて狂ってしまった場合に、すぐに次の手札が出せるわけでもないのだ。不確実性が多く含まれるサッカーというスポーツの面白さでもあり、怖さでもある(おそらくはそのような、予測のつかなさこそが、サッカーがあまりにも多くの人を魅了する理由なのだろう)。

 そして、この膠着をもたらした駒井の献身性と、行うべき仕事を的確に理解したうえで遂行できる各方面のクオリティの高さが、敵味方を問わずこの試合の中で最も輝ける要素だったことに、異論を挟む人は少ないことだろう。もともと京都のアカデミー出身で、京都を巣立ってからその地元で試合に臨むのは初だったとのことで、所謂「気持ちが入った」心理状態であったことは容易に想像できるが、それにしても出色の働きぶり。プレッシングの鋭さとセカンドボール回収時の球際の強さ、およびそのあとで自ら前進できるドリブルの推進力はサウール・ニゲス(アトレティコ・デ・マドリー/スペイン代表)を思わせ、CBに的確に出しどころをさりげなく提供したうえで、その後しっかり攻撃にも関わるところはトーマス・ミュラー(バイエルン/ドイツ代表)を思わせ、サイドでの仕掛けもすればペナルティエリア内に折り返されてきたボールを頭で当てにもいき、守備に転じればすぐさまアクションを開始するところはリシャルリソン(エバートン→トッテナム/ブラジル代表)を思わせた。札幌が勝点を伸ばせず、逆に敵に勝点を与えてしまったという結果そのものは好意的には評せないが、彼の仕事ぶりはカタルシスをもたらしてくれた。心から拍手を贈りたい。

 次節は、再び菅野を欠くことになる。したがって、敵をそもそもゴール前に近づけないための、アグレッシブなボール奪取アクションの継続が、より一層強く求められることになる。中3日でしかもアウェイゲームという条件は非常に厳しいが、気温が下がりそうなことは不幸中の幸いだ。また、左SBの位置からミドルゾーンに侵入し、変化を付けられる小川が移籍したこと、その左SBに長友を回したことで右SBに据えられていた中村(帆高)も負傷で離脱したこと、アンカーの人選に変化が見られ、それによって最後尾から前方への球出しに不安定さが見えることなど、札幌にとって有利に作用しそうなポイントも見えている。IMFの人選にもよるが、プレッシングが奏功しそうな下地は整えられているかもしれない。「試合序盤での人員減」と「試合終了間際の被弾による敗北」といった、新聞記事の見出しになりそうなセンセーショナルな要素に過度にフォーカスする必要はない。札幌の武器が発揮できるかどうかだけをしっかり観察していきたい。

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